こんにちは。みなさんいかがお過ごしでしょうか。私はなんだかとっても息苦しいです。
なんて、誰に向けているのかわからない言葉が胸中でぐるりと回るほどに、彼女は参っていた。
亜希、嵐、泉の三人はショッピングモールにてコスメを見るという目的のもと、集まっているはずだ。決して、この得体の知れない険悪な雰囲気のためではない。
「あら? 亜希ちゃん、ほら。あれ可愛いんじゃない?」
「どれ? あっほん――」
「ちょっと子供っぽすぎ。もっとシンプルにさあ」
「えっと……泉ちゃん?」
「こういうのとかさあ、こっちのが亜希には似合うでしょ」
「わあ、ありが――」
「アラ、泉ちゃん。それ、ちょーっと亜希ちゃんの可愛さが引き立てきれてないんじゃないかしらァ?」
これだ。こんなことならば自分一人で来た方がはるかに目的達成ができたのではないだろうか。何がどうなってこの二人がバチバチと闘争心を露わにしているのかはわからないが、巻き込まれる身にもなってほしい。
学校で何かあったのだろうか。楽しみにしていた事柄も、ここまでくれば面倒しか残らない。いまだに火花を散らしている二人の側を、亜希はそっと離れることにした。
適当なコーヒーショップに足を運んで、一応の連絡としてメッセージを残す。
大好きな二人と出かけられることは嬉しいのだが、争いの板挟みになることは好ましくない。というか、ただただ面倒だ。いっそ帰ってしまおうか。そんなことを考えながら、亜希はほんの数時間前までの浮かれていた自分を恨めしく思う。
ただ、間違いなく言えることは両者がいつもよりも自分の近くにいる。女の子の友達だと思っていた嵐が、憧れで、淡い恋慕を抱きつっけている対象である泉が、まるでエスコートするかのようにピタリとそばにいるのだ。
気恥ずかしさがこみ上げるのとともに、じわりじわりと羞恥がやってくる。だって、二人に大切にされているような気がするのだ。
……妹ではなく、お姫様みたいな立場で。
なんて、少しらしくないことを考えてから余計に恥ずかしくなる。亜希はそんな馬鹿げた考えを振り払うように、グラスの半分ほどまであるアイスコーヒーを勢いよく飲み下した。
「ねえ! 亜希ちゃん!?」
「ねえ! 亜希!?」
二人が声をあげたのはほぼ同時、そして名を呼んだ人物が不在であることに気づいたのもほぼ同時であった。チラチラと向けられる視線がさらに気まずさを煽る。
その視線から逃げるように隅によりながら携帯を確認するのもほぼ同時であった。しかし先に声をあげたのは、泉だ。
「っ、あいつ」
「ちょっと離れたところに避難したってところかしらァ」
「避難って……誰のせいだと思ってるわけ?」
「少なくともアタシ一人じゃないわね」
先ほどまで真ん中にいたはずの人物の現在地を知ったおかげでようやく我に返った二人は、普段通りに幾分か近づいた様子で軽口を叩く。
ウインクをしてみせた嵐は、一変して表情を真剣なものに変え、泉に対峙する。
「これはね、アタシが今日見てて思ったことなんだけど」
「何? 珍しい顔しちゃってさ〜?」
「ええ、真面目なお話よ。泉ちゃん、態度を改める気は無いのかしら?」
「……そんなの俺の勝手だよねえ」
「そう。あくまでも泉ちゃんはそうなのね」
「何が言いたいわけ」
ピリッとした空気がその場を支配する。先ほどまでの言い争いよりも幾分か冷たく、肌にひりつくようなものだ。
氷点下の空気の中、彼らは対峙していた。
ずっと見ていた。亜希と、泉の事を。だからこそ嵐は、自分が出しゃばるべきでは無いと思っていた。泉が素直じゃないことなんて付き合いが長くなくたってすぐにわかる。一見冷たい言葉の端々に思いやりが見えることも知っている。ただ、それよりも多く彼女が涙を流していることも。
ずっと前から知っていた。彼女が自分へ向ける感情も、それが揺らがないものになっているということも。だからこそ泉は必要以上に冷たくすることもあるし、気分に左右される接し方をしていた。一言で言えば甘えだ。亜希の感情が自分に向けられていて、それが揺らがないという絶対的自身に胡座をかいてきた結果。
故に二人は、ここにきてようやく敵対するに至った。
「なるくん、もしかして……」
「そうよ。何かおかしい?」
「あのさ、あいつが俺のことを好きなんだよ? ……わかってる?」
「あの子は幸せになるべきなのよ」
一見して要領をえない会話だ。しかし互いの間には火花が散り、それぞれが「敵」であることをようやく認識したような。
しかし、嵐の想いを知ってなお、泉には余裕があった。先の言葉の通り、亜希の想いは完全に自分に向いているからこその余裕だ。いくら嵐が亜希に近いところに居ようと、変わることのない絶対的事実。それが彼に笑みをもたらす。
「幸せ、ねえ? まさか、なるくんが隣にいれば幸せにしてやれる。なんて寒いこと考えてるわけ?」
「あら、もしかして泉ちゃん、そんな態度のままであの子が幸せになるとでも? ずいぶんな余裕だけど、忘れてないかしら?」
くすりと笑みを浮かべてから、嵐の視線は鋭くなる。こうして二人で出かけることを邪魔するくせに、彼女へ対する優しさが書ける彼への忠告。警告。宣戦布告だ。
そのまま胡座をかいていて、泣きを見ることになっても知らないぞ。そんな表情で彼はゆるりと口を開く。
「泉ちゃんがあの子を泣かせてきた分だけ、アタシがあの子の隣にいたこと、忘れてないかしらァ?」
「なるくんは「お姉ちゃん」でしょ?」
「そうね。今はまだ」
再び訪れるのは沈黙と、二人の間をほとばしる火花だ。あくまでも余裕のある笑みを浮かべながら、二人はただ、その場で睨み合う。
ふ。と、そんな空気を切り崩すように嵐は柔らかく笑みを浮かべる。
「さ、いきましょ? 泉ちゃん。あの子が待ってるわ」
「言われなくても」
大きくため息をついて、泉がその言葉に応じる。こんなところで火花を散らしている場合ではない。今回のメインである人物は、蚊帳の外で二人を待っているのだ。
亜希の示したコーヒーショップへと足を運ぶまで、二人の間に会話はない。しかし暗黙の了解というものはある。
目的の人物が椅子に座って外を眺めながら足をぶらつかせているのを見かけて、嵐はそっとその人の隣へと向かう。
「ごめんなさいね、亜希ちゃん。少しヒートアップしちゃったみたい」
「お姉ちゃん」
「だって亜希ちゃんってば、なんでも似合うんだもの。可愛いって羨ましいわァ〜」
「もー! 二人して私を置いてけぼりにするんだもん」
「本当にごめんなさい。ホラ、泉ちゃんも!」
「は〜……拗ねてないで行くよ。まだ買い物は終わってないでしょ?」
「またそんな言い方!」
プンプンと頬を膨らませる嵐に、亜希は頬を緩める。よくわからないけれども、先ほどまで自分を挟んで生み出されていた空気は霧散しているようだ。
そのことにほっと胸をなでおろし、残りのコーヒーを一気に飲み干して彼女は椅子から勢いよく飛び降りる。
「ふふっ、じゃあ気を取り直して! 行こ! 泉ちゃん! お姉ちゃん!」
明るい声でそう口にすれば、泉は呆れたようにため息をつきながら、嵐は満面の笑みで「かしこまりました、お姫様」なんてウインクを織り交ぜながら、今回の目的であったコスメ散策へと再度繰り出すのであった。
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