紹介と発案
彼らに連れられた場所はどこかのレッスンスタジオのようなところだった。三方の壁は白塗りの壁、もう一方は一面鏡ばりで床はピカピカのフローリングだ。テレビなどで見る「ダンスを練習する部屋」のように感じる。彼らは思い思いの場所に腰を下ろすと顔を覆うものを外していく。こうして見るとなんだかかっこいい人が多い気がするのだが…いや、全員かっこいい。私を抱えていた男性は、その体制のまま顔を覗き込んでくる。余りにも距離が近くて一瞬息が止まった。
「びっくりさせてごめん。大丈夫やった?怖かった?」
「いや、まずおろしてほしい…」
ふわふわと微笑む彼にそう伝えると、彼は一重の瞳を瞬かせてみるみる顔を赤くしていく。「そ、そうやね!!」と慌てて私を下ろした彼は明らかに挙動不審となり、フローリングに倒れこむ。耳まで赤くされると流石にこちらも照れるのだが。
「で?」
こほんと咳払いを一つ、私はその男たちをぐるりと見渡す。言いたいことはたくさんある、当然だ。だがしかし、まず結論をつけなければならないことがある。
「責任、取ってくれるんだよね…?」
まさか今更そんなの知らないなんて言わせない。今の私はもう生きることができない。精神的な問題もあるけれど、金銭や衣食住などの物理的な問題もある。手にするものは全部手放しているのだ。だから、この七人の男たちに責任を取ってもらわなければ私は結局死ぬしかないのである。自分たちが救えるかもしれないと言うのであれば、きちんと「救って」もらわないとこちらだって困る。
私の自己中心的と思われる言葉に、先程泣いていた男が「当たり前や!」と眉を寄せる。なんだろう、女性的ではないのになんだか無邪気な少年のような可愛い顔をしている男だ。
「こっちだって救った意地がある!絶対に生きててよかったって思わせたるで!」
「ふーん…言うじゃん」
彼は強気に言い放つとニカッと笑う。なんだかそのよどみないまっすぐさが少し眩しく感じた。
「どうやら一筋縄…な関係ではいられなさそうやなぁ。まず、自己紹介からって感じか」
外国の血が混ざっていそうな濃い顔をした男が短く息をついて肩をすくめる。この中ではだいぶ落ち着きのある雰囲気だ。
「僕は中間淳太って言います……その顔じゃ知らなそうやなぁ」
中間と名乗った彼はからからと笑って、隣に座る少年のような雰囲気の男の肩を叩く。知らなさそうって初対面だから当然なのでは?と不思議に思っていると肩を叩かれた彼は少し前のめりに私の目を真っ直ぐ見つめてきた。キラキラ……自分とは正反対すぎて怖いぐらい。
「俺、桐山照史っていいます、照史でええよ」
「中間…さん?と照史くん?」
「え、照史のこと名前で呼ぶなら僕も名前でええよ」
「じゃあ淳太くん」
「うわーなんかちょっとええなぁ!」
「せやな!!」
二人して顔を見合わせて嬉しそうにきゃっきゃしているのを見ると少しむず痒くなる。実質私を引き止めたのは照史くん…と言うわけか。
「ちょっと、女慣れしてないおっさん二人!お姉さんが引くからそう言うのやめてくださーい」
「なんやとコラ!」
床に座り込む、こちらは中性的な可愛い顔をした男が喜ぶ淳太くんと照史くんにツッコミを入れる。顔小さ…彼はモテるだろうとはっきりわかるほど綺麗な顔をしていた。
「俺、小瀧望です。小瀧って呼ばれるのあんまり好きくないんで、望とか、のんちゃんとかのんすけとか、なんかそんな感じで呼んでください」
「じゃあ…望くん」
「はーい」
彼は人好きのする笑顔を浮かべる。なんだか可愛い男だ。
「じゃ、次流星!」
「あ、俺?」
望くんは隣に座っていたこちらは男性的に綺麗な顔をしている男の肩をポンポンと叩く。彼は不思議そうに目をクリクリさせると「どうも」と頭を下げてきた。ここまで結構グイグイ来られたからこの距離感に少し安心する自分がいた。
「藤井流星、です。…よろしくお願いします?」
こんな綺麗な顔をして名前まで綺麗とかどう言うことかと驚く。藤井流星…すごい、響きも文字面も完璧すぎる。彼はそんな綺麗な顔からは想像できないほど可愛らしく首をこてんと傾げる。なるほどギャップというものか。
「次は神ちゃんやなー」
望くんはそう言うと、赤色の髪でピアスをたくさんつけた男の顔を覗き込んだ。…ヤンキー…?でも不思議と赤髪がとても似合っているからか、あまり目を引くわけではないように感じた。
彼はじーっと私を見つめていて、パチリと目が合うと逸らされてしまう。何事だと思っていると照史くんが「もんち?」と声をかける。神ちゃん も もんち もあだ名か。
「いや、大丈夫。あーー…神山、智洋です。あ、髪、赤いけど、全然ヤンキーとかやないんで…!いや、何いうとんのやろ…」
「神山くんね」
「あ、神ちゃんで、いいっす」
「じゃあ、神ちゃん」
ほんのり顔を赤くしながら慌てた様子で喋る姿は全然ヤンキー感が無くて驚いた。あだ名で呼ぶと嬉しそうに目を細めて笑ってくれる。年の功はそれほど変わらないと思うのだが、不覚にも可愛いと思ってしまった。なんだこの集団は、可愛いの塊か?
「じゃ、次はしげや」
照史くんはそう言いながら胡座をかいている男に声をかける。しげと呼ばれた彼は嬉しそうに「はーーーい!」と腕をピンと上げて立ち上がると、こちらにトテトテと歩み寄ってきた。笑顔と歯が眩しい。
「しげちゃんこと重岡大毅でーす。しげって呼んでくれても、大ちゃんって呼んでくれてもええでー。なんやうるさい集団ですけど、なかよーしたってなぁ!」
「しげがいっちゃんうるさいやろ!!」
「何言うてんの…?」
照史くんのツッコミに彼はくりくりと目を丸める。彼が一番賑やかなのは今のやりとりでなんとなく理解した。照史くんは「その顔うざいわー!」と言いながら大爆笑だし、つられて望くんも大爆笑。本当に賑やか。私と違って心の底から笑っている顔だ。
「えーと、じゃあ、重岡くんとか大毅くんとかじゃダメ…?」
「えーーー、ええけど別に。せやったら大毅くんがええなぁ!」
「じゃあ、大毅くんね」
彼はニカッと歯を見せて笑う。片方だけにできるえくぼがなんだか可愛らしい。確か片方だけのえくぼは天使のえくぼって言うんだっけ。文字通り天使のように輝かしい笑顔だ。
「最後は……はまちゃーーん?」
照史くんにそう声をかけられたのは私を抱えて走ってくれた男だった。彼は床からむくっと体を持ち上げると恥ずかしそうにこちらに歩み寄って来る。
「濱田崇裕です…。あの、いきなり抱えてごめん…。あ、はまちゃんって呼んでくれてええで!!」
「はまちゃんね。見た目によらずすっごいがっしりした体つきしてるんだね?」
「え…?まって、めっちゃ照れる…」
うひゃーーと言いながらはまちゃんは再び床に転がった。私を抱えたまま全力疾走した人間とは思えない。
そんな彼を微笑ましく見ていると淳太くんがこほんと咳払いを一つ。
「これで…全員やな」
「せやな…あとは、君やで」
照史くんは私に自己紹介を促す。まぁここまで来て逃げるのはプライドが許さないし、少しだけおもしろいと思っている自分がいる。
「私は雨野 静久。呼び方はお任せします。一応1993年生まれ」
「あ、一緒や!」
「……あー、ほんまや」
私の生まれ年に反応したのは神ちゃんと藤井くんだった。なるほど、この二人が同い年か。…同級生にこんなキラキラした人いなかったけどなぁ…。
「サービス業に勤務してたけど、まぁお察しの通り社畜で精神的にズタボロになって死のうとしました。今んところその考えは変わってないよ。さて?どうすんの?」
まるで試すようにそう言うと、照史くんがニカッと笑う。まだ全然私の中身を知らないからそんな顔できるんでしょう?
「静久は、これから俺らと一緒に暮らしてもらいます!!」
結局いつかは見離すでしょと鼻で笑っていると予想だにしていなかった言葉が鼓膜を揺らして思わず口を半開きにしてしまう。何言ってるの…?
唖然とする私をよそに、周囲は大爆笑に包まれる。「おもろ!!」「突拍子なさすぎやろ!!」「お前責任の取り方が雑!」そんな声がどこか遠くに聞こえる。え?私当事者だよね…?
「ちょっとまって…」と手を伸ばすと、照史くんは何を勘違いしたのかその手をぎゅっと握られてしまった。
「これからよろしゅーな!!」
「あ……はい」