親愛なる弱き者へ
「厳格と礼節の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず、我が魔力を糧として、我が意志に大いなる力を与えよ。―――出でよ、アモン!」
アリババの周囲に発生した炎の渦を見て、シンドバッドが叫ぶ。
「だめだ。もっとアモンの炎を身体のまわりに収束させろ!」
歯を食いしばったアリババが意識的に炎を操作しようと剣を強く握る。みるみる小さくなっていくその火柱を、遠くからハルが見守る。アジトを出て行った時とは異なる様子に疑問を抱いていたのはハルだけではない。シンドバッド、ジャーファルは突然ジンの使い方を教えて欲しいと頼み込んできたアリババに驚きを隠せなかった。
剣を握るアリババの頭にあるのはカシムの言葉だ。
―――俺たち、もう戦争するしかないんだ。
―――お前も、そう思うだろう?
(俺は、カシムの選択を間違いだと思った。)
犠牲を承知で戦争を起こすこと、罪のない人々を血の海に沈めること。
それ以外で、この国を救う方法を必ず見つける。
(一人も死なせずに、俺が救ってみせる)
「俺を止めるってんなら……次会う時は、敵だ!」
カシムの言葉が嫌に頭に残っている。国を救う手段、それも一人の血も流さない方法。必死で頭を働かせながら、アモンの炎を操作する。アリババは、シンドバッドやハルにカシムのことを話さなかった。
二人であれば力づくでカシムを止められるだろうが―――
(それはしてほしくない。だから、俺が!!)
特訓を続け、魔力が尽きたアリババが地面に崩れ落ちる。それを見たハルはおもむろにアリババへ歩み寄ると、水を手渡した。礼を言って受け取るその姿をハルはじっと見つめる。
金属器使いの魔力切れ、その回復する方法。「魔装」、「魔力操作」。
シンドバッドの丁寧な説明にアリババは必死に耳を傾ける。滲み出る焦りの表情にハルが渋い表情を見せた。魔力が溜まりかけた頃を見計らい、シンドバッドが「武器化魔装」のことをアリババに話す。
「昨夜の煌帝国の姫やハルの変化を見ただろう? 姫は真っ先に金属器から手にかけてが巨大な剣へ、ハルの剣も見た目が変わっていた。ジンに一番近いあの箇所が最も魔装しやすいからだ」
「!」
「言葉で言うより、見せてやった方が早いか。ハル、頼めるか?」
シンドバッドの言葉に顔色を変えたのはハルではなくアリババだった。シンドバッドがそれに気付くより前に、ハルが首を横に振る。
「出来ません」
ハルの言葉にアリババは顔色を伺うように横を見る。シンドバッドは気を悪くした様子もなく、不思議そうな顔をしている。
「私の金属器の力は、アリババにとって害のようですから」
「それはどういうことだ?」
「……」
黙り込んだアリババと、眉を下げたハルを見比べてシンドバッドは答えを待つ。ハルは国を出てから初めて口にする金属器の秘密を語った。
ハルの所持する金属器。
第5迷宮のジン、マルバス。
赤い剣へと宿るそのジンの力は、周囲の者への無差別な精神攻撃だった。
黒い刀身、その上を奔る血のような赤い模様。
それを見た者の頭の中を無慈悲に傷付ける刃。
それは周囲の人間ひとりひとりに合わせて形を変え、襲いかかる。
ある者は記憶の奥底に仕舞いこんだ暗い過去を強引に掘り起こされ、追体験させられたような絶望を与えられるという。ある者は繰り返し悪夢を見続け、現実との境が分からなくなるという。ある者は自我の崩壊に耐え切れず命を絶つという。
ハルがこれまでに見てきた例を聞かされたシンドバッドは言葉を失った。
あまりにも惨い。
―――そして強力な金属器だ。
ハルが一人、敵国の中心で魔装をすればそれだけで国が滅ぶだろう。シンドバッド自身、他者の精神に干渉する能力を持つ金属器を所持している。強力であるがゆえの制約が金属器にはあるものだ。
「ですから、私は普段、ジンの力を借りた光速移動のみで戦っています」
「……」
「昨夜は近くに居たのが首の無いウーゴ殿と、気絶していたジュダルだけだったので武器化魔装を使いました」
「なるほど……」
「以前はある程度離れていれば影響は無かったのですが、力が増しているのか、今回は多くの者に攻撃を……」
肩を落とし俯くハルに、アリババが励ますように言う。
「でも、治してくれただろ」
「……治療出来るのか?」
「今回のように軽症であれば、私が所持している魔法道具の音色で、ある程度の回復は可能です」
数時間前の演奏を思い出して、シンドバッドが(あれはそういうことだったのか)と納得した。シンドバッドに言った「もう十分」というハルの言葉。部屋で休んでいたのはハルの剣を見て影響を受けた者たちだったのだ。
あの場に居た団員の規模で、剣の影響が出たのは二十数名。寝込む程ではなくともアリババのように多少の影響を受けたものを数えれば、その数はどこまで膨れ上がるだろうか。
自分に影響が出ていないのは、ハルの剣よりもその顔を注意して見ていたからだろうか。布の隙間から見える瞳を見据えて、シンドバッドは腕を組んだ。