夜が瞬くあいだはやさしい


「眠れないの?」

ぼおっとしていた意識が引き戻される。はっとして目を向けると、眠っていた筈の彼女の目はぱっちりと開かれてこちらを見ていた。外はまだ暗いままだ。

「目が覚めちゃって」

名前さんは黙り込み、そっと距離をつめてきた。その動きが本当にゆっくりで、音を立てない静かなものだったから、俺は思わず笑ってしまった。恐る恐る背中に回ってきた腕に、目を閉じる。

彼女はまるで割れ物を扱うように俺に触れる。手を握る時、抱きしめる時、縋り付くとき、必ず。絶対に強く握らないし、整えられた爪を立てることもない。それが少し物足りなくて、けれど同時に読み取れる深い愛情に、俺は泣きそうになる。


感情のあまり力を込めすぎないように、彼女の背に腕を回した。ぎゅっと引き寄せると、腕の中の名前さんは小さく息を吐いた。互いに下着しか着ていないから、ぴたりとくっついた腹や足から、彼女の暖かい体温が伝わる。名前さんがこうやって自分から抱きついてくることなんて滅多にないので、俺はその幸せを噛み締めた。自然と緩みまくる頬を、誰が見ているわけでもないのに必死で堪える。


それと徐々に熱が集まりかけている場所からも必死で意識を逸らす。数時間前にもがっついてしまったばかりだ。彼女への負担もあるし、なにより嫌われたくない。頭の中で、学生時代に見て絶句した木兎さんと木葉さんの女装姿を思い出して気を落ち着かせる。(名前さんって、どうしてこんなに良い匂いがするんだろう。同じシャンプーとボディソープを使っている筈なのに。俺からこんな良い匂いがしたことあるか? いや、無い。)駄目だ駄目だ。光子さんと秋子さんを思い出せ。(それにあちこちが柔らかいしすべすべしてる。足を動かせばさらさらの足がくすぐったそうに身じろいだ。)

えっやば。違う、やめろ、動くな、俺の足。俺の脳、別のことを考えろ。

「なにか、考え事?」

脳内で踊り始めた木兎光子さんの残像を振り払い「三年前の、合宿を思い出してたんです」と返した。決して嘘じゃない。名前さんが起きるまでは本当に思い出していた。名前さんはふうん、と含みのある声で相槌をうった。嫌な予感がしてそっと体を離すと、名前さんは形のいい眉を少しだけ歪ませて俺を見ていた。

「赤葦くん、誤魔化すのが下手だね」
「……」

黙り込んだ俺に、名前さんは回していた腕を退けた。寝返りをうつように距離を取られて、途端に体が冷えたような感覚になる。腕を退けられそうになるのを力で繋ぎとめ、強く抱き寄せた。赤葦くん、なんて呼び方をされるのは何年振りだろうか。心臓に悪いから止めてほしい。