熱中症


登場する男士
鶴丸国永、薬研藤四郎、大倶利伽羅


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朝、目を覚ました鶴丸国永は身支度を整える前に部屋を飛び出した。

まばゆい夏の日差しが降り注ぎ、鶴丸の体温をみるみる上げていく。湧き上がってくる高揚感に鶴丸は廊下を駆け出した。この本丸に顕現して初めて体験する夏だった。

今日も朝から本丸の皆に驚きをもたらそうと、鶴丸は右へ左へ大忙しだ。昼餉の準備をしている燭台切の目を盗んでつまみ食いをしたり、馬当番中の歌仙と蜂須賀を相手に、馬糞に見立てた泥を手に接近したり。前者は軽い注意で済み、支度の手伝いをするだけで済んだが、後者の方は大変な騒ぎになった。

驚いた蜂須賀が足を滑らせ綺麗な着物を土まみれにし、歌仙は般若のような形相で怒り狂い鶴丸を追った。その道中で通りかかった納屋に身を隠した鶴丸は、通り過ぎた歌仙の気配が消えてからもしばらくその場に留まっていた。次に納屋にやってきた誰かを驚かせてやろう、という気持ちがほとんどと、少し前から体がだるかったので休みたかったのだ。

ふう、と熱い息を吐く。納屋に入ってからどれだけの時間が経っただろう。初めて体験する手足の先の痺れに、鶴丸は人の身は驚きに溢れているな、と呑気に考えた。

「……? 誰か居るのか」

聞きなれた低い声に顔をあげる。立ち上がる気力もなく、答えようにも声が出ない鶴丸に、声の主がひょっこりと顔を覗かせる。そこに居たのは畑当番を終えた大倶利伽羅で、鶴丸はへにゃりと力の抜けた笑みを返した。その顔の異常な色に大倶利伽羅はぎょっとする。ゆっくり腕を引き納屋の外へ連れ出した鶴丸の顔は、鶴も吃驚な程の赤さだった。



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すぐ傍で足音が聞こえ、それから「ありがとう」という穏やかな女の声が微かに聞こえて、鶴丸の意識は浮上していった。真っ先に視界に映ったのは天井で、鶴丸はゆっくりと顔を横に倒す。その時ちょうど、空いた障子の奥から審神者と薬研藤四郎が入ってきた。視線がかちあった審神者は嬉しそうに表情を緩めて横になる鶴丸の傍にしゃがみこんだ。

「良かった、目が覚めたんだ」
「……あるじ」

自分の喉から発せられた弱々しい声に、鶴丸は驚きを隠せないでいる。納屋で大倶利伽羅に腕を引かれた直後から記憶がない。

「熱中症で倒れたんだぜ。大倶利伽羅があんたを抱えて手入れ部屋に駆け込んできたんだが、病は手入れで治せんからな」
「さっきまで鶴丸を看てくれてたんだけどね。私達が来たから、もういいだろうって行っちゃった」
「……あー」

先ほどの足音と審神者の言葉を思い出していると、薬研の手によって上体を起こされる。手渡されたコップには少し濁った水のようなものが入っていた。促されるまま口にすると予想外に甘く、気付くと飲み干していた。

それから再び体を横にさせられると、薬研が小さな袋を鶴丸の体のあちこちへと押し当てていった。その冷たさに驚いた鶴丸が「うおっ」と小さく騒いだ。

「上がった体温を下げなきゃならん。太い血管があるところを冷やせば効果的なんだ」

てきぱきと処置をする薬研の横で、審神者の手が鶴丸の額にはりついた前髪を横に払う。薬研が熱中症の危険性や初期症状などを丁寧に説明するのを、鶴丸は素直に関心しながら聞いていた。ぬるくなった水を手に部屋を出て行く薬研を見送ると、鶴丸の視線は自然と部屋に残った審神者に向く。審神者は部屋の机を引っ張り出し、書類と睨み合っていた。仕事はどこでも出来るから、と鶴丸が起き上がれるようになるまでここに居ることにしたのだ。

書類をまっすぐに見るその視線を自分に向けたくて、鶴丸は腕を伸ばす。
ぺたりと畳に落ちた手は審神者には届いていない。

―――もう少し、体を動かしたら。

布団の上で体を動かすよりも先に審神者が鶴丸の手に気付き、書類を置いた。その手で鶴丸の白い手をそっと包む。

「まだ熱いね」

眉を下げて自分を見る審神者の表情は暗い。つられるように自分の気持ちも下がっていくのがわかったが、なによりも自分に向けられた視線に鶴丸は満足して手を握り返した。人間の身に起こる様々な現象に、最初は驚き楽しんでいた自分も居た。けれど、こんな驚きはこれきりでいいなとも思う。甲斐甲斐しく世話をされるのは、嫌いじゃないが。