鑑賞と好物

あの衝撃の報告から2日後。そんな報告などなかったかのように私たちの暮らしは平穏だ。家事炊事は二人で分担するためそこまで苦痛にはならないし、時間が空いた分は彼らの曲やライブDVD、ダビングした番組などを見させてもらっている。神ちゃんが「よく知らない人の家に行くのって怖いやろ?」と言ってくれたからなのだが、こうやって見るともっと関係のない人のように思えてしまって全く現実味が湧かない。はまちゃんなんて歌ってる時と普段のギャップが凄すぎて理解が追いつかない。神ちゃんも小さな体で四方八方走り回ってめちゃくちゃにかっこいい。これがアイドルか……とひとりごちてしまう。

そんなことを思っていると、玄関の扉の開く音がして「ただいまー」と声がかかる。私は玄関に向けて「おかえりー」と声を投げた。夕食にはまだ早い時間だ。神ちゃんは「おー、24魂」と言いながらリビングに入ってくるなりキャップを外した。どうやら私が今見ているライブのことを言っているらしい。

「24魂かぁ、マジかぁ」
「なに?」
「いや、こうやって見られると恥ずかしいなって思ってさ」

画面ではクリスマスメドレーと言うものを歌っているメンバーの姿がある。神ちゃんは大毅くんと二人で可愛らしいクリスマスソングを歌っていた。

「あ、でもこの後のはまちゃんはめちゃくちゃ面白いよ」
「え、ほんと?」

実を言うと、Jr.時代の曲を歌うコーナーのはまちゃんの表情が忘れられなかったため面白いと言われるとほっと息をつける。なにかを堪えるようだったあの顔は、私が知らない彼らの事情なのだろう。

いつものはまちゃんを探してつい画面に釘付けになっていると、荷物を置いた神ちゃんが私の隣に座る。画面では淳太くんと大毅くんと望くんが三人で歌っていた。

「この後!」
「この後……?」

今までは至って真面目なクリスマスメドレーだったのだが……と思いながら少しだけ前のめりになってみる。




結論から言うと、クリスマスメドレーのはまちゃんで大爆笑したあと、ラストの曲と挨拶で大号泣した。

「あれはずるいよ……」
「いやぁ、僕もグッとくるもんあるしね……」

彼らのことをよく知らない私ですらこんなに泣いているのだから、彼らのファンはさぞやたまらなかっただろう。あんなにかっこいい挨拶できるなんてずるすぎる。

「あー涙腺ガバガバぁー」
「あははは!そこまで泣いてくれるとなんかうれしぃなぁ」
「ちょっとハマりそうだもん」
「ほんまに?ハマったら誰担か教えてよ」
「誰担?」
「そう。担当って言って、誰が好きかってこと」
「あーなるほど……」

誰が好きかとか、状況が状況だけにあまり考えないようにしたいのだが、今のところ目を引いたのは笑顔が素敵な大毅くんだった。あの笑顔は見ているこっちも明るくなる。今の私に必要なのはああいう底抜けな明るさなのだろう。

「担当ね。わかった。考えとく」

でもそんな曖昧な状況で口にしていいのか分からずになんとなく誤魔化してしまう。少なくとも彼は私に好意を示してくれた人なのだから、こういうのは慎重にやらないと……なんて、計算尽くとか苦手なくせに考えてしまう。

「さて、夕飯の準備するかー」
「え、いいよ。神ちゃん仕事だったでしょ?私やるよ。買い出しも行ってきたし」
「ほんまに?じゃあ、手伝ってもいいかな?」
「うん、是非」

笑顔で申し出てくれる彼に頷いてみせる。はまちゃんは毎回私に一任してくれていたけれど、彼は時間があうときはいつも手伝ってくれるし、自炊してるだけあって手際がすごくいい。

「今日はなに作るん?」
「唐揚げー」
「え……!?ほんまに!?」
「ははは、予想通りの食いつき」

ぱっと明るくなる彼の表情に私はくすりと笑ってしまう。彼はどうして?と言いたげに首を傾げた。

「やっぱりアイドルなんだよね。喜ばせたくって軽い気持ちで「神山智洋 好物」で検索したら出てきたよ」
「うわ、なにそれめっちゃ恥ずかしい……!でも、嬉しいわ。ほんまにありがとう」

ついでに他のメンバーの好き嫌いもさらっと携帯にメモっておいた。はまちゃんの時からやっておけばよかったと今更後悔しても遅いのだが、クリームシチューなら簡単だし今度時間があるときにでも作り置きしに行こうかな、などと計画してみる。

「でも唐揚げかー、静久ちゃんの唐揚げか……、なんか特別な気がする」
「神ちゃんって結構ストレートだよね……」
「へ?なにが?」

本当にわからないといった様子の彼にこちらの方が恥ずかしくなる。なんでもない、と言いながら油を準備し、味噌汁を作るための鍋を取り出す。

「神ちゃんお米炊いといて」
「はーい」

返事をしながら腕まくりをした彼は、2合分のお米を炊飯器のうち鍋に入れて慣れた様子でお米を研いで行く。基本的な家事炊事で心配することなく頼めるのですごく気が楽だ。
鼻歌交じりにお米を研ぐ彼を見ているとこちらまで楽しくなってきた。私は油があったまったのを確認してから下味をつけて冷蔵庫に入れて置いた鶏肉を取り出す。ちらりとそれを盗み見た神ちゃんがひゅーと口笛を吹くものだからちょっぴり照れ臭い。

「雨野家直伝の味付け、最高に美味しいから」
「直伝!楽しみ!」

私が唯一懐いていた祖母が教えてくれたレシピ。絶対うまいに決まっているでしょという意味を込めて口角を上げると、神ちゃんは大きく唾を飲み込んだ。なんだか楽しくなってきて私も鼻歌交じりに鶏肉を片栗粉に通す。出来上がりも、感想も今から楽しみだ。