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苦しそうにしている長谷部の背を今剣と二人でぽんぽん叩いていると、こんのすけがやってきて出陣要請を告げた。
愛染や国広と会話をしていた陸奥守が「戦かぁ」と眉を下げて口にするのを見て、思わず目を見張る。

「はいはい、行くよー」

加州に背を押されるようにして広間を出る陸奥守の背を見送る。伏せていた長谷部は切り替えたように立ち上がり「行ってまいります、主!」と張り切っている。

「一部隊は最大六人までとなります。前田藤四郎の手入れが完了するまでは、変わりに陸奥守吉行を編成しますか?」
「……そうだね」

こんのすけの提案に頷いて、みんなのあとに続いて広間を出る。

―――陸奥守……戦、乗り気じゃなかったな。ちょっと意外だ。

でも、人それぞれ……刀それぞれ個性があるのが当たり前なのだろう。
好戦的だったり、平和主義だったり。

遡行軍との戦いに対する考えは皆それぞれ違うのかな。

鳥居の奥へと消えていく皆を見送り、建物内へと戻る。
もうすぐ前田の手入れが終わる頃だろう。




手入れを終えた前田と二人、縁側に並んで座る。端末を手に出陣している皆の様子を逐一確認する私に、前田は「大丈夫です」と安心させるように微笑んだ。

「皆さん、強いですから」

ここで待っているだけの私ではなく、前線で皆と一緒に戦った経験のある前田が言うのだ。自分に言い聞かせるように小さく頷き、端末から顔をあげる。

「前田、喉乾かない? お茶入れてくるよ」
「いえ! 僕がやります!」
「……入れ方、知ってる?」

私の言葉に前田はハッと表情を強ばらせる。「一緒に行こうか。教えるよ」と縮こまってしまった前田に言うと、「はい!」と張り切った返事が返ってきた。

それから二人で台所へ向かいお茶を入れ、しばらく穏やかな時間を過ごしていた。日が暮れる前に洗濯物を取り込み、畳んだ服をそれぞれの部屋へと運び終えても帰還する様子はない。送られてきた陸奥守の荷物を前に、そういえば部屋割り決めて無かったな……と腕を組んだ。加州もそうだけれど、顕現してすぐの出陣になってしまって申し訳ない。

とりあえず、と空いた一室に陸奥守の荷物を運び入れ、二人で顔を見合わせる。こんのすけからの連絡もない。

「二人で晩御飯の準備して待ってようか」
「はい。お任せ下さい」

静かな本丸の廊下を進み、再び台所へ向かう。六人編成の部隊が一つで、本丸には七振りの刀、ってことは……。もう、一人で待つことはないのかな。それはちょっとだけ……いや、かなり嬉しい。

冷蔵庫の中身を見てレシピ本を片手に前田と二人で相談し、晩御飯のメニューを決める。広げて置いた本を覗き込んで二人で料理を作っていく。二日目となると前田も随分手馴れたようで、私の指示が無くても一人で大根の味噌汁を完成させていた。

副菜をいくつか完成させた頃に、端末がピコンと音を出す。手を拭って確認すると帰還の通知で、前田と視線を通わせてから玄関へと急いだ。



無事に帰ってきた皆と資材や刀装の片付けを済ませ、広間へ向かう。前田と二人で完成させた夕食を前に、戦闘終わりの皆はぐうぐうとお腹を空かせていた。晩御飯の献立は白米、大根の味噌汁、豚肉とキャベツの味噌炒め、きんぴらごぼう、ほうれん草のお浸し。そしてこんのすけ専用の油揚げ、である。

美味しい美味しいと言って食べ進めていく皆を微笑ましく見守っていると、加州が少し浮かない顔をしていることに気付いた。口に合わなかっただろうか、とも考えたが、お皿の料理はほとんど食べ終えている。

「オレ、ごはんお代わりしてこよーっと!」

バッと立ち上がった愛染に遅れて、陸奥守と国広も立ち上がる。その背を加州がじっと見ていることに気付き(もしかして)と口を開く。

「加州、お代わりしたいなら、遠慮しないでね」
「え!?」

私の言葉に、加州は頬を赤く染めてからたじろいだ。
それから視線を外し、おずおずと話し始める。

「でもさ、たくさん食べるのって……あんまり、可愛くなくない?」
「そうかな……私は可愛いと思うけど」

(ハムスターみたいで)とひまわりの種を頬にたくさん溜める小動物を思い出していると、加州は驚いたように目を丸めた。

「そっか……」
「うん。あ、でも、無理して食べるのは良くないけどね」
「……うん」

加州は数秒考え込んでから「お代わりしてくる」とお椀を持って台所の方へ消えていった。晩御飯担当だった前田と視線を交わらせて、「やったね」と笑い合う。
みんな主菜が気に入ったのか、陸奥守にいたっては二回も御飯をお代わりしていた。明日はもう少し量を増やしてみようか。



食事や入浴を済ませ、あとは眠るだけ。睡眠が初めてとなる加州と陸奥守は、初日の五振りのように不安を抱いてはいなかった。個人差なんだろうな、とそれぞれの部屋に行く皆を見送り、私は国広と審神者の私室へ向かう。小さくあくびを噛み締める国広に「おやすみ」と言うと、国広もこくりと頷いてから部屋へ戻っていった。

障子を閉め、てきぱきと寝る支度を整える。着替えや布団の準備を済ませてから、箪笥の中から無地のノートを取り出す。初日に本丸通販で頼んでおいた無地のノートだ。ページを捲り、机の上のボールペンを紙の上に滑らせる。私の記憶が始まった昨日の出来事を、鮮明に思い出しながら書き連ねていく。

喋る狐との出会いに言葉もなく困惑したこと。
五振りの刀の中から選んだ、山姥切国広との出会い。抱いた第一印象。鳥居を潜って辿りついた本丸。初めての鍛刀。今剣との出会い。自分が弱いせいで、心配をかけてしまったこと。悲しませてしまった後悔も、全部。

今の私に記憶が無いように、また、忘れてしまう日が来るかもしれない。そうなったときには、このノートを見ればいい。日々のことを書き残しておこうと思ったのはそれが理由だ。
自分のことだけじゃなく、この本丸に来てくれた刀のことも書いておこう。みんなの好物や、前の主のことや、刀工のこと……私が得た知識は、ちゃんと形に残しておこう。

このノートのページが全て埋まる頃には、国広が言っていた「守りたいと願うもの」を、見つけているような気がする。







翌朝私を待っていたのは加州のタックルだった。


体を揺さぶられ目を覚ますと、天井を背景にこちらを覗き込んでいる加州の顔があった。
デジャヴ。

「主!!」
「わっ」

のっそり起き上がった私に加州が飛びつく。勢いで再び布団に倒れた私の肩に、加州は頭をぐりぐりと擦りつけて呻いていた。

「……良かったぁ」
「だから言っただろう。熟睡してるだけだ」

開け放たれた障子を見やると国広が居た。ひょっこりと顔を覗かせた今剣が、微動だにしない加州をじっと見つめている。

「だって、全然起きないから……」
「ご、ごめん」

背中をぽんぽんと叩きながら謝ると、加州は顔を上げた。
目尻に浮いた小さな雫に「うっ」と呻く。
―――目覚まし買おうかな……。

「目、覚めてよかった」

少しでも落ち着いてもらえるように、と加州の頭を撫でる。加州は眉を下げ、へへ、と笑顔を浮かべた。

加州と今剣は先に広間へと向かい、私は寝巻きから普段着へと手早く着替えた。国広は近侍としての務めか、廊下で待ってくれている。その後洗面所にて、寝癖で髪の毛を爆発させた陸奥守や愛染と合流し、全員で広間へ向かった。
国広が教えてくれたが、長谷部と前田が朝ごはんの準備を先に進めてくれているらしい。顕現二日目で凄い! と驚く私の横で、陸奥守が「今日の朝餉はなんじゃろうなぁ」と笑っていた。

「主! おはようございます!」
「おはようございます、主君」

私達の話し声が聞こえたのか、厨から長谷部と前田が顔を出す。

「おはよう。二人共、ご飯の支度ありがとう。何か手伝おうか?」
「いえ、主の手は煩わせません。主が買って下さった『料理れしぴ』なるもので手順を確認しながら進めていますから」

自信満々に目を輝かせる長谷部の横で、前田は「主君は広間にてお待ちください」と頭を下げた。いいんだろうか、と後ろ髪を引かれつつ、国広と共に広間へと向かった。今剣たちが机や座布団を準備してくれていたようで、私は加州に促されその隣へと腰をおろす。愛染が取り皿や箸を運んできてくれるのを見てそわそわしていると、斜め前に座っていた国広が「厠か?」と聞いてきた。
横で加州が「いや、デリカシー」と呟く。

「何もしないで座ってるの、落ち着かなくて」
「いいんだよ。主なんだから」

加州の言葉にうーん、と唸っていると、国広が「それなら」と口を開いた。

「昼はあんたが作ればいいだろう」

その言葉に「それいいね」と賛成していると、加州と愛染が自分も作る、と立候補してくれた。お礼を言って昼の献立をぼんやり考えていると長谷部と前田、今剣が料理を持って広間へとやってきた。前田がこんのすけの前に油揚げを置く。そういえばこんのすけ、昨日の夜はどこで寝たんだろう。

ごはん、味噌汁、豆腐がそれぞれの前へ、真ん中に大皿で五目野菜炒めや卵焼き、かぼちゃの煮物などが置かれた。

「す、すごいよ二人共!!」

思わず大きな声を出した私に、長谷部と前田は似たような顔で照れていた。全員で席につき、いただきますと手を合わせる。

野菜炒めや卵焼きを取り皿へと移し、さあ食べようと卵焼きを箸で掴んだ時だった。じいっと視線を感じて顔を向けると、長谷部が瞬きもせずにこちらを凝視している。―――この卵焼き、長谷部が作ったのかな。

ぱくり、と口に入れてもぐもぐと咀嚼していく。程よい出汁の味がじんわりと舌に広がっていく。その間も途切れることのない視線に少し緊張しつつ飲み込み、長谷部を見た。

「長谷部」
「は、はいっ!」
「―――すっ……ごく美味しいよ!」

私の言葉に、長谷部はぱああ、と満開の花のような笑みを見せた。「ありがとうございます!!」と叫んだ長谷部に、隣の今剣が味噌汁を飲みながら冷静に「ちょっとうるさいです」と言った。