歩みを止めることはできない


苗字が珍しく一人だな、と気にしていた翌日には、他校のマネージャーと親しげに会話をしていたので、ほっと息をつく。苗字の場合は見た目がどれだけ奇抜だとしても、何度か話せば本人の人柄が分かって認識を改めることになるだろう。これで、この合宿で俺が心配している問題は残り一つになった。それは、苗字が他校のバレー部と親しくなること。女子はいい。問題は男だ。

特にこういうやつ。

「ヘイヘーイ! 黒尾ブロック飛んでくれよ!!」
「……休憩入ったばっかだろうが」
「えー!!」

全身で不満を表現する梟谷学園の一年、木兎光太郎。初対面の時から「背たけぇな身長何センチ!!? どこ中!?」「ブロックうめぇのな! ちょっとスパイクすっから飛んでくんね!?」「俺最強!!!」と、鼓膜をぐわんぐわん揺らす大声とオーバーリアクションをするやつで、休憩時間の度、自主練の度に声をかけてくる。こいつも優秀なスパイカーでいい練習になるのでそれはいいが。不機嫌そうに口を尖らせていた木兎がピコン、と何かに反応したように立ち上がり駆けていく。その先に居た苗字の姿を確認して、俺は「げ」と呟いた。

「なあなあ苗字―!! 明日の朝ごはんなに!?」
「今から朝ごはんの話?」

ちょっと吹き出して笑う苗字と、苗字に完全に懐いた木兎の会話をじとーっと眺める。二人共テンションの高さはだいぶ違うが、陽気なやつだし、気が合うんだろうな。

合宿中は髪を巻かないと決めたらしい苗字の綺麗な髪は、普段と違ってまっすぐ下ろされている。それだけでだいぶ印象が変わるんだな。女子ってすげえ。俺も風呂上りに木兎に会ったとき「お前誰だ!!」と言われたので、髪型はその人物を象徴する部分なのだろう。ていうか木兎は俺の寝癖で俺だって判断してんのかよ。

その翌日、長い自主練を終えてくたくたな体を引きずり、食堂へ向かう俺が見たのは風呂上りの苗字の姿だった。少し上気した頬と湿った髪。そして何より目を引いたのはメガネ。……メガネ!!

「苗字って目悪かったっけ」
「うん、いつもはコンタクト〜」

夜久と苗字の会話が耳を通り抜ける。うわー……。メガネだ……。メガネ、メガネってこんなにいいものだったっけ? お風呂上がりのメガネ姿は破壊力が凄まじいわ……。こんなの誰にも見せたくねえ。厄介な奴に見つかる前に部屋へ戻ってもらおう。俺が口を開いたのと同時に木兎がミサイルのように飛んでくる。

「あ!! メガネしてる! いーなそれ!」

褒め言葉を照れもせずに言えるやつってこういう時に怖い。

「頭良さそう! 俺もかけたい!」
「いいよー。はい」
「うわ! 頭ぐわっとした!」

顔をしかめて言う木兎に、苗字と夜久が口を開けて笑っている。苗字が眠そうに去っていく後ろ姿を見送って、ため息を吐いた。多分、木兎に他意はないんだろうけど、モヤモヤが抑えられない。あんまりガード固めて、俺が苗字を好きだってことがバレたら(悪気なしに)言いふらされそうだし、気を付けねえとな……。


そう決意した翌日のことだった。

「なあなあ、なんで黒尾って苗字ばっか見てんの? なんかついてる?」

梟谷との一試合が終わって、ペナルティのフライングをしている真っ最中に聞くことじゃねえだろ。真っ先に抱いた感情をぐっと堪えて口を開く。

「別に見てねーよ。気のせいだろ」

動揺を悟られないように先輩達に続いてフライングを続ける。木兎は「気のせいかー」と言って戻っていった。なんなのアイツ、野生の勘なの? そんなに俺苗字のこと見てた? 運動した直後だからって理由以外でドキドキしている胸をそっと抑える。いやいやそんな、気のせいだろ、多分。ほんとに。もしかして無自覚で視線が苗字に向かってた? ……でも、こういうことを真っ先にからかってきそうな夜久が、何も言ってこないってことはバレてないはず。……はず。部内恋愛禁止なんて決まりはないが、気持ちを知られてしまったら、と考えて心臓が悪い意味で激しく脈打つ。

木兎……あいつ爆弾落とすのやめてくんねぇかな……。