花のような笑顔

花のような笑顔



二日目の朝、私が起きた時にはすでに杏寿郎は私の部屋には居なかった。もしかして私たちに黙ってここを発ってしまったのかと、私は飛び起きて寝間着のまま居間へと走った。

「ん? どうしたコハル?」

「……杏寿、郎……」

台所に割烹着を着た杏寿郎の姿を見つけ、私の体から一気に力が抜けた。どうやら杏寿郎は私の母の手伝いをしているらしく、似合わない割烹着姿で飯を炊いていた。
釜戸に薪をくべて火吹き筒で火を加減している。顔にはすすが付いていて、何だかいつもの凛々しさはないように感じた。

「むっ、吹きこぼれる!」

慣れないことはするものじゃない。
杏寿郎は吹きこぼれる釜の蓋を開けようとしていたため、私はあわてて杏寿郎の手を握ってそれを止めた。

「ご飯を炊くときは蓋を開けちゃダメ」

「む、そうなのか?」

「そうなの。『初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋とるな』」

「んん?」

「あーもう、私が代わるから、杏寿郎はお母さんの方手伝ってて」

ご飯を炊くのは思いの他難しいものなのだ。私だって上手いこと炊けるようになるのに時間がかかったというのに、普段料理をしなそうな杏寿郎がご飯を炊けるわけがない。
私は釜戸の薪を減らし、火を弱くする。

「ほう、コハルはいつの間に料理がそんなに上手くなったんだ?」

「うわっ、杏寿郎、後ろから声かけないでよ。びっくりした」

「驚くことじゃないだろう?」

「もう。杏寿郎は手伝いに来たの、邪魔しに来たの?」

「勿論、手伝いに来た」

自信満々に言う様子はやっぱり昔と変わっていなくて、私は何だか気が抜けてしまった。
私たちのやり取りをお母さんは横目で見ながら、おかずと味噌汁を手慣れた様子で作っていた。



杏寿郎のせいで若干芯の残ったご飯を茶碗によそい、私と父と母、それから杏寿郎と千寿郎で朝食を摂る。
千寿郎は終始にこにこしていて、杏寿郎はそんな千寿郎をほほえましく見守っていた。私の父も母も千寿郎をわが子のように可愛がっている。
私はあまり杏寿郎の家に行かなくなったが、父と母は折に触れて千寿郎に会いに杏寿郎の家に行っていた。

「千寿郎、おかわりは?」

「はい、いただきます!」

母の言葉に千寿郎は空になった茶碗を母の方に差し出した。とても可愛らしい。
私は一人娘だから、父母は千寿郎をそれはもう本当の息子のように可愛がっていた。私から見ても千寿郎は可愛いから、父と母の気持ちが痛いほど分かる。
杏寿郎も父と母から見たら息子のような存在だが、ただ唯一、杏寿郎は昔からしっかりした子供だったため、千寿郎とは可愛がり方が違うのだ。

杏寿郎はいつからこんなにしっかり者になったのだったか。

「コハル、考え事か?」

「え? ああ、なんだっけ、杏寿郎」

「ああ。この後久しぶりに散歩にでも行かないか?」

「えっ、行く行く。久しぶりだなあ。千寿郎も行く?」

「はい、行きます!」

千寿郎の笑顔は本当に愛らしい。
例えるならば、花のような、そんな笑顔だと思う。杏寿郎が太陽なら、千寿郎はそんな太陽に愛でられた、可憐な花のような存在だ。


170606