息継ぎを教えておくれ


スマホのアラーム音で目覚め、体を起こす。ヘッドボードに置いていたメガネをかけ、スマホを手に取った。スヌーズ設定を解除してベッドから降り、部屋を出る。壁掛け時計の針はまっすぐ一直線に伸びている。この時間に起きるようになったのは高校生になってから。最初はすぐに起きられなかったり、階段を踏み外しそうになったりと色々な問題があったけれど、日が経つにつれて慣れていった。

「おはよー」
「おはよう。御飯できてるよ。あとお弁当も」
「ありがとう」

身支度を終えてからリビングの扉を開けると、台所から母が顔を覗かせた。お父さんはまだ寝ているらしい。御飯を食べる私の向かいに座った母が口を開く。

「部活、どう? 楽しい?」
「うん。面白い人多いし、皆がバレーしてるとこ見るのは楽しい」

私の言葉に母は楽しげに笑っていた。お母さんは完全な朝方人間だよなあと味噌汁を飲んでいた私に、母は笑みを絶やさずに「黒尾くんは? 元気?」と口にした。私は首を傾げながら頷く。高校に入ってから、帰りはいつも黒尾と一緒だった。部活が終わる時間になるとどうしても夜遅くなってしまうし、黒尾が家まで送る、と提案してくれたのだ。両親は部活に入ることは賛成してくれたけれど、帰宅時間だけは不安と言っていたので、厚意に甘えることにしていた。方向もほとんど一緒だから、と言ってくれた黒尾には感謝しかない。

「黒尾くんとはその、ただの、友達?」

母は好奇心を隠せないようで、そわそわした様子で言った。ああ、そういうことか。質問の意図が分かって、私は「うん」と答えた。

「ただの友達」












母に見送られて家を出て、バス停へと向かう。時間を確認すると、ちょうど一つ前のバスが出たばかりのようで、待っている人は誰もいなかった。鞄からブックカバーに包まれた文庫本を取り出す。今読んでいるのは、母おすすめの青春小説だ。しおりを挟んだページを開き、読み進めていく。この本、恋愛感情を抱いてる登場人物が多すぎて混乱するんだよなあ。前の展開はどんなだったか、とページを戻して読み返していると、聞きなれた低い声で名前を呼ばれた。


「おはようさん」
「黒尾、おはよう」


しおりをページに戻して本を閉じ、鞄にしまう。黒尾は普段通りの寝癖を揺らして私の横に並んだ。

そういえば、東京に越してきてから一年が経過している。ってことは黒尾と知り合ってから一年が経ったのか。時の流れは早いな、と感慨深くなっていた私の横で、黒尾がふあ、とあくびをこぼす。それを見ていたら、つられたように眠気が浮上して、気の抜けたあくびが出てしまった。手で抑えていた私に、黒尾が吹き出す音が聞こえる。そっと見上げると、楽しそうに目を細めてこちらを見ていた。

「うつったな」

白い歯を覗かせて笑う黒尾が、「仲が良いとあくびってうつるらしいぞ」と続けた。

「初めて知った」
「テレビでやってた」

得意げな顔をしている黒尾の横に、奥から歩いてきた高校生の男の子が並ぶ。その子が黒尾と同じように大きく口を開けてあくびをしているのを見たら、やっぱり頭がぼうっとして、自然とあくびが出てしまった。黒尾が「おい」と言って笑うのを見ながら、私はしばらく朝に弱いままだろうな、と考える。

バスに乗って、黒尾と話している間に眠気が覚めていって、ジャージに着替えたところでスイッチが入る。スロースタートではあるけれど、今はこのままでいい。

ぼんやりとした頭のまま、早朝を過ごすこの時間は嫌いじゃない。