ひよりの種


いつもより少し早く起きて、身支度にかける時間を増やした。鏡を見ながら四苦八苦して髪を編み込み、ピンで留める。髪が揺れる度に香るシャンプーの匂いは、昨日使い始めたばかりのものだ。

まだ少し眠気の残った頭のまま、制服に着替える。スカートを一回折り込んで、いつもより短くしてから姿見の前に立つ。鞄を手にとり普段のように肩にかけると、じゃらじゃらしたストラップが目についた。少し量を減らすか。鞄を床におろし、可愛らしいストラップやキーホルダーを取り外していく。これは幼馴染とのお揃いだからつけておこう。そんなことを考えながらつけたり外したりしていたら、いつも家を出る時間を過ぎてしまっていた。

慌てて家を飛び出す。いつもより一本遅い時間のバスに乗り込み、荒くなった息を整える。窓の外では桜の花びらが風に吹かれて舞っていた。バスを降りて学校へ向かうと、私はそわそわして知り合いを探した。

「あ、苗字。おはよ」
「おっはよー国見。朝練終わり? おつかれさん!」
「さんきゅ」

上履きに履き替えて教室へ向かっていると、去年同じクラスだった国見とばったり顔を合わせた。二年に進級してクラスが離れてからは、あまり話さなくなっていたっけ。じっとこちらを見下ろす国見の目を見つめ返す。気だるげな瞳はいつだって半分寝ているみたい。

「なんか、いつもと違うね」
「!」

予想していなかった言葉に思わず息を呑んだ。ま、まさか国見が一番に気付くなんて! 私は信じられない、と口元を手で抑える。国見は不可解そうに、きゅっと眉間にシワを寄せていた。

「どうしたの」
「いやー、気分転換、みたいな?」
「バスケ部の西東さんが卒業したのと関係ある?」
「ぐあっ!!」

撃たれたように胸元をぎゅっと抑えた私に、国見は「やっぱり」と呟いた。全部お見通しじゃんか、と私は頬を抑える。

先月、入学以来ずっと憧れていた先輩が卒業してしまった。付き合いたいなんて恐れ多いことは考えていなかったけれど、視界に入るだけで心踊るような存在が居なくなってしまうと寂しかった。思い出として第二ボタンだけでもかっさらっておくべきだったろうか。ちなみに国見には先輩への想いを一年間ずっと聞いてもらっていた。

「新しい恋をしようかなーっと思って」
「好きな人でもできたの?」
「ううん! ぜんっぜん!」

私の言葉に国見は「は?」と思いっきり顔を歪めた。可愛らしい顔立ち(本人は言われると嫌がっていた)が勿体無い。

「少しでも可愛くなって、誰かに好きになって貰えるように努力してるの」

スカートの裾をちらりとつまんで言った私に、国見はたっぷり10秒程沈黙してから「好きでもない人に好かれて嬉しい?」と言った。そういえば国見は告白されるたびに嫌そうな顔をしてたなあ、と思い出す。

「んー、私は嬉しいかな。ほら、もしかしたら私のことを好きになってくれた人を、私も好きになるかもしれないし! そうなったらハッピーだよねー! ウィンウィンってやつ!」
「ふーん」
「できれば彼氏はこういう小さな変化に気付いてくれるような人がいいなーって思って。今日は実験一日目!」
「ふーん」
「興味無さそうだね国見!」

つーんとすました表情の国見にため息をこぼして階段を登っていく。進級して変わった階に到着して教室を目指す。国見は棟が違うのでここでお別れだ。じゃあねーと手を上げた私を、国見が「苗字」と呼び止める。

「シャンプー変えたろ」

国見の言葉に「うぇっ?」と変な声が出る。国見は気にせずにスカートがいつもより短い、鞄のストラップが減った、と私の変化を口にしていく。

「その髪型も割とかわいい」
「あり……がとう?」
「……俺、全部当てられた?」
「あ、当たってます」

訳が分からず混乱する私に、国見はふいっと視線を逸らして言った。

「なら、彼氏は俺でいいんじゃない」




言葉を失って硬直している私に、国見は「好きじゃない人が相手でも、好かれたら嬉しいんでしょ」とそっぽを向いたまま口にした。

「おまえが俺のこと好きになってくれたら、ウィンウィンなんですけど」
「……」
「お昼に告白しなおすから、スカート長くしてから教室行って。短すぎ」

結局目を合わせることなく、国見は自分の教室へと歩いていった。私は氷漬けにされたように固まっていたけれど、じわじわと顔に熱が集まっていくのが分かる。

「……えっ」

必死に頭を働かせて国見の言葉を思い出す。「彼氏は俺でいいんじゃない」「俺のこと好きになってくれたら」「お昼に告白しなおす」夢だろうかと頬をつねった私は、気まずそうに階段を登ってきた金田一くんと視線があった。バカみたいなことをしている私を心配しているのかと思ったけれど、その表情が少し恥ずかしそうに赤く染まっているのを見て、さっきの会話を聞かれていたのだろうと気付く。

私はじわじわ痛む頬から指を離し、足早に女子トイレへと向かった。大きな鏡に映る真っ赤な顔をした自分から目を逸らし、いそいそとスカートの長さを戻す。

お昼休みまで、絶対、何も手につかない。