春キャベツみたいなわらいかたをする


フェリクスは視線の先に居る少女に気付いて眉を顰めた。燃え上がるような髪色に反して、自信なさげに丸まった背がただでさえ小さい体躯をさらに矮小に見せている。向かいに居る女生徒は縮こまっている少女に気付いているのかいないのか、身を乗り出す勢いで迫っていた。
少女がたじろいでいるのが、フェリクスには後ろからでも分かった。

「チッ……」

フェリクスは舌打ちをして二人に近付く。足音に気付いたように振り向いたナマエの縋るような瞳に、フェリクスは足を止めてもう一度舌を打つ。怯えたように去っていく女生徒に、ナマエは分かりやすく胸を撫で下ろした。

「ありがとう、フェリクス」
「フン……あれぐらい自分であしらえるようになれ」
「あしらうって……ただ、シルヴァンのことを聞かれていただけだよ」

情けない顔で笑うナマエに、フェリクスはもう一度舌打ちをしそうになって止めた。ゴーティエ家の特徴である赤髪が風に靡く。「おい、髪紐はどうした」「あ、教室に置きっぱなしかも……あれ、部屋だっけ?」顎に手を当てて考え込むナマエにため息を吐く。どこか抜けているこの幼馴染に、フェリクスは額を抑えたくなるのを堪えて歩き出した。自然とナマエも後に続く。

「ねえ、シルヴァンってどんな女の子が好きなのかな」
「知らん。興味もない」
「私もないけど、みんな知りたがるんだよね……」

少し振り向いてナマエを見ると、目を閉じたまま考え込んでいる。フェリクスがその場に立ち止まると、それに気付かないままその背にナマエの顔が衝突した。

「うえぇ……なんで止まるの?」
「前を見て歩け」
「えへへ」
「笑うな」
「フェリクス怒ってばっかり……皺が増えるよ」

フェリクスは自分の額がぴくぴくと動くのが分かった。ナマエの従兄妹である男にも似たようなことを言われたことを思い出したからだ。共に育ったわけでもないのになぜこうも似るのか。いや、風紀を乱す行いをせず、勉学に真面目に取り組んでいるのだからナマエのほうが何倍もマシだが。フェリクスはこれでもかと目を細めナマエを睨んでいたが、ナマエが力無く笑うのを見て再び歩き始めた。四年前から何度も見るこの笑い方が、フェリクスはあまり好きではなかった。

そもそも昔は、ナマエが自分に笑いかけることなど無かった。いつも怯えて泣きべそをかいて、イングリットやフェリクスの兄であるグレンの後ろにひっついて回っていただけの子供だったのだ。

「ねえ、ベレト先生と手合わせした?」
「ああ、見事な腕だった。傭兵としての剣は俺も学ぶところが……なにを笑っている」
「嬉しそうだね」
「……お前も剣を見てもらえ。今の戦い方は危なっかしくて見てられん」
「そうだね。お願いしてみるよ」

フェリクスは自分の喉までしかない背丈のナマエを見下ろす。同い年だというのに、ナマエとの身長差はみるみる広がるばかりだ。最年少の生徒とほぼ同じ身長に、フェリクスは首を捻る。四年前に死亡したナマエの両親はどちらも上背があった。単に栄養が足りていないのかもしれない。

ナマエは小柄な体格を活かし、敵の懐に潜り込んで戦う戦法をよく取った。青獅子の学級の生徒が、それを見るたびに肝を冷やしているのは言うまでもない。べったりと頭から返り血を浴び、時には怪我を負うナマエの姿に、実の姉妹のように育ってきたイングリットがどれだけ心を痛めているか。弓や魔法の才が無いわけではないのに、ナマエは剣で戦うことにこだわりを持っていた。(戦場で必要に迫られれば武器を選ばずに戦っているようだが)

ダスカーの悲劇で死んだ父親の遺品である剣を、ナマエは肌身離さずに持ち歩いている。西部の反乱鎮圧に赴いた後、昂ぶった感情のまま詰め寄ったフェリクスに、騎士を目指しているわけではないとナマエは答えた。その返答を聞いて、無意識に肩の力を抜いたことをフェリクスはよく覚えている。

ディミトリやイングリットのように過去に縛られているわけではないのが、救いだった。

フェリクスの睨みつけるような視線に、ナマエが泣き出すことはない。ダスカーの悲劇が起こってから、ナマエが泣くところは見たことがなかった。自分の前でだけかとも思ったが、イングリットもシルヴァンも、ナマエと親しくしていた誰もが久しくナマエの涙は見ていないという。

ナマエはいつも怯えているような子供だった。叔父であるゴーティエ辺境伯やマイクランの強面に(ナマエの父親も似たような顔立ちだったくせに)、剣の稽古に付き合えと追い回すフェリクスに、寡黙なギュスタヴに、騎士の打ち合う音や呻き声に、他人の怪我や病に、

いつだって泣いてばかりいたのに。
誰よりもそれを鬱陶しく思っていたのはフェリクスだというのに。

「フェリクス?」
「……街で押し付けられた菓子が部屋にある。持っていけ」
「ありがとう!」

雲が晴れたように笑うナマエから、フェリクスは目を逸らした。その剣帯にぶら下がる剣を、視界の外へ追いやるように。