孤独と原因

ぼんやりとした意識の中に小鳥のさえずりが聞こえてきて私は瞼を開ける。カーテンの隙間から漏れる朝日にそっとため息をついてソファから体を持ち上げた。眠い目をこすり昨日自分で場所を確認した洗面所に向かう。洗面所で顔を洗うと、目の下に隈ができておりなん時間も寝ていないことを思い出す。とんでもないブサイク顔でほんのちょっと笑える。しかしそんなことであーだこーだ言っていられないので、タオルで顔を拭いて寝室に足を伸ばした。ドアをノックして中に声をかける。

「望くん…起きてる?」

それは昨日熱に浮かされていた彼の名前で、中から反応は返ってこない。まだ起きていないのだろうと判断してドアノブをひねる。すると案の定彼は大きな体をベッドの上で丸めて穏やかな寝息を立てていた。その様子に安堵のため息を漏らしてしまう。
彼のおでこに触れて体温を測るが、そこまで高いと感じることはない。一日ゆっくり寝て落ち着いたのだろう。念のために今日一日は大人しくしてもらおうと思いながら部屋を出ようとすると、背後から衣擦れの音が聞こえてきた。起こしてしまったかと思いながら振り向くと上半身だけ起こした望くんが意思があるのか微妙な目で一点をじーっと見つめている。どうやら寝ぼけているらしい。

「おはよう、望くん」
「え……?」

彼に声をかけると呆然と見据えられるためまさかと思いつつ口を開く。

「一週間お世話になります。熱は大丈夫?」
「あ…そっか…せやった…。ん…熱は大丈夫。多分迷惑かけたんちゃうかな…?ごめん…」
「そう?今日は一日じっとしててね?」
「ん…ほんまにごめん」
「私の方こそ。よく知りもしない女に看病されていい気はしないと思うけれど…」
「全然。これから知ってくし、そんな事気にせんとって」

望くんはそこまで言い切るとベッドに倒れこむ。「おやすみ」そんなことを呟いてまた寝息を立て始めた。これはどうやら朝ごはんを食べる気はなさそうだ。




それから彼が目を覚ましたのは昼過ぎで、少し遅めの昼ご飯を食べながら周辺の施設などを教えてもらう。比較的近くにスーパーがあったため、昼食を食べ終わってからそこで買いものをして家に帰る。冷蔵庫の中身は綺麗に整頓されており、それなりに食材が揃っていたため普段から炊事を行なっているということがわかって、私よりいくらか年下なのにすごくしっかりしてるんだと感心した。私が冷蔵庫に買ったものを入れ終わるとほぼ同時に望くんがリビングに入ってくる。どうしたんだろうと思っているとまっすぐこっちに向かってきた。

「あ、飲み物?」
「ううん」

そういえば紙パックのオレンジジュースが入っていたなと思いながら冷蔵庫を開いたのだが小さく首を振られて慌てて扉を閉める。だとしたらどうしたのだろうと思って首をかしげると彼はぽそりと「寂しい」と呟く。

「え…?」
「やから、さみしいんやって。一人暮らし始めてから初めて熱出したけど、ほんまに心もとないんやな。俺、一人とかそない得意やないねん…」

彼は可愛らしく眉を寄せて私の服の裾を引く。この子はきっと家族にとても愛されていたんだろうなとぼんやり考えながら、その高い位置にある頭を撫でる。さながら大型犬だ。

「私なんかでよければ側にいるよ?」
「……はー、ほんま熱怖…!もっとなんかカッコつけようと思ってたんやけどなぁ…」
「残念ながら100パーセント可愛いだよ」
「やろーな」

はぁとため息をつきつつも彼はぴったりと私のそばを離れない。その距離感の詰め方に戸惑うのは私の方だ。自分が綺麗な顔をしていることをちゃんと自覚したほうがいい。

「…ベッド行けって言わへんな」
「言って欲しい?」
「絶対嫌や」
「うん、だと思った」
「………静久さん、俺らのこと知ってんの?」

訝しげに聞いてくる彼に「神ちゃん家でね」と返す。言葉足らずな説明にも彼は「あー」と納得したように呟いた。

「色々見てたら好きになっちゃったよ、君たちのこと」
「え、ほんま?めっちゃうれしい。誰担?」
「好きだねぇ、担当…?の話」

神ちゃんにも聞かれたが、どうやらとても重要な話みたいだ。彼になら話してもいいかと私は口を開く。

「んー、今のところは大毅くんかな」
「しげ!?」
「うん。なんか、元気になる」
「あー、笑顔か」

自分でもわかりやすいと思うほど単純な理由だ。望くんは「ちょっとやかましいけどな」と苦笑する。そう言うところもかわいいと思うというのは口にしないことにした。

「のんちゃんもかっこかわいいパーフェクトアイドルやのになぁ」
「ライブ映像かっこよかったよ」
「ほんま?よー言われる」

望くんは慣れたようにそう言って目元を緩める。そう言う言葉も似合ってしまうのだから本当に特別な人たちなんだなぁと再確認した。

「なんか、静久さんほんまに喋りやすくてビビるわ」
「そう?ありがとう」
「せやから静久さんの周りにいる人は一方的に話してまうんかもね」
「………」

それは自覚していることでもあった。とにかく私は世話焼きなキャラだったのだ。家庭環境故にか、昔からどこか達観しており、周囲に目を配るタイプで、自分の悩みなどを外に吐き出すことはあまりなかった。まさかここでもそういう部分が出てくるとは思っていなかったが、望くんが世話を焼きたくなる弟系の男の子だからだろう。ついつい年下には甘くなってしまう。

「俺、ほんまに一人ダメで。一人暮らし始めてからも定期的にお母さんに電話かけんと不安やねん…」
「かわいい……」
「せやねん…かわいいねん。やからさ、甘えてまったらごめん」
「全然いいよ……けど、私も甘えるかもしれないからそれは先謝っとく。ごめん」
「大歓迎。つーか甘えれんの?」
「……がんばる」

きっと私にとって他人を頼ることは覚えなければならないことで、生きるためには絶対に必要だ。うまく甘えられるかはわからないが、今度は爆発する前に吐露することを学ばねば。
望くんは曖昧な私に、「なにそれ」と笑った。