後味は甘い方がいい
「アレ、あの子じゃない?」
部活に行く途中、紫原はだらだらと歩いていると赤司に発見された。
早くと促され一緒に部室へ向かっていたのだが、不意にその足を止めた。
なんとなく目を向けた先に現れた人物に、見覚えがあったからだった。
その人物とは、近頃いつも観覧席で部活を見学している女の子。
赤司が連れてきたその子は時折、クッキーやドーナツなど、”差し入れ“という手作りのお菓子をくれる。
その差し入れは毎回赤司が配るため、紫原は彼女と話したことはなかったが顔はよく覚えていた。
体育館に行くとまず、観覧席にいる彼女の姿を確認するのがいつの間にかクセになっていた。
お菓子が美味しい上に好みの甘さで、紫原はいつも楽しみにしていたのだ。
その女の子が昇降口から出てくるところと、紫原がなんとなく視線を向けたのは、ほぼ同時だった。
あっ、と思い足を止めて眺めていたら、彼女の後ろから黄色い髪の男子生徒が現れた。
立ち止まってなにか話してる様子だったが、彼女はすぐに歩き出す。
すると、黄色い髪の男子生徒が、彼女の腕をつかんだ。
その瞬間、隣にいる赤司の雰囲気が、変わるのが分かった。
「いくぞ、紫原」
そう言ってまた部室へと足を動かした赤司のあとについて、紫原も歩き出す。
しばらくすると周りの生徒から、小さな悲鳴のような、驚いたような、様々な声が上がり少し周囲が騒がしくなった。
前を歩く赤司をちらりと一瞥して、紫原は振り返った。
彼女の姿が、男子生徒に隠されて見えなくなっていた。
「……今日は差し入れないんだね〜」
すぐ視線を戻して、赤司の後ろ姿を見ながら呑気な声でそう言った。
しかし赤司はその声にも無反応で、それは大きな独り言になった。
後 味 は 甘 い 方 が い い
「今日は差し入れある?」
突然目の前に現れた壁は、優衣の頭上から人の声を発した。
廊下を歩いていたら出会ったそれは、見上げてみればバスケ部でよく見かける人物だった。
「えっと……あるけど」
優衣はなぜ彼にそんなことを聞かれるのだろう、と戸惑いながら答えた。
この日、朝から降る雨は優衣の気分を簡単に急降下させた。
ここ最近気に入っている屋上での昼食が今日は出来そうにないと知った朝、優衣はカーテンを掴んだまま恨めしそうに空を睨んだ。
しかし睨んでも窓の向こうの雨は止まない。
日向ぼっこしながら食べる弁当は、自分で作ったものでも美味しく感じられるのに……と肩を落とし、もうそれが出来ないのなら今日は学食で済まそう、そう思い優衣は弁当を作らなかった。
そのため、いつも弁当を作っている時間は差し入れを作る時間へと十分に充てられた。
手間のかかる焼き菓子を作り、それは手提げ袋に入れて濡れないように持ってきていた。
「今日はなに?」
目の前にそびえ立つ大きな人物は、腰を屈めて顔を近づけてくる。
首を傾げて質問を投げてくるこの人物の名はなんだったっけ、と優衣も首を傾げながら答えた。
「今日はカップケーキだよ」
すると彼は更に顔を近づけ、徐に優衣の首元に鼻をうずめた。
驚いた優衣が何事かと後ずさると、顔を上げた彼と目が合う。
「抹茶のやつ?ホワイトチョコもあるの?」
優衣は唖然とし、咄嗟に反応が返せず沈黙を作った。
*
紫原にとって、優衣が観覧席にいるかいないかは、その日の部活へのモチベーションを大きく左右するものだった。
無気力な彼は必死に練習に取り組むなんてことをするはずがなく、負けたくはないから、という理由で常に与えられた練習メニューをこなすだけだった。
だが彼女がいる日は練習が終われば美味しいお菓子が食べられるため、練習に対するモチベーションは自然と高まった。
早く終われ、といつもより少しだけ早く動いたりした。
それがここ三日間、彼女は姿を見せなかった。
もちろん差し入れもなく、紫原は肩を落とし続けた。
そこで昼休憩に廊下で彼女を見かけた紫原は、期待を募らせるばかりなのはもうごめんだと彼女に声をかけたのだった。
そして、お菓子を見事に言い当てた。
「なんかクシャミ出そうな匂いがする」
紫原は目を合わせたまま動かない彼女に、抹茶の匂いで粉末を連想したのか鼻をひくつかせながらそう言った。
「あと普通のチョコよりも甘い匂いがするー」
まったりとした口調で言いながら、身体を元の姿勢に戻した。
すると、終始無表情だった優衣はどこか納得したような表情を垣間見せ、小さく頷いた。
「そっか」
無表情のままそう言うと、徐に制服のポケットに手を入れた。
「正解した記念に。飴ちゃんどうぞ」
彼女はポケットに入れていた手をゆっくりと紫原に差し出してきた。
条件反射で手のひらを出すと、ぽとり、と飴玉が落ちてきた。
「よく分かったね」と添えられた言葉で、ご褒美を貰えたような気分になり心が弾む。
「ありがとー」
紫原はへにゃりと笑うと、さっそくその飴玉の包み紙の両端を引っ張った。
「また放課後、お邪魔するね」
そう言って離れていく彼女を見送り、紫原は白い飴玉を口の中に放り込んだ。
「おいしー」
ミルク味の飴玉は、ご褒美という味が加わり今まで食べたものよりも甘く、美味しく感じた。
放課後になり、部活に参加するべく部室へと向かう。
大好きなまいう棒を抱きかかえ歩いていると、廊下の先に赤司と飴玉をくれた女の子の後ろ姿が見えた。
「赤ちんだー」
そう呟くと、声を聞き取ったのか前を歩くふたりが振り返った。
「紫原か」
立ち止まるふたりに追いつくと、赤司の隣に立つ彼女がじっと見上げてくる。
「なに?」
「そう、紫原くんっていうのね」
「うん」
「彼だよ」
名を確認すると、彼女は赤司に向き直りそう告げた。
「ああ、そうだろうね」
「なにがー?」
赤司は納得しているが、当の本人は何の話か分からない。
紫原はまいう棒にかじりついたまま問いかけた。
「今ね、廊下でバスケ部の人に差し入れを当てられたよって、ちょうど話してたの」
「飴玉おいしかったー」
「なんのことだ」
会話のキャッチボールが変化球だったことに対し、赤司が若干眉をひそめる。
それに気付いた彼女は、すぐさま説明を付け加えた。
「当てられたからね、飴ちゃんあげたの」
「あれもうないの?」
「今日はもうないや。ごめんね」
「ケーキは?」
「それはもう征に渡してる」
「……セイ?」
聞きなれない名前に首を傾げる。
すると彼女は、隣に立つ赤司を指差すことでその疑問に応えた。
「赤ちん、セイって呼ばれてるんだー」
「ああ、そうだよ」
「へーなんかいいなー。ねえ、オレも呼んでよ」
「君の名前、知らないもん」
「あつしー。優衣ちん、でしょ?」
「……知ってたのか」
赤司が意外だと言うように少し驚いた声で口を挟んだ。
普段からお菓子にしか興味のないような人間だ。
有名といえど紫原が優衣のことを知っているとは思っていなかったのだろう。
実際、紫原が彼女の名を知ったのはつい最近で、それも偶然のことだった。
昇降口で優衣を見かけた次の日、教室では朝から『高嶺の花に彼氏ができたらしい』と皆が口々に騒ぎ立てていた。
興味のない話が耳を傾けなくても聞こえてくる。
紫原は我関せずとお菓子を食べていたのだが、突然、ざわついていた教室が静まり返ったことでふと視線をあげた。
教室中の視線が、廊下に向かっていることに気づく。
自然と紫原もその視線の先に目を向けた。
するとそこには、部活のときに差し入れのお菓子をくれる、あの女の子の姿があった。
彼女が通り過ぎ、またざわめき始めた教室の中で噂の人物は彼女かと知る。
その時、彼女が白藤優衣という名だと知ったのだった。
紫原の目の前にいる噂の彼女は、赤司より少し背が低くて、でも赤司よりも大きくてくりっとした目をしている。
そしてすらっと細く長い手足は白くて、その白い肌は、なにかお菓子を彷彿とさせるようだった。
「アツシくん、ね」
何かに似てる、と思いながら優衣を見下ろしていると、興味が無いと言わんばかりに響く声で彼女は紫原の名を発した。
それは不協和音のように響き、紫原は思わず顔をしかめた。
赤司を呼ぶそれとは確実に違って聞こえたのだ。
「優衣ちんはこの前の人と付き合ってるの?」
どうにも面白くないと感じ、投げやりに問いかけた。
投げやり、とは言っても彼女の名前を知るきっかけになった出来事だったので、全く気にしていない訳でもなかったのだが。
わざわざ聞く気があったわけでもなく、話題を変えるような感覚で言ってみただけだった。
「……なんのこと?」
しかし彼女はどこか棘のある言い方で質問を返してきた。
「この前、昇降口で手つないでたひと」
「見てたんだ」
「赤ちんと見たんだよね〜」
「そうなの?」
「ああ、部活に行く途中にな」
「あれは手を繋いでたわけじゃないし、付き合ってもないからね」
彼女の言葉を、赤司は表情を変えることなく聴いている。
それを見た紫原は、ついでだと思いもうひとつ質問を投げかけた。
「じゃあ、赤ちんと付き合ってるの?」
「……なんでそうなったの?」
その質問には呆れた様子で返された。
赤司からも若干睨まれている。
あの時、赤司の様子が途中から変だったことがなんとなく気になった。
彼女をバスケ部に連れてきたのも赤司だし、何かあるのだろうと勝手に思っていたのだ。
しかし今あの時のことに触れても赤司は様子を変えることはなく、優衣もその質問に呆れ顔を浮かべた。
「べつに〜」
紫原は新しいうまい棒の封を切りながら、面倒くさそうにそう呟く。
実際聞いたところでそうだと返されても反応に困るし、やはり聞かなくてもいいことだったな、と感じ適当に言い訳を並べた。
「高嶺の花に彼氏ができたってみんなが言ってたから、聞いてみただけだし」
それは、何の気なしに言い放った言葉だった。
だがその途端、彼女の雰囲気が変わった。
変わらぬ無表情なのに、目は力強く鋭さを放つ。
その目に射抜かれるような感覚に、紫原は優衣から目を離せなくなった。
小さな光が、彼女の瞳の奥から輝きを見せる。
紫原はふと既視感をおぼえた。
そのキラキラしたものに見覚えがあったのだ。
(アレみたい……)
ぽとっ、と音がした。
「あーーー」
気付けば手に持っていたうまい棒を落としていた。
それを拾い彼女に視線を戻すと、先程のキラキラした光はもうなくなり、いつもと変わらない無表情に溶け込む目になっていた。
「なんで?」
「……なにが?」
唐突な質問を放り投げられ、優衣は僅かに眉をひそめる。
しかし紫原はそんな優衣の様子にも構わず、残念そうに口を開いた。
「さっきの目、水飴みたいでおいしそうだったのに」
昔見た、太陽の光が反射してキラキラしていた水飴を思い出した。
キラキラした水飴はとても美味しそうで、食べたらやっぱり美味しくて、優衣の目はあの水飴のキラキラに似ていると感じたのだ。
それを素直にそのまま伝えるが、優衣は茫然としたまま何も言わず、紫原もそのあとになにか続けるでもなくそんな彼女をただ見つめた。
その立ちすくむ彼女の小さな丸い顔と、色の白さに、紫原は次第に既視感を覚え、そしてやっと気付いた。
(あ、マシュマロだ……)
先ほどのキラキラした目も水飴のようだったのに、顔はマシュマロみたいで、ついでに甘い匂いもする。
彼女はお菓子でできているからいい匂いもするのだろうか。
なんて考えているうちに、無性にマシュマロも食べたくなり、紫原はひとり食欲をそそられソワソワし始めた。
「紫原には、そう見えるんだな」
不意に、赤司がひとり言のように呟いた。
彼を見るといつもより随分と穏やかな表情を優衣に向けている。
その言葉に優衣は次第に頬を赤く染め、
「部活、遅れちゃうよー」
と呟き身を翻した。
その様子が面白かったのか、赤司は目を細めながら彼女のあとを歩く。
(早く駄菓子屋いきたいな〜)
今日は帰り道にある駄菓子屋で水飴とマシュマロを買って帰ろう、そう心に決めて、紫原もふたりのあとに続いた。
*
全体での練習が終わり、各々が自主練習を始める中、紫原はふてくされていた。
その原因は優衣が用意してくれていた差し入れの行方にあった。
一旦、部での練習が終わってから赤司が見学者からの差し入れだと渡したのは、ホワイトチョコレートでデコレーションされた抹茶のカップケーキだった。
それを灰崎が、紫原の手から奪い取って、目の前で丸呑みしたのだ。
キレた紫原が灰崎に食って掛かり、あわや大惨事になりかねない状況を赤司や先輩たちがなんとか止めた。
騒然とした体育館は徐々に落ち着きを取り戻したが、ひとり佇む彼の心中が穏やかになることはなかった。
『お菓子は正義』と言い張る彼にとって、お菓子を奪われあまつさえ目の前でそれを食されたことは屈辱に等しい。
ふてくされたまま、今日はもう帰ってやけ食いをしてやろうと決め込み部室へと向かう。
それに対し赤司は何も言わずにその姿を見送り、青峰は「灰崎もよくやるよなー」と他人事のように言い、緑間は黙々と自主練習を行っていた。
口を尖らせながら体育館をあとにすると、しばらくして後ろから声をかけられた。
「アツシくん、帰るの?」
声がした方に振り返ると、普段と変わらない無表情を携えた優衣がいた。
「マシュマロ食べたいから」
「そっか」
不機嫌のままそう言うと、抑揚のない声が返ってきた。
彼女が悪いわけではないのだが、紫原にとって今は、優衣を見ることは嫌な気持ちを思い出す材料にしかならない。
その人物が興味のないような反応しか示さないことは、紫原を余計に不機嫌にさせた。
雨が降る外の空気もジメジメとしていて気分が下がる一方だった。
「梅雨まだなはずなのに、嫌な空気だね」
眉間にシワを寄せた紫原の耳に、言葉とは裏腹な優しい声が届いた。
口元を緩めた優衣が、ゆっくりと顔を上げて、ふたりの視線が絡まる。
「こんな時は、やっぱり甘いものだと思うワケですよ」
そう言って、彼女はポケットに入れていた手を差し出した。
またも反射的に手をだした紫原に対し、彼女は満足気に微笑んだ。
手のひらに、ぽとり、と落ちてきた飴玉。
それはもうないと言っていた飴玉……の、限定品。
「抹茶味!」
思わず、ないと言っていたことよりも限定品であることに声を上げた。
すると彼女はくつくつと笑い、小さく呟いた。
「ジメジメした後味、なくなるといいな」
そう言い残して立ち去る彼女の後ろ姿を見送りながら、紫原は飴玉の包みをはがす。
優衣からしていた香りがふわりと鼻をくすぐる。
紫原は一度その飴玉を目の前にかざしてから、ぽいっと口に放り込んだ。
「おいしー」
抹茶の色だけでほとんど苦味のないその飴玉はとても甘く、先ほどまでのイラつきも消えてしまうようだった。
口の中で広がる甘い味に浸りながら、小さくなっていく彼女の背中を見つめて紫原は思った。
(やっぱり優衣ちんって、お菓子でできてるんじゃないかなー)
−−−−−−−−−−−−−−−
ほんの出来心で灰崎さんをただの噛ませ役で登場させてしまうなど
2018/05/17(2013.01.17)
(
Clap!)
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