そしてゆめがほどけても
彼女はバレーの選手だったそうだ。中学時代、地元でかなり有名なセッターだったらしく、中学二年の時点で東京の強豪校から推薦の話が出ていたらしい。最後の年の中総体ではベストセッター賞を取ったとか。俺は純粋に尊敬した。同時に頭に浮かんだ質問が、聞いていいことなのか分からずに口ごもる。そんな俺の様子に気付かずに聞いた木兎さんに、俺は呆れつつも黒尾さんの言葉を待った。本人から話していいって許可は貰っているから、と前置きして言った黒尾さんの表情から、感情は読み取れない。
「事故にあって、」
そのあとに続いた言葉に、俺は言葉を失った。そうか、と平時より少し低い木兎さんの声が響く。
それから何度か話す機会があり、彼女と連絡先を交換することになった。友達欄に居る名前の文字とプロフィール画像の写真を見てもしばらく実感がわかなかった。企業の公式アカウントを友達追加したような気分だ。なにか話しかけても定型文が必ず返ってきそうだと馬鹿みたいなことを思って、結局何も送ることはなかった。名前さんからのメッセージ通知が来ることもなかった。
「うおおおおおお!」
そんな声が体育館から聞こえて足を止める。この声は確か、鳥野の10番だ。木兎さん達の居る体育館とは少し離れた体育館だった。変人速攻コンビで練習中なのかと思い、少しだけ開いた扉から中を覗く。中に居たのは二人だけだった。
トスをあげていたのは、9番の彼じゃなく―――
ボールが床を強く叩く音が静かな体育館に響く。
「ぐあ〜……やっぱスパイク決まると気持ちい〜!」
まるで木兎さんのようなことを言う日向は、続けて言った。
「全然なまってねえじゃん! めちゃくちゃ打ちやすいトスだった!」
「そ、良かった」
普段より語気を和らげた名前さんが呟く。確か、二人は幼馴染なんだっけ。
「肩の調子は? どっか痛むか?」
「少し、違和感はあるかな。一日休めば戻るよ」
「……そっか」
背中を向けている名前さんの表情は分からないけれど、彼女は少しだけ笑ったようだった。隠しきれない笑声と肩の震えで分かる。
「研磨が五本しかあげてくれなかったから、物足りないんでしょう」
「うっ」
「走りに行った人達も戻ってくるだろうし、なんなら他の体育館を覗いてみれば? 私より良い練習相手が居るでしょ」
ボールを片して言った彼女が振り返る。弾かれたように体が動き、その場を離れた。
―――事故にあって、後遺症が残ったらしい。
肩に負担がかかるような動きが制限されて、バレーはもう――
黒尾さんの言葉が脳裏に蘇る。
「もう二度と……」
一人呟いた言葉は、じめじめとした空気に溶けて消えた。翌日、ふと彼女の手に視線が引き寄せられる。こまめに手入れされているのがすぐに分かる指先を見て、俺は胃のあたりをぐっと押し込まれたような、妙な感覚に陥ったのだった。