02


本丸という建物に連れて行かれ、(鳥居を潜ったら目の前に大きな家屋があった。訳がわからない)私の執務室らしい和室に座らされる。山姥切という青年も私の隣に座り、こんのすけの言葉を待った。

「――西暦2205年、歴史の改変を目論む歴史修正主義者によって過去への攻撃が始まりました」

真面目な面持ちで語りだすこんのすけの言葉に耳を傾けながら、私は部屋から見える庭に目を奪われていた。すごく綺麗だ。疲れきった脳を休めるために思考を止める。

「あるじ様! 聞いておられるのですか!」
「あ、ごめん」

聞いてなかったんですか! と前足で畳を叩くこんのすけにもう一度謝る。すると、こんのすけは突然ピンッと尻尾を立てたかと思うと、こちらへと駆け寄ってきた。感情豊かな狐だ。

「遡行軍が暴れているとの情報です。出陣して沈静化を図りましょう」

えっ。







「あるじ様は危険です!! 本丸にて待機を!」
「いやいや! 一人で行くのも危険でしょ! ほかにいないの!? 戦える人! 誰か!」

山姥切がここへ来たときに通ってきた鳥居に入ろうとしたので白い布を掴み止める。

「ぐっ」
「なに行こうとしてんの! 危ないでしょ!」

私の言葉に理解できないといった表情を見せる山姥切。
何その顔……。

「俺は刀だ。心配無用、折れたとしても代わりはいる」

山姥切はそう言うと鳥居の中に消えていった。それを追ってこんのすけも鳥居の中に消え、残された私は呆然と見ていることしか出来なかった。


それからどのくらい時間が経っただろう。鳥居から血や泥に塗れた山姥切が出てきた。視界に入った赤に「ぎゃああああ!」と、思わず叫ぶ私に、こんのすけは慣れたように「主さま、手入れ部屋に」と言ってきた。

山姥切の手を引き、導かれるままにある部屋へと向かう。

山姥切を部屋に押し込み、こっちを見上げている小さい妖精? に資材を渡すと、彼らは山姥切から刀を受け取り刀身を抜いてから手入れを始めた。白いポンポンや布で手入れをしているだけのように見えるが、これでいいの? ボロボロの山姥切は放置? 私はなにもしなくていいの? 私、これで合ってたの?

真っ青な顔をしているであろう私から、山姥切が視線を逸らす。

「このまま朽ち果ててしまっても、構わなかったんだがな」

ぼそっと告げられた言葉に、頭の中で何かが切れる音がして、気づけば私は右の拳を山姥切の鳩尾に向けて勢いよく放っていた。低い呻き声をあげてその場にうずくまる山姥切とそれを見下ろす私を見て、こんのすけは息を殺して部屋を出て行った。


蹲る山姥切を手入れ部屋の妖精がぱっちりとした澄んだ瞳で見つめている。山姥切が困惑したようにこちらを見上げてきた。
さっきまであった頬の傷が消えている。腹を抑える手の傷も、破れていた服もゆっくりだが治っているようだ。こんのすけの言葉を思い出す。―――付喪神。

―――人間じゃないんだ。本当に。

記憶もなく、謎の喋る狐に審神者になれと言われ、目の前で刀が人間になったり……。正直、私にはどうしたらいいか分からない。

山姥切は困惑したように私を見上げている。……突然のことに戸惑っているのは私も同じなのに。こんな危ないことに関わりたくない。過去を守る為にと言われても、私にはその過去が無いんだから。
―――だけど、それでも。

「私は、何も持ってないの。記憶も名前も、分からない。……それでも、この道しかないのならやっていくしかないじゃない。他にないんだから」

私には記憶がない。名前も、家族がいるのかも分からない。こんのすけに出会う前まで、私はどこで何をしていたのか。誰が傍にいたのか。どんな人生を歩んできたのか。これから私はどこに行けばいいのか。

「……大丈夫か?」

言葉を探すようにして山姥切が言った言葉に「大丈夫じゃない」と返す。ふいに、くいっと服の裾を引っ張られ視線を向けると、手入れ部屋の妖精が山姥切の刀を持ち上げてこちらを見上げていた。

そっとしゃがみこんで刀を受け取ってから、山姥切に向き直る。

「……私にあるのはこの体と、さっき選んだあなただけ」

そう言って刀を渡す。

山姥切はしばらく呆然としていたけど、刀を受け取ってまっすぐな目を向けてきた。青と緑が混ざったようなうつくしい瞳が二つ、金糸の隙間からこちらを覗いている。

「あなたに、代わりなんていないの。分かった?」

私の言葉にしばらく黙り込んでいた山姥切は、小さく「ああ」と呟いた。それを聞いてよし、と笑ってから立ち上がる。

「これからよろしくね、山姥切」

しゃがみこむ山姥切に手を差し伸べて言うと、彼は苦々しい顔で「その呼び方はやめてくれ」と答えた。

「じゃあ国広?」
「……それでいい」

手を掴んだ国広を立ち上がらせると。見計らったようにこんのすけが部屋に入ってくる。

安心しましたと言わんばかりに微笑みを向けてくるこんのすけが「主さま、部隊を強化するために、次は鍛刀をいたしましょう」と言った。

横に立つ国広の表情が暗く陰る。

「新しい刀か……これで俺の代わりが」

しょんぼりと頭をうなだれたままぶつぶつと呟く国広。

思わずこんのすけを睨みつけると、知らん顔をして毛繕いを始めた。後で台無しにしてやる。

そう決意してから落ち込む国広の脇腹に手刀を叩きこんだ。