君と曇り空を扇ぐ
「オマエ、バスケに興味なかったんじゃねーの?」
部活が終わり自主練習が行われる中、青峰は観覧席にいる優衣の元へと足を運んだ。
「お疲れ、ダイ」
「ああ。んで、どうなんだよ?」
前に屋上でバスケをしていると言った時の彼女の反応には少し引っかかりを覚えたが、それは興味があるようには見えなかった。
しかし、見学に来たのは今日で二回目だ。
前回は赤司が連れてきていたが、今日は練習が始まった後、気付けば彼女は観覧席にいた。
自ら足を運ぶほど興味をもったのかと、青峰もまた興味本位でそのことを問いかけた。
「どちらかと言えばなかったね。今まで見たこともやったこともなかったしねぇ……」
「は? 見たこともねぇのか?」
「ボール投げるだけの、お遊び程度のバスケしか見たことないよ」
「んじゃなんで見に来たんだよ」
「ダイがバスケしてるって言うんだもん」
優衣は少し口を尖らせ、なぜか不服そうに答えた。
「オレのせいみてぇな言い方だな」
「まぁ結果的に、ダイのせいで気になるようになっちゃったのかなー」
「なんだそれ。(オレがわりぃのか……?)」
青峰は思うだけで口にはせず、優衣の隣の椅子に深く腰掛けると、指先でボールを回し始める。
声は変わらず不服そうだったが、青峰には優衣の表情はどこか嬉しそうに見えた。
きっと悪いことをしたとまで思わなくてもいいのだろう。
しかしなぜ、わざわざ上で見ているのだろうか。
抱いていた疑問をぶつけてみようと、青峰は口を開こうとした。
「それに、観察するのは嫌いじゃないよ」
「……は? 観察?」
しかし優衣の言葉に遮られ、それも意味が分からないことを言い出したので思わず眉をひそめた。
「ダイの好きなザリガニ観察みたいな感じ?」
「相変わらずよく分かんねぇな……」
バスケとザリガニがどうして一緒になるのだろうか。
それにザリガニは採取が好きで観察が好きなわけじゃないし、そもそも観察ってなんだ、と首をひねりながら独り言のように呟いた。
「つーか、そんなんじゃルールとかも知らねぇんだろ?」
「一応、ルールブックとか読んで、ちょっと勉強した」
「勉強ってお前……」
机に向かうことが得意ではない青峰は、勉強という言葉に顔をしかめる。
その姿に優衣はくつくつと笑うと、自主練習をする部員に目を向け口を開いた。
「分かると楽しいね、バスケ」
「やってるほうが楽しいぜ」
「ダイが楽しそうにバスケしてるの、見てるほうが楽しいよ」
「そうかよ」
優衣は優しく微笑み、小さく頷くと、少し弾むような声で言葉を発した。
「うん。だってダイ、すごくキラキラしてる」
「……っ」
そんな優衣の横顔を見て、青峰は思わず息を呑んだ。
*
翌日、優衣は風薫る屋上で、フェンスに寄りかかりひとり昼食をとっていた。
昼食といっても手に持っているのはパウンドケーキで、もう片方の手には、バスケットボールの解説書を携えていた。
お手製のパウンドケーキにはオレンジピールを入れてきた。
(気持ちいいなー……)
お気に入りの味で作ったパウンドケーキを頬張り、新緑の香りに包まれて、そして、興味を持ったものに触れている。
優衣にはどうしてか今この瞬間が、とても心地よく感じられた。
初めてバスケ部の見学に行った帰り、優衣は「気になることは聞いてくれ」と赤司に言われ色々と質問を繰り返した。
その様子に何を思ったのか、赤司は次の日、解説書などを用意してきた。
分かりやすくルールや用語を載せたものや、実践テクニックや練習方法など、バスケを詳しく解説したものなど数冊の本を手渡すと、
「バスケのことを少しでも知って、それから、もう一度見に来るといい」
と微笑みながら彼は言ったのだ。
それは行かないという選択肢はないと言わんばかりの雰囲気で、優衣は受け取った本を思わずきゅっと握りしめた。
これは読み込まないとあとでバレたら心苦しいな、と感じた優衣はそれ以来、暇を見つけては解説書に目を通していた。
そして昨日、ある程度それらを読み進めた優衣はもう一度、見学に行ってみたのだった。
知っていると知らないとではこんなに違うのかと、優衣は心が弾むのをどこか他人事のように捉えながらその時間を過ごした。
友人であるふたりの姿はこの日も変わらず楽しそうで、彼らの動き方が分かるようになった優衣も、こうして見ていることが楽しいと感じ始めていた。
だから、気づけば青峰にも素直に「楽しい」と言っていた。
自分の口からその言葉が出たことに、正直自分でも驚いた優衣だったが、やはり彼らの姿を思い浮かべるだけでも胸が高鳴るのだ。
ただ、ふたりを見ていたいから、という理由だけでマネージャーをする気には、さすがになれなかった。
赤司はマネージャーになることを望んでいる。
いや、望んでいるというよりは、彼の中ではきっと決定事項なのだろう。
そのことを考えると、練習の間、ずっと世話しなく動いていたマネージャーたちの姿が思い出される。
向けられる悪意の目から逃げるように、知らない人だらけの土地に来たような自分だ。
人と関わることが怖い、そんな臆病な気持ちがずっと心の中に渦巻いているのに、そんな自分がマネージャーという人をサポートする仕事なんて、出来るはずない……。
優衣はそう思うと、途端に気持ちがしぼんでいくのを感じた。
(せっかく、気持ちよかったのに)
清々しい初夏の風も感じられなくなってしまい、優衣は本を閉じ、目を伏せた。
「───やっぱ来てんな」
ギィ、と屋上の扉が開く音とともに、いつもの彼の声が聞こえた。
扉の向こうから黒い顔を覗かせた青峰は、優衣を見るとそう言って屋上へと足を踏み入れた。
「やっぱって、なに」
「お前、昨日帰りに『また明日』っつったろ」
「……ああ」
「なるほど」と独りごちると、手に残っていたパウンドケーキを口に放り込み、青峰が座る隣にブランケットを広げた。
昨日、観覧席で少し話をした後、優衣は用事があるからと席を立つと、挨拶がわりに「また明日」と言って帰ったのだ。
それは今日ここで待ち合わせるつもりでそれを言ったわけではなかった。
だがクラスが違う彼にそう言ったことで、ここで会うと伝えたようなものになってしまったのか、と納得した。
しかしわざわざ訂正するまでもないかと思い、まあいいか、と心のうちで呟いて優衣は彼の隣に腰かけた。
「昼飯、なに食ってたんだ?」
相変わらず制服の色を気にしない青峰は、カーディガンのまま寝転んで空を眺めている。
その視線を動かすことなく彼は問いかけてきた。
「今日はねー、早起きして作ったお気に入りのパウンドケーキです」
「ああ? ケーキだぁ?」
「……なにケーキにガン飛ばすみたいな言い方してんの」
「いやそんなつもりじゃねーけど。お前、昼飯そんなんばっか食ってんのか?」
「パン系は手軽でいいよねー」
「お前なぁ……ちゃんと食えよ、もたねーだろ」
「好きな食べ物ならお腹も心も満たされるんだよー」
口元を綻ばせながら、優衣も寝転んで空を見つめた。
青峰が心配してくれるような言い方をしてくれるのが、くすぐったかった。
初めて会ったときから、青峰は気にかけているような言い方をする。
しかしそれは、純粋に気になっただけだったり、自分の欲望のままに動いているだけだった。
人の心を引っかき回すような、下品な感情ばかりに触れてきた優衣にとって、彼の素直な言葉にはとても心地よさを感じていた。
「もうねぇのかよ」
不意に視線を感じ、横を見ると目をそばめる青峰と視線がぶつかる。
「…………欲しいの?」
「まだ小腹空いてんだよ、あるならくれ」
「それ頼む態度ー?」
「なんだよ、分かった分かった。あるならよこせ」
「いやむしろ態度悪くなってるから!」
気だるそうに手のひらを差し出してくる青峰に、優衣は笑いながら体を起こし、鞄を開く。
「本当は差し入れだったんだけどねー」
「差し入れ?」
「はい、どーぞ。オレンジピールのパウンドケーキです」
「心して食べてね」と冗談めかして手渡した。
しかしそんなおしゃれな名前を知らない青峰は、「みかん味のパンか?」と言いながら頬張っていた。
本当はこのパウンドケーキは、今日の放課後、バスケ部に差し入れするつもりで作ってきたものだった。
マネージャーになる気はないと思っているのに、どうしてか青峰に「また明日」と言って、今日は早起きして差し入れを作ってきていた。
優衣は自分の言葉と行動がチグハグな様子に、自分でも戸惑っていた。
まだ、もう少し、彼らの楽しそうな姿を見ていたい。
そう思う気持ちから、目を反らせなかった。
「そーいえば、お前さ」
黙々と食べていた青峰が口を拭うと、思い出したかのように話し出した。
「赤司と仲良いのかよ」
「征? まあ、そうだねぇ。同じクラスで席が隣なの」
「……ふーん」
青峰はそれだけ言うと、再び寝転んで、空を眺めるだけになった。
自分で聞いといて興味がないのか、青峰の気のない返事で会話が終了した。
この質問には本当になんの意味もなかったのかと、優衣は寝転ぶ青峰を覗き込むようにして目を合わせた。
「なんで?」
「……別になんでもねーよ。パンうまかったわ、ごっそさん」
そう言うと青峰は背を向けて寝入る体勢になってしまった。
彼の後ろ姿を見て優衣は首を傾げた。
優衣は無意識に“見て”しまうから彼のその行動の意味を知っていた。
彼が目をそらす時は、嘘をついている時だと。
何気ない会話をしていて分かったことだ。
彼は説明が面倒になると目をそらして、「知らねぇ」とうそぶくのだ。
「なんでもなくはないと思うんだけどねぇ……」
優衣がぽつりと零すと、彼の身体の向こうからくぐもった声が聞こえた。
「……アイツと一緒に来たろ、部活」
「ああ、最初の見学?」
それの何が、と思いながらも優衣は言葉を続けた。
「前にね、暇なら見に来いって誘われて。ダイもバスケ部だって聞いたから、行ってみるって言って連れてってもらったの」
「そういうことかよ」
ボソッと呟く青峰を見て、またも首を傾げる。
いまだ重たい空気を醸し出す彼は、一体何に引っかかっているのだろうか。
「それがどうかしたの?」
「いや……そもそも赤司は、なんでバスケに興味もねぇお前を誘ったんだよ」
「わたしも聞きたいよー。なんか、マネージャーになるって予言されたし」
「マネージャー? なんでだよ」
「さぁ、征はむずかしいからよく分かんない」
「オレは単純だから分かるってか?」
なぜか、少し強張った声でその言葉は吐き出された。
気怠そうな彼ならいつも見ていたが、いつもと違う様子に目を見張る。
「どうしたの。なにを怒ってるの?」
「怒ってねぇよ」
「じゃあ、どうして不機嫌なの?」
「不機嫌でもねぇ」
「…………拗ねてるの?」
青峰の肩がピクリと動く。
「……いや、わりぃ。今のはアレだ、八つ当たりみてぇなもんだ」
「べつにいいけど……」
初めて見る彼のこんな姿に、優衣は戸惑うどころか、もっと彼を知りたいと思い始めていた。
元来の、人に対して好奇心を抱いていた幼少の自分が、心の隅から顔を覗かしているような感覚だった。
「昨日、オレのせいでって言ってたろ」
「……言いましたね」
優衣ははっとした。
咎めるつもりで言ったわけではなかったが、言い方がよくなかったな、と言葉を発した時に少し気になったのだ。
もしそれが気に障ったのならやはり失言だったな、と謝ろうとした。
しかし、優衣のそんな思いとは裏腹に、青峰の低い声が続いた。
「でもさっきの話だと、やっぱ赤司が最初なんだろ?」
「……へ?」
「お前、友達とか全然いねーんだろうなって思ってたけど、いてよかったじゃねーか」
面白くないと言わんばかりの、投げやりなその言葉に優衣は唖然とした。
そして一瞬思考を巡らせ、ようやく全てが繋がると、思わず声を上げて笑っていた。
「あっはは!……いや、笑ってごめん。でもまさか」
「なんだよ」
睨みつけるようにぎろりと見てくる青峰の視線を躱して、広い空を見やる。
「拗ねるとは思ってなかったから」
優衣の心はまだ青峰の発言で心がくすぐられていた。
友人がいたというだけで、まさか彼が拗ねるとは思ってもみなかったのだ。
前にここで「オレがいれば」発言をした彼は、どうやら本当にそう思っていたらしい。
「拗ねてるっつーのか……なんかよく分かんねぇけど……」
きっとなんだかんだと優しい彼のことだから、色々考えてくれたのだろう。
そして考えていたら面倒になって、投げやりな態度になったんじゃないだろうか。
もごもごと話す青峰を見て、そんなことを思うと優衣は頬が緩むのがわかった。
「ありがとう」
素直に、その言葉が出た。
「なにがだよ」とそっぽを向く彼を横目に、心地よい風が吹く屋上で、優衣は空を仰いだ。
「ダイのおかげで、バスケ楽しそうだなって、見ていたいなって、思ったんだよ」
素直な感情をぶつけてくれる彼に、自分も素直でありたい。
昨日は言えなかった正直な気持ちを、優衣は言葉にした。
「そうかよ」
ぽつりと零す彼の横顔は優しくて、優衣は笑いながら、心の隅に置いていた思いもそっと吐き出した。
「ダイがあんまりにも楽しそうだったから、ちょっとマネージャーってのも考えちゃったよねー」
「じゃあやってみればいいんじゃね?」
すると、青峰はさらりと言い放った。
「いやいや、わたし未経験もいいとこだし」
「べつにいいんじゃねーの? さつきもそんなに詳しいわけじゃねーだろうけどやってるしな」
「さつきって、幼馴染の子だっけ?」
小学生の頃の話を聞いた時に何度か出てきた名前だ、と優衣が反応すると、「そいつもマネージャーやってんだよ」と教えてくれた。
なるほど知識がなくてももともと出来るものだったのか、と知り優衣は思わず自嘲した。
マネージャーをさせたいと言う赤司が解説書などを渡してくるのだから、知識がないといけないのだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
もう少し気軽に、彼らと一緒にいてもいいのかもしれない。
そう思って、顔を上げた時、白い歯を見せて笑う彼と目があった。
「優衣がマネージャーやったら、もっと楽しくなりそうだけどな」
清々しい風が吹く。
日が陰り雲の隙間からうっすらと光が射し込むだけだった屋上が、彼の言葉に応えるかのように、一気に眩しさを取り戻していく。
優衣はその光に目を細めて、「そうかな」とだけ呟いた。
君 と 曇 り 空 を 扇 ぐ
「でも暇じゃないんだよー。ネコ飼い始めちゃったし」
「は? ネコ?」
「可愛いんだよー。見る?見ない?ってか見て?」
少しはしゃぎながら優衣は携帯電話の画面を見せる。
青峰は見てるのか見てないのか、「おー」としか相槌を打たない。
しかしめげることなく優衣はネコ自慢を続け、しばらくふたりでひなたぼっこをした。
彼が笑うたびに、心が温かくなるのを感じながら───
───もし君に、陰りを落とす雲があれば、その時はわたしが力一杯、空を扇ぐよ。
君を隠す雲なんて、わたしが吹き飛ばすから。
君の笑顔を、ずっと見ていたいんだ。
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ピュア峰さん口説きすぎ問題
2018/05/04
(
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