神様が見てるというのなら


無事に合宿が終わり、休みが明けた数日後のことだった。俺たちがその場に遭遇したのは本当に偶然のことで、待ち伏せしてた訳じゃない。誰かに責められたわけでもないのに必死に心の中で言い訳をする。

俺の横では海が同じように気まずそうに立っており、唯一夜久だけが興味を隠せないように廊下の角から向こうの様子を伺っている。その視線の先に居るのは一年のバスケ部男子と、我らが男子バレー部マネージャーの苗字。全くこんな場所で告白なんてするんじゃないよ、と届かない心の声を、ため息と共に外へ吐き出す。この道を通らないと部室に行けないのだ。人気の少ない廊下なので、会話の内容がよく聞こえる。典型的な告白の台詞と、付き合って欲しいという言葉に、気付けば手を握りしめていた。


「ごめん、気持ちはありがたいけど、私、誰とも付き合うつもりない」


苗字の言葉もはっきりと聞こえ、俺はパッと顔を上げた。海と夜久も驚いたような顔をしている。

「……理由、聞いていい?」

「今は部活に集中したいから。三年の……最後の春高が終わるまでは、誰とも付き合わない」


苗字の発言に、男は戸惑ったように言葉を探していた。俺は数ヵ月前、入部したばかりの頃に先輩の前で目標を宣言したときのことを思い出す。

目標は全国制覇、夜久と海もそう言って、最後に苗字の番になったとき。

「音駒が全国制覇できるように、全力でサポートします!」





「……」

口元を抑えていた俺を、夜久がじっと見上げてくる。なんだよ、と言おうとして、ここに居るのが二人にバレたらまずいな、と口を閉じた。


「それ、待ってるって言ったら、迷惑?」


思いがけない男の言葉に、大げさに体が跳ねた。予想以上に本気の様子に、一度は落ち着いた焦りが再び湧き上がってくる。苗字が迷惑だと言うようなやつじゃないってことはよく知ってる。もどかしくなって、思わず一歩踏み出した俺を苗字の言葉が引き止める。


「迷惑じゃないけど、あなたを好きになる保証はないよ」

相手の男子はたじたじになって「ごめん、忘れて」と言い去っていった。俺は心臓がひやっとして、落ち着かせるように胸を抑える。

苗字の足音が遠ざかっていくのを確認して、壁にもたれかかった。


「良かったな、黒尾」
「……は?」
「いや、この場合良いのか悪いのか微妙な気もするけど」
「は?」

海と夜久が揃って俺の顔色を伺ってくる。言葉の意味が分からずにただ見返している俺に、夜久はぽつり、と「バレてねぇと思ってたのが驚きだわ」と呟いた。

「は!?」
「分かりやすいからね」
「木兎にもバレかけてたじゃねえか」
「な、……はあ!?」

今日一の焦りに見舞われる俺に、夜久が言う。

「お前はどーすんだ。苗字に告白すんのか」
「……今の聞いてたろ。春高終わるまでは言わねーよ」
「黒尾を好きになる保証ないだろ」
「うるせーよ!!」

にやにやと俺を見る夜久に叫んだ俺は、好意がバレていた羞恥のせいで赤くなった顔をみられまい、と廊下の角を曲がった。














「まじか……」

咄嗟に隠れた教室の床にしゃがんでいた私の口から、溢れるように言葉が出た。同じクラスの友人に告白を受けた直後で、まだ動揺は落ち着いていないというのに、さらに衝撃的なことがあるなんて。一旦心を休める時間が欲しい。

忘れ物をしたことを思い出して引き返した私は、黒尾の叫ぶ声が聞こえて足を止めてしまった。あの時に名前を呼んでいたら、なんて今更考えたって仕方ない。


角の奥から聞こえる黒尾達の会話を聞いて固まっていた私は、黒尾がこっちに来ていると気付いてすぐ近くの教室に逃げ込んだのだ。三人の声と足音が遠ざかって行くのを確認して、おそるおそる廊下へと出る。どうしよう。さっきから頭にあるのはそれだけだ。黒尾は私に言うつもりなんて無かったのに。盗み聞きしてしまった罪悪感と、これからどう接すればいいかを必死に考える。意識しないように、なんて、一度知ってしまったら無理だ。海は察しが良いからすぐに気づかれるかも。

そうなったらこれまでの築き上げてきた関係が崩れてしまう。これから大会があって、合宿があって、新入部員が入ってきて、先輩としてもっとしっかりしないといけないっていうのに。

ぐるぐると駆け巡る頭を抑えて、遅刻してしまわないようにと更衣室へ急いだ。結局解決策が見つからずに黒尾に会ったとき、思わず視線を逸してしまったけど、部活が始まればそれどころではなくなった。こんな状況に陥ったことが初めてで不安だったけれど、以外と普通に話せるものだ、と胸をなでおろすのだった。