魔法は爪先がとなえる
夏合宿の終盤のことだった。各自の自主練を終えて食堂で食事をしている最中、向かいに座っていた木兎が突然叫ぶように言った。
「黒尾の告白まで半年切ってるじゃん!」
見たい番組録画するの忘れてたみたいなテンションで言うんじゃねえよ。ほら見ろみんな黙っちゃったじゃないの。
「……」
「……」
「……」
「……」
「なあ!」
「木兎さん、声のボリューム下げてください」
「ごめん!」
食堂に居たのは木兎と赤葦だけじゃなく、一緒に練習をしていた烏野のツッキーやチビちゃんも同じテーブルに居た。離れたテーブルに座るやつらからの視線をビシビシと感じる。ていうか告白のことなんで木兎が知っていやがる。じろりと斜め向かいに座る夜久を見ると、悪びれる様子もなく「わりぃ、口が滑った」と言ったきり知らん顔をして飯を頬張った。夜っ久ん!!!
「なんて言うか決めてんの?」
「……いや、決めててもお前には言わねえ」
「なんでだよ!!」
「告白ってなんですか?」
烏野のチビちゃんが周囲に疑問符を飛ばしまくって木兎に聞いている。やめろ、聞くな。そいつにだけは聞くな。せめて赤葦に聞いてくれ。そんな俺の胸中なんて知らずに木兎は後輩の質問に自信満々に答える。そういうのはバレーだけにしてくれよ。赤葦目を閉じるな。諦めるんじゃねえ。
「黒尾が苗字のこと好きで、春高終わったら告白すんだって!!」
(あ〜〜〜)という食堂に居る二、三年の心の声が聞こえた気がする。俺は羞恥と怒りとで感情がごちゃまぜになって片手で目元を覆う。もうほんとコイツは・・・・・・。
「す、すすす、こここッ!?」
「日向落ち着いて」
「そいつは放っておいていいと思います」
動揺したらしいチビちゃんの震える声が耳に届く。いや、俺も小刻みな震えが止まらないんだが。やけに落ち着いた赤葦とツッキーの淡々とした言葉に羞恥心がさらに煽られる。まだよく知った仲ではないが、今年初参加の烏野にからかってくるようなやつが居なくて良かった。いやほんと―――。
「なになに恋バナ? 俺も混ぜてよ。いつから好きなの? どこが好き?」
好奇心を隠せない様子でやってきた烏野のセッター、スガちゃんに俺は頭を抱えたくなった。爽やかそうな見た目して木兎並の厄介さじゃねえか。
「ちょっ、スガ、やめなって」
「黒尾、苗字が好きだったのか」
「大地も追い打ちやめろって……」
旭くん、もっと言ってやって。手を下げて正面を見ると、食事を終えたらしい烏野の三年コンビが揃って木兎の後ろに立って俺を見下ろしていた。
「…………絶対言いません」
「寝る前の恋バナなんて定番じゃん。俺も言うからさ!」
「え、スガ好きな人とか居たの?」
「居ない!!」
なんなのこの爽やかくん……爽やかさが別方向へ向かってるんだけど……。
「もしかしてとは思ったけど、やっぱそうだったかー」
「スガくんも気付いてたのか。つーか、あれだけ見てりゃ気付くよな」
「俺は気付かなかった。旭は?」
「……なんとなく、そうじゃないかな、とは」
今すぐ逃げ出したい衝動に耐えながら、口を開く。スガちゃんの目が輝き出すのが分かったが気づいていない振りだ。こんなところで苗字の好きなところなんて言ってたまるか。拷問じゃねえか。
「苗字を好きなのは事実だけど、今は言うつもりねえし。その、しばらくは静かに見守っていただけると嬉しいデス……」
「……」
「……」
「聞いてる?」
何故か急に表情を固くして固まってしまった烏野三年に首を傾げる。視線を下げれば同じように硬直している赤葦と夜久が視界に入った。木兎は目を丸めて口を開けている。
全員の視線をよく見れば、向いているのは俺じゃなく、後ろだった。なんだよ、と戸惑いながら椅子に座ったまま体の向きを変えた俺は、息を呑む。
「……あー、私達は先に食器洗っとくから」
「……名前は空いたテーブル拭いといて〜」
「……分かった」
気まずそうに視線を泳がせる梟谷のマネージャー二人と、恐ろしいぐらいの無表情で俺をじっと見つめる苗字。さっきまで騒がしかった食堂内が、威圧感すら感じられるほどの静けさに包まれる。俺は石化したように固まっていたけれど、苗字がふいっと俯いて俺たちの横を素通りした。俺はそれに頭を殴られたような衝撃を感じつつも冷静を保って正面を向く。それから皮膚が痛いぐらいの沈黙の中で食事を終えて食堂を出た。木兎以外の三年が申し訳なさそうに俺に謝ってきたが、誰のせいでも無いし、苗字の気持ちなんて俺が誰よりも分かってたからショックもそう大きくない。……なんて嘘に決まってる。
もっとちゃんとした告白を想像してた。苗字の気持ちにちゃんと向き合って、結果がダメでもみっともない所を見せないようにスパッと切り替えて―――。「黒尾」星の見えない空を見ながらとぼとぼ歩いていた俺を呼び止める声がして振り返る。そこにいた澤村はじっと俺を見ていた。
「苗字と話さないのか」
「……話したくないだろ」
「? 苗字はそんなこと言ってないだろ」
「言わなくても、雰囲気で分かる」
「……俺は黒尾が苗字を好きだって分からなかった。苗字が今何を考えてるのかも、誰にも分からないだろ」
「……」
「苗字があの場で何も言わなかったのは、黒尾が何も言わなかったからじゃないのか」
澤村の言葉に少しだけ考えてから閉口した。苗字がどこから聞いていたかは分からない。今は言うつもりではなかったという俺の言葉を聞いて、聞かなかった振りをしてくれたのかもしれない。苗字はそういう気の使い方をするやつだった。
「つーか、なんでさっさと告白しねえの?」
後ろから木兎が不思議そうに呟く。夜久が「いろいろ事情があんだよ」と言うと、木兎は眉間に皺を寄せて、うーんと唸ってから言った。
「もう好きなのバレてんだし、春高までに苗字が黒尾をもっと好きになるように頑張りゃいいんじゃねえの?」
至極当然なことを言ったと言わんばかりの木兎の表情に、俺は目を丸める。赤葦がハッとして「木兎さん、珍しく良いことを言いましたね」と顎に手を当てた。
「珍しくってなに!?」
「もともと木兎さんの失言が原因ですけど」
喚く木兎を冷たくあしらうツッキー達の背を見送る。「先戻ってて」と夜久に告げ、俺は来た道を戻った。