喜びは花開くように


黒尾に連れられたのは、通い慣れたバレー部が使う体育館の外。卒業式ということで今日の部活動はどこも休みらしく、周囲に人の姿は無い。

この体育館に来るのも、もう最後だろうか。大学生になったら忙しくて遊びに来ることなんて無いかもしれない。そもそも卒業生って遊びに来ていいんだろうか。先輩方が来ることが無かったので分からない。

ちら、と見上げた黒尾の表情はほんの少しだけ寂しそう。三年間の思い出が脳裏に浮かんでいるのだろうか。私の視線に気付いた途端に露骨に慌てふためく姿を落ち着かせようと、口を開く。

「ね、卒業式でさ。山本見た?」
「……見た。やばかったな」
「だよね! なんか、体育館に居た誰よりも泣いてた!」
「多分夜久も笑ってたなありゃ。後ろの方で声が聞こえた」

山本の顔を思い出して吹き出しそうになったのを堪える。海は気付いたかなー……いや、海なら微笑んで返しそうだな。

自然と二人並んで体育館外の階段に腰掛ける。拳一つ分空いた距離。しばらく卒業式での話を続けて(黒尾は証書授与を終えて席に戻る時に躓いたらしい)、思い切ったように黒尾が私の名前を呼んだ。

「苗字」

さっきまで正面を向いていたのに、いつの間にか黒尾はまっすぐ私を見ていた。真剣な表情と眼差しに、どきどきしながら言葉を待つ。

「改めて、ちゃんと言わせてくれ」

夏合宿で顔を真っ赤にして居た人とは別人のようだった。まるで試合中の黒尾みたい。緊張を誤魔化そうと別のことを考えようとしていた私に追い討ちをかけるように黒尾は言葉を続ける。

「俺は、苗字が好きだ」

かあ、と顔に熱が集まるのが分かる。黒尾は変わらず真面目な顔をしていた。

「知り合ったばっかの頃から、俺のバレーの話を真剣に聞いてくれたところとか、周りをよく見て、思いやりを忘れないところとか、人の悪口を絶対に言わないところとか、ありがとうを、ちゃんと言うところとか」
「……」
「お前の好きなところをあげていったらキリがねーけど……俺が一番好きなのは、人の大切にしているものを、苗字も大事にしてくれるとこ。お前がしてくれたように、俺も、お前の大切にしてるものを守りたい。マネージャーと選手じゃなくなっても、隣で支えて欲しいし、これからは俺も支えたい」

言い終えた黒尾はしばらく口を噤んで眉間に皺を寄せてから、苦しいのを堪えるようにして言った。

「お前が俺を好きになる可能性がゼロだって言われても、簡単に諦められない」
「……黒尾」
「それぐらい好きだ」

黒尾はじっと私を見下ろして、私の返事を待ってくれている。頭に浮かんだのはこれまでの黒尾との思い出だ。進路に悩んでいた私を助けてくれた。慣れないマネージャー業を手助けしてくれた。試験前は一緒に勉強をしてくれた。私の合格を誰よりも喜んでくれた。ずっと傍に居てくれた、これまでの四年弱を。

「これまでも、黒尾には充分、支えてもらってたよ」
「……」
「私も、黒尾の好きなところはたくさんある。きっとこの先も、増え続けると思う」

涙を堪えるようにして笑いながら言った私の言葉に、黒尾が目を見開く。それを見届けながら、嬉しさで緩みまくっている表情を引き締めて黒尾の瞳をじっと見つめる。

「黒尾が好きです。私と、付き合ってくれますか」

黒尾はしばらく言葉を無くして固まってから、「よろしく、お願いします」と頭を下げた。数ヵ月ぶりに見る小さなつむじを見て、背を伸ばす。

「こちらこそ、末永くよろしくお願いします」

頭を下げ返した私は、恐る恐る顔をあげた黒尾が恥ずかしそうに顔を赤く染めているのを見て微笑む。数秒遅れてから背後の体育館の扉が音を立てて開く。

「「!?」」
「やっとくっついたか、おめっとさん」

二十センチ程しか空いていない扉の隙間から顔を覗かせたのは、夜っ久んと海。驚いて固まる私達を置き去りに、二人は扉を開け放って外へ出てくる。さっきまで見えなかったが二人以外にもバレー部の後輩が勢揃いしていた。あ、山本、また泣いてる……。

「二人共おめでとう」

海が嬉しそうに笑って言う。あとに続くように外へ出てきた後輩たちも口々におめでとうと叫び、山本に至っては泣きすぎて何を叫んでいるのか聞き取れない。

「お、お前らなんで」
「昨日黒尾が覚悟決めた顔で帰ってったから、ああ明日言うな、と思って」
「絶対見逃せねえと思って中でスタンバってました!」

黒尾の問いに答える夜っ久んとリエーフ。震える黒尾を放置して夜っ久んは納得がいかないと言いたげに口を開いた。

「つーか、なんで付き合ってくれって言うのが苗字なんだよ、そこは黒尾が言うとこだろ」
「ぐっ」
「黒尾も吃驚してたし、言い忘れたんじゃないのか」
「うぐっ」
「しっかりしろよ」
「あー!! 自分が一番分かってるっつうの!」

耳を真っ赤にした黒尾が夜っ久んに噛み付く。もみくちゃになっている二人を見守っていると、芝山や犬岡が近寄ってきて「おめでとうございます」と言ってくれた。

「ありがとう、みんな」

照れくさいのは勿論だが、なによりも嬉しくて仕方ない。赤くなった頬を冷ますように手で仰いでいれば、研磨が「よかったね」と小さく微笑んで言う。

私が黒尾の気持ちに気付いていたこと、私も黒尾を好きだったこと。―――やっぱり、研磨は気付いてたよなー……。というより、研磨以外も気付いていただろう。夜っ久んと海は勿論、察しのいい赤葦とかも……。

「多分木兎さんも気付いてたよ」
「えっ」
「二人共、よくお互いを見てたし」
「……」
「『なんで両想いなのにくっつかねーの?』ってよく聞かれた」

顔全体が赤くなるのが自分でも分かる。まったく気が付かなかった。一年の頃に「なんで苗字って黒尾ばっか見てんの?」と言われて内心テンパりながらも「気のせいだと思う」と返したことを思い出す。やっぱり誤魔化せてなかったのか、あれ!

夜っ久んとの言い合いが終わったのか、少し疲れた表情の黒尾が傍に来る。木兎の話をするのは照れくさく、咳払いで研磨との会話を終わらせた。

「あー、苗字……?」
「なに?」

黒尾は肌色をサッと赤く染めてから私をじっと見下ろし「大事にする」と言った。つられて体温があがるが、私も負けじと言葉を返す。

「うんと、幸せにします!」