朝食と告白
「ん……」
ふんわりとする意識の中、ピピピピと機械的な音が鳴り響いた。昨日設定した携帯のアラームだ。その音で目を覚まし一瞬見覚えのない天井に瞼をこするが、すぐにここが神ちゃんの部屋であることを思い出した。私はむくりと体を持ち上げてベッドを這い出る。はまちゃんのベッドとはやっぱり違う男の匂いがして変にドギマギしてしまったっけ。もちろんはまちゃんの時も少しぐらいは抵抗があったのだが、1週間もすれば慣れたもので、今日からまたそれがリセットだと思うと気が滅入る。
あくびを一つして部屋を出る。扉を開けるとすぐそこがリビングで、カーテンから差し込む陽光で神ちゃんがあどけない表情で寝息を立てていることがわかった。私にベッドを譲った彼は、ソファベッドに体を横にしている。私がそっちで全然構わないのに…、男というのは皆そういうものなのだろうか。
「…………」
かわいい、と思いつつキッチンに向かう。音立てたら起きるかな?と考えながら流しの上にある電気をつけた。神ちゃんは光を嫌うように身じろぎをするが、起きる気配はない。それなら好都合だ。
「失礼……」
と呟きながら冷蔵庫を開ける。食材はそれなりにあって安堵のため息が溢れる。はまちゃんの時の酷さといったらない。これなら簡単な朝食は作れるだろう。
「よし」と小声で気合いを入れて、私は使えそうな食材をピックアップすることにした。
「いやぁ、ほんまにびっくりしたわ……」
「寝起きドッキリみたいで面白かったよ」
トーストをかじる神ちゃんの寝癖を目で追いながらくすりと笑う。朝食はクロックムッシュとサラダ。クロックムッシュはフランスのトースト料理で、カフェやバーの軽食として提供されることが多い。パンにハムとチーズを挟んでバターで焼くのが定番なのだが、今回はベーコンを使ってパン自体に卵を染み込ませてある。これがまたフレンチトーストのようなふんわり感が出て最高なのである。美味しいし、オシャレで簡単だし、私にとっては定番の朝食メニューだ。
「なんやっけ、これ……くろ……」
「クロックムッシュ?」
「そう!こんなオシャレな朝食初めてやで……。うまぁ…!」
「いやいや、全然。ぱぱっと作っただけだし。あ、冷蔵庫の食材勝手に使ってごめん」
「あー、えーよえーよ。こんなうまいもん食えるならもうどうぞどうぞ。はー、はまちゃんはこんなうまいもん1週間も食ってたん?羨ましいわ」
「ちょ、ほんとに褒めすぎだから……」
「写真とってグループに送っとこ」
「恥ずかしい……」
どうやら随分お気に召したようで、寝起きにも関わらず神ちゃんのテンションはマックスだ。一切れ食べたかと思うと、もう一切れをスマホで撮影して何やら操作をしている。多分送信したのだろう。もっとちゃんとしたもの作ればよかったと後悔しても遅いか……。
「はー、ええなぁ。僕もこれから1週間静久ちゃんの手料理生活か。最高やな」
「本当に照れるから……!!」
「えー、ええやん。照れてよ」
「なっ…………っ、いやいやいやいや。これから1週間一緒なんだよ!?こう、波風立てずに行きたいわけよ、私は…!」
ただでさえアイドルで、こんなにもかっこいい人たちなのだ。私の家主であること以上の関係は絶対に望ましくない。それは彼らだってわかっている筈だ。それなのに、目の前の彼はふと笑みを漏らした。
「波風、立ててもええ?」
「断固拒否なんだけど」
「いや、も、出会った時から僕の中は大荒れやからね?」
「なんの話……」
「実は一目惚れやねん」
「………………ナイスジョーク」
ちょっと頬を染めながら言うものだからほんの、ほんの!ほーーーんの少しだけ現実味があるけれど?私はそんなジョークでは笑えません。笑顔の彼に乾いた笑いで答えて、私はクロックムッシュを口にする。ふんわり柔らかでベーコンとチーズの相性が最高。うん、美味。
「美味そうに食うなぁ。ほんでジョークちゃうしな」
「………………面白いね」
「おもろないやろ別に」
「ははははは」
「目ぇ死んでるし!」
なんなん自分!と彼は楽しそうに笑う。なんなん自分、はこちらのセリフだ。こんな死にかけ女をからかって楽しいのだろうか。
「いやー、マジでさ。一目惚れってあんねんな。あの、スタジオでちゃんと見たときにもう目を奪われて、ああ、これが一目惚れかって。せやからちゃんと挨拶しようと思っても全然かっこよくできへんし、硬なってまうし……。昨日も家に来るって分かってたからめっちゃドキドキしとったんやで?今は頑張って平静装ってるけど……ほんまはめっちゃはずい」
「…………ないす、じょーく…」
そんなことないって分かっていても口から出る言葉は否定だけだった。「ジョークちゃうよ」なんてちょっと真剣に言う彼に「知ってるよ」と素直に言えたらどれだけ救われたことか。でもそれが言えないからこその私なのである。
「まだお互いのこと全然知らんから、どうなるか分からんけれど、とりあえず現状報告だけ」
「なんで……しちゃったかなぁ、現状報告…」
「なんでって、そりゃ、やっぱかわええなって思ったからやん?」
「う……っ、………………ずる」
彼の綺麗で可愛い顔を見るのが恥ずかしくて両手で顔を覆うと、「あ、照史から返信きたー」と楽しそうな声が聞こえてきて胃がちょっぴり痛くなる。
「「美味そーやなー!」やと!あ、はまちゃん……「俺も食べた。うまい」やっぱはまちゃんも食うてたかぁ」
「ちょっと悔しい」といたずらっ子の顔で言うものだから、かーっと顔が熱くなる。「ご、ごちそうさま!」慌ててそう声を荒げて立ち上がり、急いで洗面所に向かう。「残り食べてもええー?」と言う声が背中にかかってきて思わず「好きにすれば!?」と声が上ずって更に熱くなった。
ああ、本当に……。
「前途多難……」