金平糖(五条)


あの子、甘いものが好きみたいですよ。

一年の灰原が言った言葉に、隣に立つ男が不機嫌になるのが分かる。
今年入学したばかりの彼の方が、自分の同期よりも少女のことをよく知っているようだ。
案の定、悟は不満を隠そうともせずに鋭い視線を後輩へと向けている。
七海がそれに気付き訝しんでいるが、当の本人である灰原はニコニコと屈託ない笑みを浮かべ続けている。
このままでは理不尽な怒りが後輩に向かうだろうと。察しの良い私は話を切り上げて悟を引っ張り教室へと戻った。
悟は何も言わず、黙り込んでいる。
自分より後輩が親しくなっていることが不満なのなら、あの子のことが気になるのなら、行動を起こせばいいのに。

そんなことを考えながら任務をこなしていたある日、悟が可愛らしいデザインの紙袋を手に持っていた。
まっすぐ腕を伸ばして私に差し出している。

「ん」
「カンタかな?」
「ちっげーよ。アイツに、渡しといて」
「アイツ?」
「そう」

どいつだよ、と顔に出したのが分かったのだろうか。
悟は紙袋を私の胸に押し付けて手を離した。やっぱりカンタじゃないか。
仕方なく受け取り広げてみると中には可愛らしいパッケージのお菓子が入っていた。
取り出して見て分かったが、金平糖だ。

悟が金平糖を送る相手なんていただろうか。
自主的にお土産なんて買ってくるような殊勝な人間ではないというのに。

「甘いもの、好きって、灰原が」

ぶつぶつと言葉を切って言った悟に、ああと頷く。
それから吹き出すのを耐え切れず笑った私に、悟は憤慨していた。

「自分で渡せばいいのに。きっと喜ぶよ」
「いい。傑から、とでも言っとけ」
「言わないよ」

私の言葉に、悟は拗ねたように廊下を歩いて行ってしまった。
寮の部屋へ戻る前に渡してしまおうと踵を返す。

あの子は驚くだろうか。
感情の起伏を一切出さない子供だから、なんの反応も見せないかもしれない。
それでも、確かに縮まるであろうふたりの距離に、安心するのは仕方のないことだろう。

ここまで長かったな、と廊下を進む私の足取りは随分軽いものだった。





悟からだよ、という私の言葉に、少女は口をぽかんと開けて驚いていた。
初めて見るその表情に僅かに驚きつつ、紙袋を覗き込む少女を見守る。

少女は金平糖を初めて食べるようだった。

小さな手の平に、これまた小さな金平糖を乗せて、じっと観察してからおそるおそる口に運んでいく姿はとても微笑ましいもので、ここにいない同期ふたりを今すぐに呼び出したいぐらいだ。

相変わらず包帯で覆い隠された瞳は見ることができない。
それでも、少女は噛み砕いた金平糖の甘さに感動しているようだった。
少女は2つ程食べてから私にも金平糖をくれた。
大きさで言えば腹の足しにもならないようなものなのに、胸がいっぱいになりそうだ。

少女は小瓶の蓋を閉じて、たくさん残っている金平糖を覗き込んでいる。
随分と気に入ったみたいだ。

翌朝すぐに悟に伝えると、悟は「ふうん」と興味が無さそうに言って頬杖をついた。
分かりやすい男だな、と自分も席に座る。
始業のチャイムが鳴る直前、教室へとやってきた少女の姿に、私は吃驚して立ち上がりそうになった。

悟も驚いているのか、ずれたサングラスの上から少女を見ている。

少女は口をきゅっと結んで教室の中へと入ってきた。
用があるとすれば私か硝子だろうが、硝子はいないので消去法で私だろう。
そんなことを考えていた私は、少女が悟の机の前で立ち止まったのを見て閉口した。
少女は顔を俯かせてつむじを正面に向けている。

「んだよ」

ああもう、なんでそんな言い方しか出来ないんだ。
眉を顰めて言った悟に、少女は背に隠していた手を前に動かして、持っていたそれを悟の机に置いた。ぎょっとしたのは悟だけでなく私もだ。

「お菓子のお礼」

ぽん、と机に置かれた黄色い花に、悟は目をこれでもかと見開いていた。

「……」
「……」
「……ありがとう」
「……おう」

用事は終わったと言わんばかりに、少女は足早に教室を出て行った。
入れ違うように夜蛾が教室へやってくる。
出て行った少女を不思議そうに見送ってから、担任は悟の机にある小さな花を見た。
硝子がここにいたらなんて言うだろうか。
未だにぽかんと花を見つめている悟に対して、「アホ面」ぐらいのことは言ったかな。

ガラス細工を触るように花を摘んだ悟を横目で観察してみる。
だらしなく机の上に倒れた悟は結局、一日中、花を見ていた。

どこにでも咲いている、特別でもなんでもない、ありふれた普通の花を。
まるでかけがえのない宝物を見つけた子供のように、目を輝かせて。