08
もうひと振りの刀が完成するまで時間があるからと全員で本丸内を見て回ることになった。今剣と前田に挟まれるように手を繋ぎ、廊下を進む。前田を顕現した後にこんのすけはどこかへ行ってしまった。
執務室のそばにある渡り廊下の先には茶室。
本丸内には広々とした大風呂や書庫もあったが、あるのはカゴや本棚だけで、風呂用具や本は一つも無かった。
若干の不安を抱えて台所に向かうと、案の定空っぽの食器棚の冷蔵庫。
かろうじて物置にあったテーブルを広間に引っ張り出し、机を囲って座る。
どうやって生活をしていけと言うのか。
頭を抱える私を、短刀二人が心配したように声をかける。
「主さま―!」
廊下からこんのすけが顔を出した。ちょうど良いところに来た。聞きたいことがあるんだけどと口を開いた私を遮るようにこんのすけが怒りだす。
「政府から荷物が届いています! 端末をご確認ください!」
「あ、端末。執務室だ」
「どうして持ち歩いていないんですか!」
持ち歩くようになんて言われたっけ。ぼんやりと思い出しつつ、ぷりぷりと怒るこんのすけに謝罪をしてから執務室に取りに向かう。
小走りの私の後をついてくる国広に気付いて「一人で行けるよ?」と言えば、「俺は近侍だ」と返された。近侍の仕事、やっぱりやりたかったのかな。さっきの対応はやっぱり間違えていなかったみたいだ。
端末を手にこんのすけ達のところへ戻り皆で確認してみると、さっきは無かったメールボックスのアイコンが増えている。こんのすけの説明を聞きつつそれを開くと、「転送ゲートへお越し下さい」というメッセージが出てきた。国広と顔を見合わせ、みんなで外の鳥居へ向かう。
鳥居の前にはダンボールがたくさん積み上げられていた。端末の詳細ページには、国広達の名前と生活品のリストが載っていたため、全員分の荷物があるのだろう。
それだけじゃない。
食器や畑道具も中に混ざっていた。
ひとまずみんなの名前が書かれたダンボールを刀剣の私室へ運んでいく。
一部屋は八畳程の広さだ。私の部屋の正面と隣あった部屋は前田と今剣が使うことになった。
部屋割りは国広に一任したのだけど、審神者の近くは短刀がいいらしい。
理由は聞かなかったけれど、国広が良いというのならそれでいいだろう。
個人の荷物を部屋へ運び終え、次は台所用品と食品を運んでいく。
付喪神なのだから当然だけれど、どこにしまえばいいか分からないようだったので、私とこんのすけで指示を出してお皿や食品を仕舞ってもらった。
それが終わっても、ゲートの前にはいくつもの箱が残っていた。
「これはなんでしょう」
「それは鍬(くわ)です。土を耕す道具です」
「この、きらきらした容器はなんでしょうか。液体が入っていますが……」
「それはシャンプーです。頭髪と頭皮を洗う洗剤です」
今剣と前田の質問に答えていくこんのすけ。二人は目をきらきらさせて質問を続ける。ちら、と横に居る国広を見ると、その手にはお風呂に浮かべるアヒルのおもちゃが乗っていた。
私の視線に気付いた国広がフードを引っ張り顔を隠す。おもちゃを箱に戻し、ダンボールを持ち上げて風呂場へと向かってしまった。気になってるのかな。
荷物を運び終わり整理も済んだところで、こんのすけから鍛刀が終わったことを伝えられた。みんなで顔を見合わせて鍛刀部屋へ向かう。
確か時間は二時間半だったっけ。刀ごとに時間が違うのにも理由があるのかな。鍛刀部屋の戸を開くと、妖精の手には一本の刀が。見るからに今剣や前田のような短刀ではなかった。国広の刀の長さに近い。確か……打刀だったっけ。
妖精から刀を受け取りぎゅっと握り締める。
短刀と比べてかなり重い。
ここに来る前の、国広と初めて会ったときのことを思い出した。
顕現も、四本目となれば慣れたものだ。
目を瞑って神気を注いでいった。加減をして少しずつ。
そっと刀が手から離れ、頬に柔らかいものが触れて目を開けた。桜が宙を舞い私を包む。
視界が開け、目の前に現れたのは藤色の瞳が印象的な男性だった。
「へし切長谷部と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」
「よろしく。……えっと」
言い淀んだ私に、へし切長谷部が首を傾げる。
なんて呼べばいいのかな。へし切か、長谷部か。国広のように長谷部と呼ぶべきか、もしかしたら粟田口のようにたくさんの長谷部が居るからへし切と呼んだ方がいいのかもしれない。
じーっと見ていた私に彼が困ったように眉を下げたので、思い切って聞いてみる。
それで不快にさせてしまったら謝ろう。
「どうか、長谷部とお呼びください」
「……分かった。長谷部だね」
「はい!」
名前を呼んだだけで嬉しそうに笑う長谷部に少し驚く。なんだか一瞬ワンコの尻尾が見えたような気がするけれど、気のせいだろう。
「長谷部は打刀?」
「はい」
「他に種類はあるの?」
隣に立つ国広に聞いてみる。国広はじっとこちらを見てから語りだした。
「刀剣は、寸法によって名称が異なる。短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀、槍、薙刀、剣が主だな」
「なるほど……」
こんのすけが付け足すように、刀種によって鍛刀時間が異なることも教えてもらった。ということは、短刀は二十分、打刀は二時間半で共通なのかもしれない。長さが伸びれば時間も増えるなら、大太刀や槍は一体何十時間になるのだろう。
って、この本丸に来てくれるかどうかも分からないのだから、そんな疑問を抱いても仕方ないか。
その後こんのすけに勧められるまま刀装部屋へ移動した。
国広が特上刀装を量産している横で、長谷部が低い唸り声を上げている。
その手には私が作ろうとして失敗した刀装と、似た色の破片が散らばっていた。
「いえ、こんなはずでは……」
「大丈夫大丈夫」
私が手をひらひら振りながら言うと、長谷部がぐっと悔しそうに顔を歪めて透明の玉を掴む。真剣な表情で玉を睨む長谷部の手のひらの上で、刀装は金色に輝いた。ぱあっと表情を明るくした長谷部をあざ笑うように、刀装は色を失い砕け散る。
どん底に突き落とされたような顔の長谷部が、俯いて呟いた。
「申し訳ございません……」
前田と一緒に励ましながらその背をさする。
その頭には、限界まで下がったワンコの耳が見えていた。