吐露と覚悟

「あ、ちょっとごちゃついとるから足下気ぃつけぇや」
「う、うん…」

そう言われて足下を見ると洗濯物が落ちており思わず拾ってしまう。生活感にあふれた部屋だなぁと思っているとリビングの電気が灯る。リビングはそれなりに片付いており思わずため息がこぼれた。

「ここが俺ん家やで〜。…そこそこ汚れててごめん…」

ふわふわと微笑んだはまちゃんは、私の顔を覗き込んでしゅんと肩をすぼめる。いや、そもそも成人男性の部屋にそこまで期待していないのだから別になんだっていいのだが…ただ、なんだかんだここまで来てしまった自分に呆れただけだ。

照史くんの突拍子もない言葉は即座に実行されることになる。何もかも手放したと言う私に一体何をしてくれるのだろうかと考えていたのだが、全く予想外だった。
彼曰く、1週間ごとにローテーションで各宅を転々と移動してほしいらしい。その方がリスク回避になるとかなんとか言っていたが、お前らは知らない女と暮らすことになんの恐怖もないのかと私が突っ込みそうになった。しかし楽しそうに順番極めを始めた彼らを見ると何も言えなくなって、そのまま私は「一番」に決まったはまちゃんの家までついて来た……と言うわけだ。

「ソファ座ってええよ。コーヒー飲む?」
「いや……待ってはまちゃん、警戒心とかないの?」
「え……なにが?」
「なにが、はこっちのセリフなんだけど……」

はまちゃんは何が楽しいのかるんるんとした足取りで冷蔵庫からペットボトルのアイスコーヒーを取り出すと食器棚に入っていたグラスに注いで行く。それをソファに腰掛け呆然と眺めていると「別に」と彼は淡々とした口調で言った。

「気を完全に許しとるわけちゃうよ。初めて会った人やし、まぁ悪い人ちゃうやろなーとは思っとるけど。せやけど女の子の一人ぐらい襲いかかって来たってなんともあらへんもん。俺が意外としっかりしとんの知ってるやろ?」
「まぁ……」

確かにそうだ。彼は見た目によらない肉体派。私如きが何かをしたところで簡単にいなされるだろう。何もしないからいなされる心配もないのだが。だからといって、この距離感の近さの理由になるわけではないのだが。

「はい、コーヒー」
「どうも……」

彼の差し出すグラスを受け取りそれを口にするとガムシロップの甘さに舌が驚いた。久しぶりに甘いコーヒーなんて飲んだかも。

「……はまちゃん」
「なに?」
「私ブラックで大丈夫」
「うぇ!?ほんま!?ごめん!!口つけてもうたけど、俺の飲む?」
「いや、大丈夫。ていうか本当に……距離感さぁ……」

当たり前の顔でとなりに座るし、口をつけたグラスを差し出してくるし、こっちの感覚がおかしくなりそうだ。この男と一週間……色々鍛えられそうではある。

「そういえばさぁ、さっきは七人でご飯の帰りか何か?」
「メンバーのこと?」
「メンバー……?」
「あれは撮影の帰りやで?撮影の帰りにメンバーだけでご飯行って、その帰りー」
「撮影って……なに?モデルとか?」
「ちゃうちゃう。MVMV」
「は……?」

いまいち会話が噛み合っていないような、核心に迫れていないような気がして私は一旦言葉を区切る。どう言えば正しいのか分からずうーんと唸っていると、「知らなさそうやなぁ」という淳太くんの言葉を思い出す。彼の言葉からするとなにか芸能人ということだろうか?しかし、だとしたらここまで警戒心の薄い芸能人がいるのか……?申し訳のないことにテレビや雑誌などの娯楽に滅法疎い(娯楽があったのなら死を選ばないだろう)私は、彼らのことを全く見たことがない。どう聞けばいいのだろうと唸っていると「ああ」とはまちゃんが何か察したように目を見開いた。

「言ってへんかったっけ!俺ら、ジャニーズWESTっていうジャニーズグループやねんけど…」
「……は?ジャニーズ……?」

流石の私でもそれはわかる。テレビも雑誌も見ていなくても、社会で生きていれば自然と耳に、目に入る言葉だ。
ジャニーズ……男性アイドルの象徴的事務所。そんな事務所のアイドルグループ…?

「なんで……?」
「なんでやろなぁ」

つい口に出た言葉に、はまちゃんはニコニコと笑う。でも確かに、アイドルと言われるとそんな感じの集団だったようにも思えた。かわいいしかっこいいし、とにかく街にいたら目立つだろうというルックスの集団。でも残念ながらジャニーズWESTというグループに覚えはない。全くのノー知識である。デビューからまだ日が浅いと思ってもいいだろうか。私が知っているのはせいぜい嵐とかTOKIOとかだが。

「そう、だったんだ……アイドル…」
「そうだったんです」

へぇ、と感心なんてしてはみたが、アイドルと分かったことにより客観的にこの状況の危険度が浮き彫りになったような気がする。照史くんが言っていた「リスク回避」という言葉も今なら頷けた。

「…………バレたらスキャンダルじゃん」
「ほんまや」

はまちゃんは「きぃつけよ」とゆるゆる笑ってわかったのかわかってないのか全然わからない。こいつらに責任を持たせようと思っていた人生なのに、私もしっかり責任の片棒を担がされていて自分の甘さにため息がこぼれそうだった。これから無事暮らしていけるのだろうか。