心の裏側に伝う
二年に進級してから二回目の席替えだった。教卓の上に散らばったくじを手に取り、自席へ戻る。黒板に書かれた席順と、手にある紙に書かれた数字を見比べる。今度は窓際の一番後ろだ。場所はいいけれど、これから日差しが強くなるからなあ……。鞄の中に荷物を纏めて、さりげなく視線を横に流す。
苗字さんは、どの席になったんだろう。
俺の視線に気付いたのか、ゆっくりと顔が向けられた。
「孤爪くん、どこだった? 私、同じ場所だったんだけど」
「……窓際の、一番後ろ」
「ふたり揃って後ろか! みんなに僻まれちゃうね!」
荷物を纏めずに座ったままの苗字さんに、俺は黙り込んだ。取り繕うように「それじゃあ」と言って鞄を持ち、窓際へ移動する。全員が新しい席につき、あたりを見回した。ほとんど喋った事がないような人ばかりが視界に溢れる。それでも前と右隣は運動部に所属している男子で、多少は知った仲だったので、ほっと胸をなでおろした。ちら、と廊下側の席を見る。苗字さんの周囲には派手目な女子が集結して少し騒がしかった。苗字さんも前の席の女子と楽しげに話している。先生に注意されて揃って返事をするその姿を見て、俺は安堵していた。
「席離れたんだな」
昼休みに俺のクラスにやってきたクロはつまらなそうに言った。「誰と、誰が」なんて質問はしない。何を言ってもからかわれるに決まっている。クロが隠すこともせずに廊下側をじっと見つめているから、俺は咎めるように名前を呼んだ。目の前でパンを頬張っている虎が不思議そうに俺を見る。
「悪い悪い。これ、合宿のプリントな」
そう言ってプリントを手渡したクロは教室を出て行った。後ろの扉から出て行く長身の三年に、周囲の女子がちら、と視線を向けたがすぐに逸らされる。苗字さんは無反応でお弁当を食べていた。クロが数日前から無香料の制汗剤を使っているから、気付かなかったのかな。そう考えて、少し前にあった出来事を思い出す。俺に用があって教室を訪れていたクロは、苗字さんの席に座っていた。しばらく話していると苗字さんが戻ってきて、俺はクロに声をかけて立ち上がらせる。「ごめんネ」なんて笑って苗字さんに声をかけたクロの後ろ姿を、苗字さんがじーっと見つめていたから、不思議に思って声をかけた。
「どうしたの?」
苗字さんは少し恥ずかしそうに顔を寄せて「今の人、良い匂いがした!」と耳打ちする。その距離の近さにも驚いたし、初めて見る赤く染まった表情に、試合中のように心臓はせわしなく鳴るし、その理由に胸中では黒いもやもやが渦巻いていく。クロは普段俺と同じ無香料の制汗剤を使っていたけれど、いつも使っているやつが売り切れた、とかで今は別のものを使っていた筈だ。部室で夜久くんが「モテてーの?」と話していたのを思い出す。訳が分からず苦い思いをしている俺の横で、苗字さんは「私匂いフェチなのかな」なんて首を傾げていた。
それを俺は誰にも話していなかったのに、次の日にはニヤニヤしたクロから石鹸の香りがする制汗剤を手渡され、代わりに鞄に入っていた無香料のそれは持って行かれた。顔を歪ませる俺にクロは何も言わなかった。