夜のような笑顔

夜のような笑顔



私の家で寝入ってしまった千寿郎を、杏寿郎が背負って私の部屋まで連れていく。今日は杏寿郎も私の家に泊まることになった。
父母は私たちに気遣ってか、自分達の寝室に入ったまま出てこなかった。

「何か久しぶりで変な感じだね」

「そうか? 俺はいつも通りだが」

「杏寿郎は昔から変わらないね」

はっきりものを言う様子も、落ち着いた雰囲気も、笑い方も喋り方も。昔のまんまな杏寿郎が、何だか少し羨ましかった。きっと私が変わってしまったからだ。

「コハルだって変わらないだろ」

「そうでもないよ。私は……」

私は千寿郎と距離を置くようになっていた。自ずと杏寿郎とも。
全てはおばさんが亡くなったあの日に、私は変わったのだ。

人の死と云うのは呆気ないものだ。おばさんの体調が優れないのは知っていたが、だからといってあんなに呆気なく居なくなるとは思わなかったのだ。ただただ私は、別れが怖い。

何しろ杏寿郎の所属する鬼殺隊と云うのは、鬼を退治する政府非公認の組織なのだ。鬼なんて云うものは私は幸いにして未だに出会ったことはないが、おおよそ私の想像を絶する化け物なのだと聞いている。

そんな化け物に対峙する訳だから、杏寿郎はいつ死んでも可笑しくない状況に常にさらされ続けているのだ。私には解せない。何が杏寿郎をそんなに奮い立たせるのか。

「ねえ、杏寿郎」

「何だ?」

「その……"柱"って、忙しいの? 今回はどの位こっちに居られるの?」

「ああ。柱というのは鬼殺隊の中でも精鋭九人しか居ないからな。今回は三日ほどで発つ予定だ」

「ふうん」

精鋭九人。
それはきっと凄いことで栄誉なことに違いない。杏寿郎は昔から柱を目標に頑張ってきたのだから。それは杏寿郎のおじさんが柱だった影響だ。だけどおじさんはいつからか刀を振るわなくなった。
情熱が無くなったのだと杏寿郎は言っていた。

「コハルはまだ俺が鬼殺隊に所属するのに反対なのか?」

「……解ってるくせに」

「そうだな。コハルが心配性なのは解っている。だが、俺には約束がある」

「約束?」

「母上とな。強いものが弱いものを護るのは当然の事だろう?」

ずず、とお茶を啜りながら杏寿郎は答えた。でもやっぱり私には理解できないことだった。他人の為に命を張って何になると言うのだろうか。

「俺の力はそのために在る」

「私たちの事は考えてないけどね」

「そんなことはないぞ。俺はいつだってコハルや千寿郎の事を想っている」

「口では何とでも言えるよね」

「む……!」

困った時の杏寿郎の笑顔は、夜の月のようだ。
私が杏寿郎を言い負かせるのはいつもの事だ。杏寿郎は私に弱い。それを解っていて私は杏寿郎をなじるのだ。

正直に寂しいと言えないのは、私のつまらない意地だ。
私より幾分も年下の千寿郎ですら我慢しているのだ、本来なら私も手本を示さなければならないのも解っている。

それでも今だけは。
千寿郎が居ない夜だけは、私は少し我が儘になる。千寿郎が居ない間は、杏寿郎は私の兄であり、大好きな幼馴染みであるのだから。


170606