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アラジンの様子を確認し夜が明けてすぐ、アリババはひとり静かにアジトを出て行った。
しばらく歩いた先で、ふいに立ち止まる。
潮の香りがする風が吹き、アリババの髪を揺らした。
向かい合うようにして立っている人物の金の髪も揺れる。表情はいつものように布で隠されていた。
「……」
アリババはじっと正面に立つ人物を見つめる。自分に向けられる視線は雄弁だ。これから自分がしようとしていることを向こうは分かっている。止めにきたのか、諌めるためか。
「アリババが王子だと知った瞬間、私は、あなたがこの国の王になるべきだと思いました」
「……」
「以前話した案が、最も犠牲の少ない道だと思っています。……流れる血はバルバッド王家やその周辺の者だけで済む」
アリババは当てはまる人物を思い浮かべる。アブマド、サブマド、貴族、官僚。
国を破滅させていった者、欲に溺れていた者。
恐怖で見ていることしか出来なかった者。
それでも、勇気を出して一歩を踏み出した者。
アリババの返答がないことを気にせずに、その人物は続ける。不思議そうに、理解できなさそうにアリババを見ながら。
「けれど、あなたはその道を選ばないのですね」
―――どうして、全ての人間を、救済しようとするのか。
国を滅ぼす暗君でさえ、アリババは死なせたくないのだ。それが、どうしても騎士には理解できないことだった。
「片方は、あなたを人とも扱っていないというのに。……あなたは血の繋がった兄という理由だけで、死なせたくないと思うのですね」
血の繋がりが大きな意味をもたらすことを騎士は知っている。
しかし、アリババは首を振った。
「……血が繋がってるからとか、そういうんじゃねえんだ。もうこれ以上、誰にも傷ついて欲しくないだけだ」
温かみのある瞳が日の光で煌めいている。騎士は淡々と「そういうものですか」と返した。アリババの言葉を聞いても、やはり騎士には理解ができない。
サルージャ家の兄弟仲が良かったのなら、理解できたかもしれない。
国を救うために行動した副王を救いたいというのなら、あるいは。
―――しかし、アリババはそんな理由で人を救おうとはしていない。ただ「傷付いてほしくないから」、なんて―――
(けれど、間違いではないのだろう)
「ジュダルとの戦闘の後、私の主から連絡が来ました。―――内容は“バルバッドからの退去命令”」
「!?」
大きく目を見開いたアリババは、まっすぐに正面の騎士を見る。
「あの方は、私の身を案じているのでしょうが、ここまでバルバッドの内情を知ってしまった以上、放り出して逃げることはできない」
「……ハル」
「なによりあなたは、一人で全てを背負おうとする人だから。アラジンが動けない以上、誰かがそれを支えないと」
バルバッドにいる全ての人が、それぞれの戦う理由を持っている。
それぞれの役目を全うしようとしている。
なら、ここにいる、遠い異国の皇女はどうだろう。
彼女が生まれ持って与えられた「役目」は、なにか。
「アリババはバルバッドの全ての人の為に、バルバッドの国民は自らの為に。―――なら私はあなたの為に、剣を取りましょう」
顔に巻かれた布を、白い指が外していった。
布の切れ端が舞い、半年振りにその顔が陽の下に晒される。
さらけ出された髪は、遠い大国の皇帝と同じ色をしていた。
「私はレーム帝国、帝国騎士団隊長。名をハヴニル・ユリウス・カルアデス。
―――ですが、今はただ、あなたの友人としてその傍らに立ちましょう」
聞き覚えのある家名に、アリババが耳を疑う。
騎士の鎧はここにはない。あるのは腰に携えた剣のみ。
片割れを失ったレームの宝剣。
「一時ではありますが、この剣をあなたに預けます」
「共に、この国を救いましょう」