09
全員分の刀装を作り終え一息ついたところで、こんのすけが遡行軍の出現を報告してきた。全員が顔を引き締め、支度を始める。外に干していた国広と今剣の装束を取り込み着替えを手伝った。
これで三度目の出陣だ。
丸一日働き通しで大丈夫だろうか……。
国広や今剣の表情に疲労は見えないから、人よりも体力があるのだろう。四人に刀装を手渡し、鳥居の前まで見送る。
「行ってまいります、主君」
「……気をつけて」
鳥居をくぐった四人と、こんのすけの背を見つめる。恐怖心が消えることはない。今もやけに心臓が早いし、嫌な汗が手に滲む。日も沈みかかっていて、なおのこと不安を煽った。
四人も居なくなると本丸は途端に静かだ。これから先、刀がどんどん増えていって出陣を見送るたびに、このたまらない寂寥感が胸に広がるのだろうか。
「ふう」
震えた細い息を吐き出し、鳥居が見える縁側に腰掛けた。
どれぐらい時間が経っただろうか、ふいにお腹がぐう、と低い音を発する。―――そういえば今日一日何も食べていなかった。それどころじゃない状況だったので仕方ないか。
刀剣男士もお腹は空くのだろうか。誰も言わないから気付きもしなかった。そもそも人の形をしているけれど、どこまで同じなのかが分からない。
みんなが帰ってきたら聞いてみよう。
まずは、無事に帰ってきてくれることを祈るだけだ。ぎゅっと両の手を組み心の中で唱える。
どうか怪我をしませんように。
誰も欠けることなく帰ってきてくれますように。
みんな付喪神だけど、この場合誰に祈ればいいんだろう。
別の神様? 神様のことを神様にお願いしていいのだろうか。
「只今戻りました、主君。道中、木炭を拾いました。後ほど資材庫に運んでおきます」
「ありがとう前田。みんなもおかえり」
抱きついてきた今剣の頬に、土汚れを見つけてハンカチで拭う。やけにご機嫌な今剣に首を傾げつつ、得意げな表情の長谷部を見上げた。
「長谷部、誉取ったんだってね。すごいね」
私の言葉に長谷部が微笑んで頭を下げる。
「主命を果たしたまでのことです」
ふと長谷部のまわりに桜の花びらが散っているのに気付いた。それも数秒のことで、すぐに消えてしまう。刀を顕現した訳ではないのに、どうして桜の花びらが?
「途中で刀も拾った、そら」
国広が手渡してきたのは短刀だった。えっ、刀って拾うものなの? 戸惑いながらも短刀を握り締め、国広を見る。
「それじゃあ、この子も仲間になってくれるのかな」
「顕現に応じればな」
「応じてくれないこともあるの?」
「……その心配はないだろうが、もしも主に逆らうようなら刀解すればいい」
「とうかい?」
首を傾げた私に国広が「付喪神を本霊に戻し、刀を溶かすことだ」と告げる。
とかす。
―――とかす!?
「僅かだが資材も手に入る」
続けて言った国広に背筋がぞっとする。なんて酷いことを平然と言うのだろう。
ドン引きしている私に気付いたのか、前田が眉を下げて口を開いた。
「刀の状態に戻れば痛みはありませんよ」
違うそうじゃない。
フォローするところが違う。
不思議そうにこちらを見る四人とこんのすけにしばらく震えてから、話題を変えようと食事について切り出す。
「刀剣男士も食事や睡眠を必要としますよ」
「そっか、ならこの刀を顕現してから、みんなでご飯食べよっか」
ごはん、と真似をするように呟く今剣がぱあっと顔を輝かせる。前田も少しだけ嬉しそうな表情をしていた。お腹が空いてたのかもしれない。
手の上にある短刀をそっと握り締め、全員で玄関へと向かった。
桜の花びらがはらはらと舞う。
その中心に立つ赤髪の男の子とぱっちり目があった。
「オレは愛染国俊! オレには愛染明王の加護が付いてるんだぜ! すっげーだろ!!」
親指を立てて自分の胸を指し叫ぶ様子に、ぽかんとしていると愛染国俊が手を差し出してくる。
はっとしてその手を握り返した。
「これからよろしくな、主さん!」
「こちらこそよろしく。愛染、でいいのかな。それとも国俊?」
「ん? どっちでもいいぜ? あーでも、他に国俊が来たら紛らわしいか。オレのことは愛染、って呼んでくれ!」
歯を見せて満面の笑みを見せる愛染に思わずつられて笑んでしまう
明るくて活発で、今剣と気が合いそうだ。
手を離して横の国広たちに視線を向ける。目があってから、国広や今剣達が自己紹介を始めた。
最初は国広と二人だけだったのに、随分賑やかになったものだ。
刀剣男士は人間と同じように食事をして睡眠を必要とする。
国広たちが人間の体を持ち、生活することは当然初めてのこと。
だから人間としての生活の仕方や基本的なことをこんのすけが教えてくれるらしい。
お腹が空く、眠くなるといった感覚も、彼らからすれば異常事態だと思ってしまうらしい。私は説明が上手ではないから、こんのすけが教えてくれるのは有難かった。
そのあいだに食事の用意をしてしまおうと台所に立つ。紺色のエプロンを身につけて冷蔵庫の扉を開けた。視界に入った袋を手に取る。同じものをまとめて取り出してから机に並べ、野菜室を覗いた。玉ねぎ、にんじん、ごぼう、さつまいも、なす、ほうれん草。そういえばさっき、ちくわを見かけたっけ。必要な調味料は揃っているから、メニューはあれでいいだろう。
……みんなどのくらい食べるのかな。少し多めに作っておけばいいか。余ったら冷やして明日食べればいいし。そう思い大きめな鍋を取り出した。
野菜を切りながらふと思い出す。昔の記憶はなにもないはずなのに、料理のレシピは浮かんできたのだから不思議だ。記憶を無くす前の私は料理をよくしていたのだろうか。慣れた手つきで調理をしている自分を客観的に見て、思わず笑みが溢れる。これから、少しずつ知っていることを集めていけば。もしかしたら―――。
そんな期待を抱きつつ料理を進めた。
「わあ〜!」
「すっげー!!」
机に身を乗り出すようにして今剣と愛染が叫ぶ。他の三人も目をきらきらさせて机の上に並べられた料理を見下ろしていた。
作ったのは冷やしうどんがメインで、他に天ぷらの盛り合わせとサラダ、ほうれん草のおひたし。野菜たっぷりのメニューになってしまったけれど、みんなは気にしていないようだった。
「それじゃあ、いただきますしようか」
手を合わせて言った私の言葉に、今剣が「いただきます?」と繰り返す。同じ様に首を傾げた前田も不思議そうにしている。
「なんの意味があるんだ」
国広の質問に黙り込む。……そういえば、どういう意味があるんだろう。手を合わせたまま同じく首を傾げた私に、こんのすけが仕方ないと言わんばかりに溜息を吐いて現れた。
「食材と食事に携わってくれた方に対する感謝とお礼を込めているんです」
「かんしゃと」
「お礼?」
今剣と愛染が復唱して呟く。こんのすけは胸を張って答えた。
「お肉やお魚はもちろん、野菜や果物も。私達は食材の命を頂き、生きていきます。『いただきます』とは、命そのものに向けた感謝の言葉なんです。そして、私達が食事をするまでにも、野菜を育てた人や、収穫した人。料理を作ってくれた人など、たくさんの人達が関わっています。『いただきます』『ごちそうさま』という言葉には、たくさんの感謝の気持ちが込められているんです」
こんのすけの言葉に五人が感嘆して「おお」と呟く。私もなるほど、と聞き入いっていると、今剣が「あるじさま!」と大声で呼んだ。
「ありがとうございます!」
何に対するお礼なのか一瞬分からなかったが、こんのすけの話を思い出す。
「主君、ありがとうございます」
前田や愛染、長谷部も続いて頭を下げた。胸がじんわりと暖かくなっていく。国広が小声でお礼を言うのが聞こえて、笑みが溢れる。
「それじゃあ、みんな手を合わせて」
私を真似して五人が手を合わせる。声を揃えていただきますと挨拶をして、刀達は初めての食事を取ったのだった。
ちなみにこんのすけには「こんのすけ専用油揚げ」が冷蔵庫にあったのでそれを出した。こんのすけは誰よりも目を輝かせてかぶりつき「はぐー! うまんい!」と不思議な鳴き声をあげていた。こう見るとちゃんと狐だなあ……。