手のうちの祝


鮮烈な赤だった。
自然と視線が引き寄せられてしまうような、不思議な力があった。

雪景色の中で一際目立つその色が近付いてくる。ナマエはバタバタと慌ただしく雪道を駆けて、その後ろでは呆れたように後を追うシルヴァンの姿があった。二人共同じ髪色だというのに、私はやっぱり真っ先にナマエの姿が目に止まる。
ナマエは頬や鼻を真っ赤にして、勢いを殺すこともなく私の胸に飛び込んできた。後ろに倒れそうになったところをグレンの片腕が支えてくれる。まるで予測していたかのような動きだった。

「こーら、ナマエ。危ないって言っただろ」

シルヴァンがこつんとナマエの頭に手の側面を落とす。ナマエは途端にしょんぼりとして「ごめんなさい」と呟いた。さっきまでの笑顔はどこへ行ってしまったのか、私は腕の中にすっぽりと収まっているナマエの背を撫で、「大丈夫よ」と笑った。

私が怒っていないと分かったからか、久しぶりの再会が嬉しかったからか……多分両方だろう。ナマエは満面の笑みを浮かべて私を抱きしめる力を強めた。きらきらと目を輝かせて、白い歯を覗かせて笑う彼女はまるで空に燦々と輝く太陽のようだ。眩しい少女に目を細めて、私達は歩き出す。小さなナマエの手を握り締め、隣にはグレンが居て、シルヴァンが後をついてきて。そんな日々が続いていくと信じていた。誰もが。



「髪、切ろうかな」
「―――え」

ガルグ=マクでの生活が始まり数節が経った頃、ファーガス出身の生徒には厳しい季節が過ぎた頃だった。ナマエと二人で買い出しから戻る道中、独り言のようにぽつりと地面へと落ちた言葉に私は顔を横に向ける。

「どうして?」
「手入れ、面倒になっちゃって」
「……」

静かな声音で告げられたそれに、視線が落ちていく。

―――どうして私の髪は赤なの? イングリットとお揃いがいい!
―――おいおい、ナマエは俺とお揃いだろ。俺じゃ不満か?
―――イングリットがいい!!

屋敷に響く、グレンの笑声を思い出す。ナマエは泣くのを我慢して手を握りしめていて、フェリクスはくだらないと言って殿下の手を引っ張って外へ出て行った。殿下は心配するようにナマエを見ていたっけ。

―――私は、ナマエの髪が好きよ。

二人きりになったとき、ナマエの髪を櫛で梳かしながら言った私に、ナマエは泣き腫れた瞼をこすりながら本当? と呟いた。
光沢のある髪が指を滑っていく。目に焼き付くような赤はゴーティエに伝わるもので、辺境伯やシルヴァン、彼の兄も同じ色だというのに、ナマエの赤は彼らとは違っていた。
ただひたすらに柔らかい赤を彼女は持っていた。

「温かくて、優しい色をしているでしょう?」



ダスカーの悲劇で、多くの命が奪われた。
私達は数え切れないほど多くのものを喪った。

四年振りにガルグ=マクで再会したナマエは、大切に伸ばしていた髪をばっさりと切っていた。傷一つなかった体にはたくさんの小さな傷を刻んでいた。
暖かく柔らかな瞳からは一滴の雫も流さなくなっていた。

入学したばかりの頃に遭遇した盗賊の襲撃。

恐怖で動けなくなった女生徒が視線の先に居た。私はその姿にナマエを重ねて、気付けば駆け出していた。間に合わないと確信した直後、闇の中を赤色が駆け抜けていく。刃の矛先が変わり、シルヴァンが焦ったように名前を叫んだ。迫る盗賊の凶刃を躱し、ナマエはかつて彼女の父親が振るっていた剣を抜く。下から斬りつけるようにして、盗賊は地に伏した。
胴から吹き上がる血がナマエの顔を汚す。

駆け付けた私は呼吸を止めていた。

今目の前にいる少女は誰だ、と思った。
血の赤が髪に紛れ、ナマエの顔にこびりついた赤を際立たせる。

躊躇いもなく命を奪ったナマエ。私の、親友。
この四年で、幼いあなたも遠くへ行ってしまったのだと気付いた。

彼女は変わるしかなかったのだ。
家を存続させるために、余分なものを切り捨てて、弱さを殺して生きるしかなかった。
他に選択肢はなかった。
理解している。仕方のないことだったと納得もできる。

けれど、ただ、悲しい。
ナマエが一人で、自分の弱い部分を一つずつ潰していた苦しい時期に、私は傍にいてやることも出来なかった。支えることも、甘やかしてやることも、叱ることも出来なかった。
それが悔しくてたまらなくて、変わってしまったあなたを見ることが、寂しい。

あなたには穏やかな世界で、ずっと笑っていてほしかった。
あの笑顔をいつまでも向けていて欲しかった。

ずっと、変わらないままでいて欲しかった。

僅かでもいい。
泣き虫なあなたがどこかに残っていたらいいのに。
あなたの柔らかい心が、少しでも取り戻せたらいいのに。

もうあの頃には戻れないと分かっている。
それでも、この四年間の後悔を繰り返しはしない。

「ナマエ、私はあなたの髪が好きよ」

空いた右手を伸ばし、肩にかかったナマエの髪を掬い上げる。


「いつかのように、また、私に髪を梳かせて」


小さな体。一生懸命こちらを見上げるその姿に、どうしても幼いナマエを重ねてしまう。他の者の前ではよく泣いていたけれど、私と二人きりのときは笑顔の方が多かった。私が怪我をすると父や兄よりも顔を真っ青にして心配してくれていた。

誰よりも臆病で、優しいナマエ。

二度と、孤独の中にあなたを置き去りにしない。

雪の中を走る篝火のような赤を、私は昨日のことのように覚えている。
あの日のあなたの笑顔を、もう一度見たい。