引き出しの中にしまっておいて


IH予選が、終わった。

二日目に去年の優勝校と当たった私達は試合に負け、結果はベスト8だった。

試合を終えて、電車に揺られながら学校へと戻る。隣に座っている黒尾の表情は少し険しい。悔しいのを必死に抑えてるんだろうな、と向かいに座っている海達に視線を向ける。後輩たちも悔しそうにしていて、みんな口数が少なかった。

もう一度黒尾に目を向ける。偶然こっちを見ていた黒尾と視線がばったり合って、二度まばたきをした。黒尾が気まずそうに視線を逸らすのを間近で見て、黒尾にだけ聞こえる声で言う。「次、勝とう」黒尾は細めていた目をすこしだけ開いて、私を見た。表情を和らげて「おう」と言った黒尾に、今度の週末に行われる練習試合のことを話す。梟谷グループで行われる合同合宿に、今年はゴールデンウィークに試合をした烏野も参加することになったのだ。

「ゴミ捨て場の決戦、実現させようね」

遠くに座る猫又監督を見ながら言った私に、黒尾はもう一度力強く頷いた。その表情はスッキリとしていて、私は安心して肩の力を抜く。

「烏野はね、補習になったら来れないからって、みんなで勉強してるらしいよ」
「は、補習?」
「うん。四人危ない子が居るんだって」
「ほー……」

黒尾はじっと私を見てから再び視線を外した。その横顔が少し考え事をしているように見えて首を傾げる。黒尾は言いづらそうに唸って、口の開閉を二三度繰り返して言った。

「ソレ、向こうの主将くんに聞いた?」
「……ううん。潔子ちゃん」
「……潔子ちゃん?」
「烏野の、マネージャー」

単語を区切って言った私に、黒尾はぽかんとした表情をして私を見た。

「試合の後に連絡先交換した」
「あー……そゆこと……」
「一年生のマネージャーが入ってくれるかもって、嬉しそうだった」
「ヨカッタネ」
「黒尾」
「なんでしょう」
「澤村の連絡先は知らないよ」

私の言葉に、黒尾は身じろいだ。若干赤く染まった耳がよく見える。ふふ、と自然と笑みがこぼれてしまった私に、黒尾は恥ずかしそうにジャージに口元を埋める。

「……なに笑ってんだよ」
「ううん、なんでもない」

理由が分かっていない黒尾が問いただしてくるのを躱して、荷物を抱えなおす。隣からびしびし感じる視線の圧に屈する私ではないのだ。

分かりやすい、と心の中で呟く。

あからさまではないけれど、滲み出る好意に胸がくすぐられるようだった。

分かりやすいし、そして鈍い、とも思う。

不満げに口を尖らせる黒尾を見て夜っ久んがニマニマ笑う。海も微笑んでこっちを見ているのに、気付いていないんだもの。

あと半年は、

自分に言い聞かせるように、心の中でそう唱えた。











「おーい! 潔子ちゃーん!」

門を入ってきた烏野のバスに向けて腕を振る。窓から潔子ちゃんが見えて、控えめに手を振り返してくれるのが見えた。駐車場に車が停まり、選手達が降りてくる。一緒に出迎えに来ていた黒尾と海と一緒にバスまで近付く。

すぐに降りてきた澤村にも声をかけて、潔子ちゃんを待つ。マネージャーが寝泊りする場所を教えなくてはいけないし、学校の設備も説明しないと。意気込んで待っていると、潔子ちゃんの後ろに小柄な女の子が居るのに気付いた。まさか!

「潔子ちゃん久しぶり! その子が新しいマネージャー?」
「ひゃいっ」
「うん。一年の谷地仁花ちゃん」
「よっ、よろしくお願いシャス!!」

かなり緊張した様子の谷地さんに、こっちが戸惑いを隠せない。はっ、もしかしてこの髪色!? 第一印象が大事だ、と気を取り直して手を差し出した。

「初めまして。私は音駒高校の三年、名前です。よろしくね。仁花ちゃんって呼んでいい?」
「はい!!」
「音駒は見た目派手な人が多いけど、みんな良い奴だから。私も、怖くないからね!」

私の差し出した手を小さな手が恐る恐る握る。仁花ちゃんは緊張した表情のまま、それでも少しだけ気を緩めてくれたような表情で頷いてくれた。

「うおおおお!」

突如背後から聞こえた男の声に肩を跳ね上げる。同時に仁花ちゃんも小動物のように飛び跳ねて数歩下がってしまった。

驚いて振り返った先に居たのは二年の山本で、ズシャアと地面に膝をつけて天を仰ぐように両手を広げている。……なに、やってんの?

「女子が二人になっとる……!」
「……」「……」

潔子ちゃんと二人で冷めた目を向けていると、烏野の坊主頭の子も出てきた。よくわからない会話をしている光景から顔を逸らし、潔子ちゃんとアイコンタクトをしてこくりと頷く。

「山本がごめんね、放っといて行こうか」
「こっちも、田中がごめん……行こう、仁花ちゃん」
「はっ、はい!」

極力仁花ちゃんの視界にあの二人が映らないようにガードをして、教室へと向かった。