見上げる君は向日葵みたいで
「キャーー!黄瀬くーーーーん!!」
女子の声援があれば笑顔で応える。
容姿オッケー、運動オッケー、勉強もまあオッケー。
そりゃ言うことないっしょ?
大概のことはちょっと見りゃすぐできる。
あー、どっかにオレが凄いって思えるやつとかいないかなー。
「ごめんどいて!」
なんて考えながら歩いてたら、上から声がした。
だから見上げた。
黒色のパンツが見えたのは、不可抗力っス。
見上げる君は
向日葵みたいで
「ご、ごめんなさい……大丈夫……?」
「大丈夫じゃないっス……」
”それ”は突然降ってきた。
咄嗟に受け身をとったが顔面にあの黒色がぶつかった気がする。
痛みに顔を歪めながら目を開ければ、自分の顔に被さるものはたぶんスカート。
なんとか返事をして顔を動かすと、やはり黒色のアレが目の前に見えた。
「イヤ、大丈夫っス」
目に映るのはパンツ。
間違いなく女子のおしり。
目の前のそれを見た黄瀬は思わず頭が痛みを訴えるのを放置して、むしろありがとうと言うべきかと考えあぐねる。
「うん、ならとりあえずさ、先に起き上がってくれないかな」
先ほどの謝罪の声とは打って変わって、ものすごく低い声が響いた。
空から降ってきた天使は実は悪魔だったのかもしれない、とくだらないことを考えつつも、謝罪の言葉を呟いてすばやく起き上がった。
彼女が先に立てばまだ見れたのに、などと恐れ多いことは、今の黄瀬に考える余裕はもちろんなく。
「不可抗力っスよ!」
まず先に弁解をと思い早口でそう伝え彼女を見ると、黄瀬は「あっ」と声を上げた。
空から降ってきて人の顔面にお尻をぶつけてきた人物には見覚えがあった。
名前もクラスも知っている。
その人物は、だいぶ離れた自分のクラスでも騒がれている有名人。
新入生イチ可愛いと言われる、白藤優衣だった。
一度、廊下ですれ違った時の記憶を思い起こす。
人を寄せ付けないような雰囲気を出していて、周りの生徒からも高嶺の花だと言われていた。
今もその表情は無表情とよべるものではあるが、さすがに騒がれるだけあって可愛い。
無意識のうちに見つめてしまっていたが、彼女はそんな視線を気にすることなく腕の中を見つめており、黄瀬もつられてそちらへと視線を向ける。
「……ネコ?」
彼女の腕の中には、真っ黒の小さな子猫がいた。
「木の上でずっと鳴いてたの」
きっとその猫は登ったはいいが降りれなくなったのだろう。
彼女は震えている猫を撫でながら、不意に目を向けてきた。
「二階の窓から飛び移ったはいいけど、降りること考えてなくてさー」
「え?」
「途中まで伝って降りたけど、この子抱いたままはしんどいし」
「いや……」
「いざ飛び降りようって気合い入れたら君が通りかかるんだもん」
「……ええ?」
彼女は黄瀬が口を挟む間を与えず、「タイミング悪いよー」とさも自分は悪くないかのよう言い放った。
僅かに唇を尖らせてはいても無表情に変わりはないのだが、それもまた可愛いと思わせる顔立ちはさすがというべきか。
かっこいいと噂され入学してからたくさんの女子が周りに集まる黄瀬は、正直なところ可愛い子はもう見慣れたものだと思っていた。
しかしここまで目を惹く子は初めてだと感じ、黄瀬は戸惑いながらすっと視線を外した。
彼女の言葉を反芻し見上げると、真上には大きな木がふたりを見下ろしていた。
てっぺんは校舎の四階まで伸びており、二階からだろうと飛び乗ったり飛び降りるにはそれなりに勇気がいるような高さだ。
(いたよ、いろんな意味で凄いやつ……!)
噂に聞いていた彼女はこんなにアクティブなタイプではないように思えたのに。
そう感じながら、どちらにしてもこの高さをよく飛び降りたものだと黄瀬は驚嘆した。
先ほどの戸惑いはどこへやら、黄瀬はパッと優衣に視線を投げると感心したように言葉にした。
「よく飛び降りたっスね!」
素直な気持ちを口にすると、彼女は無表情だった顔を緩め、ふわりと微笑んだ。
「そりゃあ、気合い入れましたから」
その顔は照れたようにはにかんだ表情で、なんとなく彼女は純粋な子なんだと感じた。
「でも本当にごめんなさい。おもいっきりお尻でぶっちゃったけど、大丈夫?」
またその顔を無表情に戻した優衣は、顔を覗きこんで声だけで心配そうな雰囲気を伝える。
それに対し大丈夫だと笑顔で告げた。
笑わずとも、話す度にこちらをちゃんと見て目を合わせて話す彼女に好感を持てた。
だからだろう、気分を良くした黄瀬はうっかり本音をこぼした。
「むしろいい思いしたんでいいスよ」
「えっ……黄瀬くんってそんな趣味?」
「イヤ違うっスよ!そんなわけないでしょ!」
「大丈夫、だれにも言わないから」
苦笑いで否定する黄瀬をよそに、真顔で応える彼女は意外と天然なのかもしれない。
高値の花と言われているくらいだから、お高く止まった感じかと思っていたがそうでもないようだった。
話しやすい子だな、と彼女に対する印象が変わると好感度は右肩上がりだ。
「でもまさか黄瀬くんにぶつかるなんて……」
独り言のように呟く彼女の言葉を聞いて、ふと気付いた。
「あれ?そーいえば、オレのこと知ってるんスか?」
思えばついさっきも自然に名を呼ばれていた。
有名な彼女が自分のことを知っているのかと驚いたが、自分もそうかと彼女の言葉で把握する。
「黄瀬涼太くんでしょ?君が歩けば女子の群れも動くから目立ってるもん」
「さすがに知ってるよー」と少し呆れ混じりの間延びした口調で返されたのだ。
しかし当の本人もいつも後ろで男の群れが騒いでいることを分かっていない訳ではないだろう。
「そういうそっちは、白藤優衣サンっスよね」
「そうだねぇ」
「…………」
同じように有名だと伝えようかと息を吸い込んだが、黄瀬はその言葉を声に乗せることはせず、息を吐きだすだけにした。
彼女の先程からの呆れたような口調は、言外にくだらないと言われているのだと気付いたからだ。
興味が無いのだろう。
実際、黄瀬を目前にして冷静に対話する彼女は、人気者の黄瀬クンより腕の中にしか興味が無い様子だ。
常に意識はそこにいる猫に向いている。
猫はもう落ち着いたのか優衣の指で喉を鳴らしている。
彼女が子猫に向ける表情は穏やかで、その手はずっと優しく撫でてやっている。
その表情に見入っていると、徐に目があった。
「あ、ごめん。そうだ、顔に傷はないみたいだけど、体は大丈夫?」
存在を忘れていたという意味だろうか。
謝罪とともに、ふと思い出したかのような言葉をかけられた。
少し切ない気持ちを抱きながら、黄瀬は体を動かし痛みを探す。
僅かに困惑した表情を浮かべた彼女は、様子をうかがいながら言葉を続けた。
「“見た”感じは大丈夫そうだけど、何かあったら言ってね?」
「気にしなくていいスよ。女の子にどうにかしてもらおうなんて思ってないんで」
「逆に気にしないで。父が医者だから、そっちになんとかしてもらうよ」
「へぇ!お医者さんなんスか!」
その言葉に声を上げた途端、彼女を取り巻く空気が変わった。
それは廊下ですれ違った時のような、人を寄せ付けない雰囲気で、黄瀬は思わず息をのむ。
「あー、うん……」
歯切れの悪い言い方をしながらも真っ直ぐに向けてくる目は鋭く、その目に射抜かれるような感覚は拒絶されたのだと分かり身が竦んだ。
しかしその目の奥には、なにかを求めているように、小さく光り輝くものがある気がした。
違和感を感じ、なぜ彼女はこのような目をするのだろうと思案する。
「……なんか、嫌なことでもあったんスか?」
違和感を拭いたくなり問いかけるが、彼女は無表情のまま目の色を失わせた。
なにも見ないような、全てを閉ざすような目に言葉が詰まる。
軽く深呼吸をして、なんとか声を発した。
「何があったか知んないっスけど、お父さんがお医者さんってカッコイイじゃないっスか〜」
「そうだねー」
「白藤サンが風邪ひいても直してくれるし!」
「そうだねー」
先ほどまでのような緩い言い方ではなく、彼女の口から出るのは抑揚のない無機質なものだった。
突然変わった彼女の様子に疑問を感じつつも、黄瀬は立ち上がりながら言葉を続ける。
「白藤サンがいつも元気でいられるんスよ!」
ただ彼女の雰囲気を壊したい一心で出てきた言葉だった。
反応を示さない優衣を一瞥し、「健康って大事っスからね〜」と砂埃を払いながら付け加えて、体の様子を再度確認する。
頭の上に降ってきた彼女に下敷きにされたが、どこも痛くはないので大丈夫だろう。
「今んとこ大丈夫みたいスね。ま、何かあったら責任とってもらうっスよ!」
軽く冗談っぽく言って彼女を見ると、拍子抜けしたような表情を浮かべていた。
「あれ……どうかしたっスか?」
「いや、黄瀬くんってお年寄りみたいなこと言うなって」
「……それヒドくないっスか?」
「うそうそ、短絡的なんだなーって感心しちゃった」
「いやいや!なんかそれもっとヒドくないっスか!?」
確かに年寄りじみたことを言ったかもしれないが、短絡的だと言われたことに軽くショックを受ける。
しかし彼女はそんな様子をさも楽しんでいるかのように、目を細めて言葉を続けた。
「褒めてるんだけどねー」
「褒められた気がしないのはなんでっスかね〜」
「うわー、当たり前なことは言うのにねー。受け取り方はひねくれてるんだー」
「なんスかそれ!」
くつくつと笑う彼女は少ししたり顔で、なんだか憎めないと思った。
さっきまでの違和感や雰囲気はもうない。
むしろその顔は控えめだが笑みを浮かべて、緩い口調にも温かみがあった。
こうやって話す彼女のほうが好きだと感じた。
不意に、「ミャアー」と気の抜けた鳴き声が響いた。
彼女も立ち上がり砂埃を払っていると、腕の中の子猫が鳴き始めたのだ。
「お腹すいてるのかなー」
「親ネコはどこにいるんスかねぇ」
ふたりで周りを見渡すがそれらしき姿はない。
「ねぇ、やっぱりネコって魚?あ、子猫だしミルクかな?」
彼女の声に反応し、顔二つ分ほど小さい優衣を見下ろす。
自分を見上げながら話す彼女の喜々とした様子が、なんとも愛らしく感じる。
先程の射抜くような目の奥にあった小さな光も、今は全面に輝いているように見えた。
その目を見つめながら、黄瀬は思わず言葉をこぼしていた。
「可愛いっスね」
「ね、可愛いよね。首輪もついてないし、野良なら飼おうかな」
「てか好きっス」
「黄瀬くんもネコ好きなの?」
いや白藤サンが、と心の中で突っ込みをいれて彼は気付く。
自分は何を言っているのだろうか。
無意識に告白まがいなことをしていた。
しかも完璧に流された、というか気付かれなかった。
思ってもみなかった自分の行動に呆然としていると、彼女はふと見上げて呟いた。
「わたしも好き」
(あ、やばい……)
───目の前が、輝いたような気がした。
一瞬で色付いた彼女と自分だけの空間に、息を吸うのも忘れそうになる。
猫の鳴き声が聞こえた瞬間、気づけば黄瀬は優衣の肩に手を置いて迫っていた。
「オレもお世話したいっス!優衣っちが飼うなら、お手伝いしに行ってもいいっスか!?」
「え、家に?」
「そうっス!てか行くっス!」
「え、決定事項?別にいいけど、なんで優衣っち?」
「それはー……仲良くなったからっス!優衣っちも名前で呼んでくれていいっスよ!」
「……黄瀬くんってほんと短絡的だねー」
「ダメっスか?」
そう言って首をかしげれば、彼女はふわっと笑顔をこぼし、優しい声で答えた。
「いいよ、涼くん」
まっすぐと背筋を伸ばしてオレを見上げる君の顔は、最高に可愛い笑顔。
ひまわりみたいで、自然とこっちも笑顔になるような、そんな笑顔。
これが、一目惚れってやつっスかね───。
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モデルの肩書きがなくてもおモテになる黄瀬氏
ただのメンクイな黄瀬氏
2018/04/27 (2012.12.24)
(
Clap!)
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