ロング・ロング・メランコリー


幼馴染の名前に彼氏が出来たらしい。放課後、部室でジャージに着替えていた黒尾にそう伝えたのは、もう一人の幼馴染の孤爪研磨だった。黒尾は摘んでいたジャージのファスナーを中途半端な位置で停止させる。研磨はそれに気付きながらも触れることはせず、部活着へと着替え始めた。何も言わない黒尾を置き去りに、口を開いたのは三年の夜久だった。

「名前ちゃんにか。意外だな」
「そう?」

夜久は着替え終わったが部室を出る様子は無く、そのまま扉を閉めたロッカーへと寄りかかった。

「お前らにべったりだったし、付き合うとしたら二人のどっちかだろうなって海と話してた」
「いや……それは、ないでしょ」

研磨は複雑そうに顔を歪めた。二人は同じ病院で生まれ、同じ環境で育ち、家族のように暮らしてきた。だからか、名前をそういう対象として見ることは出来ないらしい。そもそも研磨にそういう感情があるのかさえ怪しいが、と考えた黒尾の背を夜久が殴る。

「いつまで固まってんだよ!」
「あー……ちょっと衝撃的で」
「名前ちゃんも、もう高校生なんだから普通だろ」
「それじゃあ夜っ久んは普通じゃないネ」

てめえもだろうが!と叫ぶ夜久に、苦く笑う黒尾を研磨はじっと見つめる。それは胸中を探るようにも、案じるようにも思えて、黒尾は逃げるように部室を後にした。掃除当番で遅れたのだろう、一年のリエーフや芝山達とすれ違い、挨拶を交わして体育館へと向かう。

「名前に彼氏か、なんか、フクザツ」
「娘を嫁にやる父親みたいだな」

名前達と出会ってから十年。それは決して短い時間ではない。人生の半分以上を一緒に過ごしていたのだ。自分達の大事な幼馴染を、素性も知らぬ男にかっ攫われたのだから、気分は良くない。

「あ? 誰のだ、これ」

体育館の入口脇に脱ぎ散らかされた上履きを見て言った夜久の言葉に、黒尾も視線を落とす。このサイズは、女子だろうな。ていうか見覚えのある上履き。黒尾はひらめいたように「名前か」と呟いた。夜久は名前の書いていないそれをもう一度確認してから、「なんで分かるんだよ気持ちわりィよ」と少し距離を取った。

「かかと潰れてるし、女子とは思えない散らかし方……それに、この体育館に来る女子、あいつぐらいだろ」

夜久は離れた距離をそのままに名前の普段の格好や行動を思い出し、「それもそうか」と頷いた。

体育館内をふたり揃って覗くと、隅っこの方に名前だけでなく、女子が体育館に近付かない原因である二年の山本猛虎も揃っていた。夜久と黒尾は珍しい組み合わせに首をひねりつつ、足を踏み入れようとして硬直した。そして時間を巻き戻すように体育館の外へと音もなく出る。

「……夜久クン」
「ちょっと黙ってろ。今頭の中ぐちゃぐちゃだから」

虚空を見つめながら言う夜久に、黒尾は少しだけ冷静になる。そして今度は頭だけを体育館の中におそるおそる侵入させ、先ほど目を疑った光景を確認した。やはり見間違いなどではなく、居る。ふたりが、

楽しそうに談笑している。

黒尾の下から同じように顔を覗かせた夜久が、信じられない、とばかりに口元を抑えた。

「あの山本が奇行を起こさずに、女子と普通に話している、だと?」

夜久の言葉に黒尾は酷い言い様だな、と脱力する。が、黒尾も同意見だった。それに加え、黒尾は名前が入学した時に山本のことを「不良怖っ」と話していたことを知っていた。

「この前の合宿のときは顔も合わせられてなかったのに、何があったんだよ……ッ!」
「ちょっと落ち着いて」
「もしかして名前ちゃんの彼氏って……」

顔を青ざめて言った夜久に、黒尾が言葉を失った。そしてぎこちない動きでふたりを見る。さっきまでは「手のかかる後輩と幼馴染」だったのに、今では「付き合いたてのカップル」にしか見えなくなっていた。

「なにしてんの二人共」

いつの間にか背後に立っていた研磨の声に、驚いて飛び跳ねた二人がどたばたと音を立てる。それに気付いた名前と山本が揃って顔を向け、入口に向かって小走りでやってくる。盗み見していた二人は気まずそうに顔を逸らし、元気よく挨拶をする山本に力なく応えた。研磨は名前の足元をじっと見下ろして口を開く。

「名前、靴下汚れるって何度も言ってるのに」
「紺色だしだいじょーぶ! 今日はバイトだから、準備手伝ったら帰るねー!」

そういって靴下のまま駆け回る名前と、それに続いた研磨と山本の背を見送りながら、残された二人は顔を見合わせた。そのどちらもが目で強く語っている。「おまえが聞け」と。