ロング・ロング・メランコリー2


結局二人が山本に問いただしたのは、体育館の片付けの最中だった。険しい表情の二人に、山本は顔どころか全身を真っ赤にしてその疑惑を否定した。

二人は胸を撫で下ろし、夜久は励ますように山本の背を叩いた。普通に話せるようになっただけ上出来、と言う夜久に、山本はここ数日の出来事を語る。山本の妹のあかねと名前が意気投合し、家にしょっちゅう遊びに来るようになったから、多少の免疫がついただけのことだった。夜遅いからと山本が家まで送ることも多かったらしく、それを聞いた研磨が「だから名前のお母さん、彼氏が出来たって勘違いしたのか」と納得したように呟いた言葉を、黒尾は聞き逃さなかった。

「なーんだ、そういうことかよ」

一気に脱力して壁によりかかり、ずるずると下がっていく黒尾に、海が言葉をかける。

「随分焦ったみたいだな」
「まあ、大事な幼馴染ですし。やばいやつに引っかからないように目を走らせるのも、オニイサンの役目ですから」

山本が「やばいやつって俺っスか?!」と喚くのを海が宥める。研磨はじいっと猫のような目を黒尾に向けてから、ふいっと視線を逸らした。

「名前はもう虎を怖がってないし、これからフラグが立つかもよ。っていうか、もう立ってる」

用具入れへ向かった研磨に、山本が再び顔を赤面させる。「何言ってんだよ!! おい! 研磨!!」と叫びながらその背を追う山本を、呆れたように夜久が見送る。夜久は少し考えてから黒尾に向き直った。

「でも、どこの馬の骨かもわからない男にやるぐらいなら、山本の方がいいよな」

気性荒いしすぐ喧嘩売るし、と夜久は思い当たる山本のダメなところをつらつらと上げていく。

「だけど、山本は惚れた女を泣かせるような甲斐性なしじゃないし」
「むしろ山本が泣かされそうだ。名前は気が強い」
「……案外ぴったりだったりするのか?」

楽しげに話す夜久と海を見上げ、黒尾は想像してみる。今まで自分と研磨が居た場所にほかの男が居る光景を。この十年で当たり前になっていた光景が、遠い過去になる日が来るのだろうかと考えると、胸の中をひっ掻き回されたような感覚になった。

「やっぱ、フクザツ」

黒尾が拗ねた子供のように顔をしかめて言うものだから、夜久は思わず腹を抱えて笑うのだった。




研磨と二人になった帰路で、黒尾は「研磨も、名前に彼氏が出来たら複雑だよな?」と尋ねた。同じ答えが返ってくるとは思っていなかったが、いつものように素っ気なく「別に」と返されると少しだけ焦ってしまう。

「あいつに彼氏が出来たら、一緒にゲームすることも、部活の手伝いに来ることも無くなるんだぞ? なんか嫌じゃね?」
「別に、嫌じゃない」

携帯の画面を見下ろしたまま答えた研磨に、黒尾は「名前と喧嘩でもしたのか?」と疑問を抱く。それを読み取ったように「喧嘩してるわけじゃないから」と呟いて、研磨は携帯をポケットに閉まった。

「名前は彼氏が出来たからって、俺たちから離れたりしないと思う。手伝いもこれまで通りしてくれるよ」
「そんなのわかんねーだろ」
「……クロはなにがそんなに気に食わないの?」

ため息を吐いてから言われた研磨の質問に、黒尾は顔をしかめて考える。初めは素性も知らない男に大事な幼馴染を盗られたことが不満なのだと思っていたが、よく知った後輩が相手でも嫌なのだから、きっと相手は関係ないのだ。

難しい顔で黙りこくった黒尾を見上げて、研磨は呆れたようだった。

「じゃあ、もしも俺に彼女が出来たら、クロはどう思う?」
「……珍しいこともあるもんだなって」
「なんで名前のときみたいに、色々悩まないの?」
「……」
「同じ幼馴染じゃん。なにが違うの」

研磨の目をじっと見返して、黒尾は頭を悩ませる。もしも研磨に彼女が出来たら、自分は気を使って家に遊びに行かなくなるだろう。なぜ、名前のときはそういう思考にならないのか。答えの出ない疑問に、黒尾は首を傾げた。

「なんで名前のことになると頭働かないの。酸素回ってないんじゃない?」
「ぐっ」
「クロは幼馴染に恋人が出来るのが嫌なんじゃなくて、名前を誰かにとられることが耐えられないんでしょ」

研磨の言葉に黒尾は目を皿のように丸めた。すたすたと先を歩いていく姿を呆然と見ていた黒尾は、慌てて駆け出す。黒尾は胸のもやもやが晴れたような、少しだけすっきりした気分のまま、隣に並んだ幼馴染に言った。同級生に言えなかった言葉が、止まることなくこぼれていく。

「俺さ、名前に荒っぽい男は合わないと思うのよ」
「……」
「あいつガサツだし、危なっかしいとこあるだろ? 山本と一緒になったりしたら、もう、家の中ぐちゃぐちゃよ?」
「……」
「だから、名前には世話好きで余裕のある、年上の男がぴったりだとおも」
「クロ」

びく、と大きな体を揺らした幼馴染を見上げて、不機嫌さを隠さずに研磨が言った。やっと気付いたの、と言いたげな表情だった。

「それ、本人に言って」

黒尾は研磨に気付かれていた照れくささと、申し訳なさで身を縮ませ、「スミマセン」と謝った。この十年で当たり前となっていた光景に、自分は甘えていたのだと黒尾は思い知る。これまで無意識に避けていた問題に、向き合わなければならない。一度気付いてしまえば、もう知らない振りなんて出来ないのだから。

黒尾は明日から自分がしなければならないことを脳内に羅列していく。真っ先に浮かんだのは後輩と名前の間に立ったとされるフラグをへし折ることだった。