07
「替えの服がない!!」
私の叫び声に国広が肩を跳ね上げる。驚かせて申し訳ないけれどそれどころじゃない。
「このままじゃ二人とも風邪引くよ!!」
「主さまの着替えなら用意がございます」
どこからか出てきたこんのすけが言う。あんな弱音を吐いた後だと思うと恥ずかしさや気まずさがあったが、向こうは気にしていないようだった。
「今剣はともかく国広が着れないでしょ。サイズ合わないし」
「着れるものがあるかもしれませんよ。さあさあ」
額で私の足首のあたりに頭突きするこんのすけ。その弱い力に押されて私室へ向かった。その後ろを国広と今剣がついてくる。
私室の箪笥にはいくつかの着替えが入っていた。サイズはバラバラで一番小さいジャージを今剣へ、大きなものを国広へ渡す。私は一旦外へ出て二人の着替えが終わるのを待った。もしかして二人の服、あの一着しか用意されてないのだろうか。自分で買えってこと?
……どこで? ていうかお金は? そもそも審神者って給料貰える?
「あるじさま! おわりました!」
今剣の言葉を聞いてふすまを開け中に入る。
今剣が慣れない服に興味津々の中、国広が方腕で顔を覆ってびくともしない。
「国広、どうしたの?」
「布が……」
それっきり黙り込んでしまった国広。そういえば布は玄関をあがる際に床が濡れるからと強引に剥いだのだった。かなり抵抗していたけれど今剣に抑えてもらって回収した。いつも布で隠れている金髪がよく見える。
「せっかく綺麗な顔してるのに」
腕をわずかに退けた国広がキッとこちらを睨む。少しだけ頬が赤い。
「き、綺麗とか言うな!!」
「……」
山姥切国広の新しい一面を知った。照れ屋さんなのか。
「布はさすがに無いけど、このへんにパーカーがあったような……」
「ぱあかあ?」
あんまり虐めるのもかわいそうだと思って箪笥を漁る。国広が不安そうに(若干涙目で)こちらを見ていた。一番サイズが大きいものを手に取り振り返る。
「これなら代わりになるんじゃない?」
白いパーカーを国広に手渡した。バッと広げた国広が目を輝かせ、目にも止まらない速さで羽織りフードを深く被る。そんなに嫌だったのか……。照れ屋とは違うような気がしてきた。
「主さま、主さま」
「ん?」
「鍛刀で戦力の拡充をしましょう」
「分かった」
こんのすけに続いて鍛刀部屋へ向かう。道中こんのすけから審神者の特性について聞かされた。結界術に長けているもの、自分で戦うことのできる審神者も珍しいが中には居るらしい。凄いと素直に関心している私にこんのすけは言った。
「審神者様は一日に刀を何振りも顕現できる体力があります!」
「……」
体力か、と呟く。もっとなんかこう、ないのだろうか。審神者らしい何か……って私のことだからこんのすけに言っても仕方ないけど。そもそも審神者がどういうものなのかさえ未だに理解していない。
「山姥切国広の顕現にあれほどの神気を注いでいながら、未だ体調に変化が見られません。人によっては一日に一振りしか顕現できない審神者もいらっしゃいます」
「へえ……」
鍛刀部屋につき、こんのすけのアドバイスをもとに鍛刀をする。資材は五十ずつと三百五十ずつ。二人の妖精が資材を運び奥の部屋へ消えていく。
時間は二十分と二時間半だった。確か今剣も二十分だった気がする。手伝い札は無かったので時間が経つのを待つしかないので、皆で外へ出て顔を見合わせる。
「審神者様、近侍はいかがいたしますか?」
こんのすけの言葉に首を傾げる。きんじ?
「審神者様の傍近くで仕える刀です。一振りだけ任命できます」
「そう言われても……」
腕を組んで考える。傍で仕えると言われても実感が沸かない。まず審神者って普段何の仕事をするの? 他の審神者はどうしてるのと聞けば少し考えてからこんのすけが答えた。
「初期刀を固定にしている審神者が多いですね」
「それなら、」
「えー! ぼくもあるじさまのそばでおつかえしたいです!」
今剣の言葉にうっと声が漏れる。「じゃあ今剣固定に」言い終わる前にじーっと強い視線を感じ、顔を向けるとフードの下で国広がこちらを見ていた。目力が凄い。……これは、国広も近侍をやりたいという意思表示なのだろうか。
「それじゃあ……週替わりでどうかな。本丸に来てくれた順に。ね?」
こんのすけが分かりました、と頷く。今剣が「やったー!」と喜んでいる横で国広はふいっと顔を逸らした。あれ、そういうことじゃなかったのかな。まあ何も言われなかったしこれでよしとしよう。
「そろそろ二十分経ったかな」
壊れた分の刀装を作り終わり、刀装部屋を出る。鍛刀部屋へ行くと妖精が一本の短刀を手に待っていた。こんのすけの催促を聞き流し、手を伸ばす。
三人目、いや三振り目か。
この刀の付喪神も、私の呼びかけに応えてくれるだろうか。国広と今剣のためにも仲間は一振りでも多い方がいいに決まってる。
目を瞑り、お願いしますと心の中で叫んでから神気を注いだ。
数秒後に、そっと目を明ける。
鍛刀部屋に桜がひらひらと舞っている。私の手からそっと刀が離れていき、眩しい光の中から一人の幼い子供が現れた。
肩で切り揃えられた薄茶色の髪が風でなびいている。
どこから吹いてるんだこの風。
今剣より少しだけ高い背に、可愛らしい顔立ち……女の子?
「前田藤四郎と申します」
「よ、よろしく」
女の子も戦うのかと驚く私に、藤四郎が首を傾げる。つられて今剣も首を傾げた。自分より頭一個分小柄な二人を見ていると胸がずきずきと痛んだ。
実際に戦っていない自分が怖気づいて……本当に、すいません……。
「あるじさま?」
「どうしたんだ」
「ああ、うん。自分の情けなさにめまいがして・・・・・・」
私の言葉に国広がきゅっと目を細める。私が遠い目で「女の子も戦うんだね……」と呟くと、驚いたように藤四郎が目を丸めた。可愛らしい子だな。
「とうけんだんし、ですよ。あるじさま」
今剣の言葉に「そうだよね〜」と無意識に返す。
刀剣男士、男士……えっ男子?
「男の子?」
「はい」
藤四郎が戸惑ったように頷く。
「僕は、藤四郎の眷属の末席に座すものです。大きな武勲はありませんが、末永くお仕えします」
「……失礼なこと言ってごめんね。よろしく藤四郎」
私の言葉に藤四郎が再び目を丸める。うん、また変なこと言ったのかもしれない。
「粟田口吉光作の刀は多い。その呼び方は、他の藤四郎が来た際に紛らわしいだろう」
国広の言葉に今度は私が目を丸めた。てっきり苗字+名前だと思っていたけれど違うのだろうか。
「それじゃあ、前田って呼んだほうがいいのかな」
私の言葉によろしくお願いします、と頷く前田。苗字みたいで不思議。でも、国広は山姥切とは呼ばないでほしいと言っていたし……うーんと首をひねる私を見かねて国広が口を開いた。
「俺たち刀の名には種類がある。自分だけの名を持つもの、作った刀工の名がつけられるもの。伝来した家の名前や、持ち主の逸話から名がつけられたものもある」
国広の言葉になるほど、と頷く。
「前田はどれなの?」
「僕は、前田利政様が所持していたためにこの名がつけられました。吉光は粟田口藤四郎とも呼ばれていましたから……」
「だから、前田藤四郎っていうんだ」
はい、と頷く前田を見下ろす。粟田口吉光さんが作った刀が多い、ということは……前田と同じ藤四郎の名前がついた刀が、たくさんあるんだ。それは……家族っていうくくりなのかな。兄弟? 親子?
「……二人は?」
「今剣の元の主は有名な源義経、刀工や家の名ではなく自分だけの名前だ」
ほうほうと頷く私に。国広がさっと表情を暗くする。「俺は……」と言ったきり俯きがちになった国広がぼそぼそと続きを話す。
「足利城主長尾顕長の依頼で、山姥切の写しとして打たれた。堀川国広作だから、山姥切国広と言う」
「写しって?」
私の質問に国広がぐっと顔を歪めてしまった。また変なことを言ったのだろうか。そういえば、初めて会ったときも写しがどうのと言っていたような気がする。
「優れた刀を模造して作られた刀を『写し』と呼ぶんです」
前田の言葉に納得する私をよそに、国広はずっと暗い表情のままだった。国広は写しと呼ばれるのがいやなのかな。
「【山姥切国広】は、堀川国広の第一の傑作として名高いんですよ」
こんのすけの言葉に「凄く綺麗だもんね」と返すと、やっと国広は顔をあげた。いつもの無表情よりも少しだけ複雑そうな、言葉にできない表情をして私を見ている。
「綺麗とか、言うな」吐き捨てるように言った国広に、私は何も言えなかった。