君を赤く染めて
「赤司くん、これを届けて欲しいの」
放課後、副担任に呼ばれた赤司は職員室へと足を運んだ。
まだあどけなさが残る新任の女性教師は笑顔を携えその言葉を告げた。
「白藤さん、今日風邪でお休みだったでしょう?」
「ええ」
「それでね、白藤さんのお家が赤司くんのお家から近いの。届けてくれないかな?」
まるで幼い子にお使いを頼むかのように、副担任は首を傾げながらそう述べる。
赤司はそれに対し軽く笑みを浮かべ頷いた。
「分かりました」
また彼女と話をしたいと思っていた赤司は、いい機会だと思った。
なにかキッカケがあれば、彼女の”目”をもっと詳しく知ることができるだろう。
その為にもう一度ふたりきりで接触したいと考えていた。
終礼で配布されたプリント類が入れられた封筒を受け取る。
封筒には彼女の家の住所と、簡単な地図が書かれたメモがクリップで付けられていた。
赤司はそれを見ながら、「でも、」と言葉を続けた。
「部活があるので、少し遅い時間になりますが」
「そう。それなら電話で伝えとくわね」
肩の荷がおりたのか、先程より幾分か晴れた笑顔で副担任は応えた。
部活が終わると、自主練習を始めるバスケ部員からひとり離れ、赤司は部室へと向かった。
「あれー?赤ちん帰るのー?」
その姿を視界に入れた紫原が赤司に声をかけた。
普段なら皆と共に自主練習をし、最後まで残っているような人物だ。
それが部活が終わると同時に帰ろうとするので、紫原は思わず声をかけた。
「なんだ、女か!?」
そしてそのふたりの姿の様子に気づいた青峰が茶化しにやってきた。
赤司は笑みを浮かべ、
「ああ、だから今日は帰るよ」
と一言残し、部室へとまた足を進めた。
まさかあの赤司が……とふたりは唖然とする。
残された彼らのその表情を背中越しに想像し、赤司は口元を緩めた。
その後、職員室で赤司を見かけていた緑間が呆れながら、
「赤司なら休んだクラスメートへプリントの配達を頼まれていたのだよ」
と項垂れるふたりに真実を述べて練習を再開した。
しかしその言葉はさらに彼らに衝撃を与えた。
(あの赤ちんが……)(冗談言いやがった……)
知り合って間もないが、そんな冗談を言うようなタイプだと思っていなかった二人は赤司の姿が見えなくなるまで、口を開けて立ち尽くしていた。
*
足を止め見上げると、それはきれいな建物だった。
新築のマンションなのだろう。
ロビーへと足を進めながら手元のメモに目を落とし部屋番号を確かめる。
少し丸みを帯びた文字の通り目の前の冷たい数字を押し、呼び出しボタンを最後に押した。
「はーーい」
無機質な機械音の後に続いた必要以上に伸ばされた返事は、彼女のものだろう。
「学校の届け物を」と言っている途中で、エントランスの扉の音が言葉を遮った。
「どーぞーー」
また間延びした彼女の声がスピーカーから流れ、ガチャリと回線の切れる音が響いた。
学校側からの連絡があったはずなので、誰かが来ると分かっていたのは理解できる。
しかし、タイミング悪く不法侵入者だった場合など防犯面が少し心配になる行動だ。
ひとつため息をつき、赤司は勝手に開かれた扉をくぐりエレベーターへと向かった。
昨日の今日で彼女はどんな反応をするのだろうか。
そんなことを多少でも楽しみにしている自分がいることに、赤司は自分でも不思議だった。
エントランスで確認もしなかったが、プリントを届けるのが自分だと、彼女は知っているのだろうか……。
そう思いながら玄関のチャイムを鳴らすと、無防備に扉を開けた彼女は、すぐにその扉をバタンと閉めた。
少し間をおいてもう一度チャイムを鳴らす。
しかし、一向に扉は開かない。
やはり知らなかったのか、と赤司は苦笑した。
玄関口のポストに入れてもいいが、副担任からの伝言も預っている。
メモに残そうかと思案した瞬間、ゆっくりと扉が開いた。
「なん、で、赤司……くん、が……」
おずおずと気まずそうに自分の名を発する彼女が可愛く見えた。
いつも気高く背筋を真っ直ぐに伸ばしているのに、今はその背を丸め小さくなっている。
そんな姿を見て口許が緩んだのが自分でもわかった。
「家が近所でね。歩いて五分くらいかな」
そう告げると彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。
彼女が住むマンションは自分の家から学校とは反対にいった所にあった。
今まで会わなかったのは朝練や放課後も部活で時間が被らなかったからだろう。
「インターホンの相手は、ちゃんと確認した方がいい」
嫌だという態度をまったく隠さない姿に、赤司も隠すことなく笑いながら言った。
彼女は諦めたように小さくため息をつくと、徐に扉を大きく開いた。
「わざわざ持ってきてもらったんだし、お茶菓子くらいはお出ししますよ」
そう言って玄関の端により、中に入れと促すような仕草をした。
扉が大きく開けられたことで部屋の空気が外に漏れ出す。
ふわりと、甘い焼き菓子のような香りがその場に漂う。
しかし時間も時間だ。
この時刻に上がるのは家族にも迷惑になるだろうと、赤司は封筒を差し出して断った。
「いや、帰り道だ。かまわない」
「ひとりだから、気を使うことないよ。それに……少しお話したくない?」
だが彼女は目の前の封筒を受け取らず、そんな気遣いはお見通しだというように言葉を返す。
そして付け加えられた言葉で、悪あがきはしないと言外に伝えた。
昨日のことを言っているのだろう。
あの時、逃げるようにその場を立ち去った彼女は今は凛として立ち向かおうとしている。
先程までたじろいていた彼女はもうそこにはいない。
真っ直ぐに見据える眼には、初めて見た時のような光がある。
(この眼だ──────)
高揚する気持ちを抑えながら、「ではお言葉に甘えて」と答えると赤司は玄関に足を踏み入れた。
一瞬驚いたような表情を浮かべた彼女は、すぐに目をそらすと来客用のスリッパを用意し始めた。
彼女を目で追っていると、薄っすらではあるが、学校では見ないような満足そうな微笑みを浮かべていた。
先程まで露骨に嫌な顔をさらけ出し、たじろいでいたのに、と思い返すとその反応は面白かった。
しかしその様子に気付いたのだろう。
「あんまり面白がらないでくれる?」
小さく微笑んでいたその顔は、次は眉をひそめて不満を伝え、それだけ言うと背を向けて奥へと入っていった。
意外とコロコロと表情を変える彼女に多少驚いたが、これが素というやつだろうと思うとひとり納得した。
「上がらせてもらうよ」
そう言って靴を脱ぎ、丁寧に並べられたスリッパに履き替える。
中に進むと、先ほどの甘い香りが更に強くなった。
リビングに先に入っていった彼女は振り返ることなく、
「ソファにかけといてー」
とだけ言って奥へと消えた。
赤司は廊下から見えるソファに向かおうと、足を進め部屋に入った。
カウンターキッチンから広がるリビングダイニングに、白を基調としたスタイリッシュな家具が置かれていた。
しかしあまり生活感が感じられない部屋だと思い、赤司は軽く辺りを見渡す。
すると、カウンターキッチンに面しているダイニングテーブルの上が視界に入った。
そこにはパーティーでも開かれるのかと思わせるような豪華な食事とケーキが並べられていた。
「人が来るのか?」
ソファに鞄だけを置き、キッチンにいる彼女に目を向ける。
あまりにも豪華な料理に驚き、気づけばそう問いかけていた
彼女はきょとんとして「ああ……」と声をもらすと苦笑いを浮かべた。
「たまにね、無性に凝った料理を作りたくなるのですよ」
「……家族は何人いる?」
「別々に住んでる。だから来てくれて助かったよー。食べていかない?」
そう、とってつけたような誘いの言葉も一緒に返された。
これには流石に赤司も言葉を詰まらせた。
しかし彼女は何くわぬ顔で、「あっ」と声を上げると、
「でもお家でごはんが待ってるかー」
と態とらしく呟いた。
「紅茶とコーヒー、あとジュースもあるけどどれがいい?」
そして何もなかったかのようにジュースを取り出し、どれがいいかと問うてきた。
きっと本気ではなかったのだろう。
「紅茶をお願いするよ」
それだけ述べて先ほどの会話を反芻する。
まず中学生で一人暮らしだと言った。
そして風邪で休みだと聞いたが何をしているのか。
しかもひとりでこの豪華な食事を食べるつもりだったのだろうか。
「……白藤、オレはいろいろと聞きたいことがあるみたいだ」
「一緒にごはん食べながらでもよければ、いくらでも答えるよー」
若干のしたり顔を携えくつくつと笑う彼女は、慣れた手つきで紅茶を淹れ始める。
相変わらず飄々としているが、なぜか求められているような気がした。
少しばかり思案し、本当はそうして欲しいのではないかと疑念を抱く。
「わかった」
サッと鞄から携帯電話を取り出し、一応彼女に断りをいれ電話をかける。
彼女はその様子を真顔で見つめてくるが、構うことなく友人の家で夕飯を頂くことになったとだけ伝え電話を切った。
彼女はまさか本当に一緒に食事をするとは思っていなかったのだろう。
初めて見る呆然とした姿に、赤司は満更でもない気持ちになった。
思えばこの短時間で、彼女の様々な表情を見た。
そして今、いつも色を映さないあの眼は先ほどとは違う光を灯している。
それは満ち足りたような光で、その光もまた初めて見るものだった。
やはり求めていたのだろう。
選択は間違えていなかったのだと窺い知れる。
だが、当の本人はその実の感情に気づいていないような様子だった。
───その事に気付くと、自分の中で何かが沸き起こるような感情を抱いた。
いつからか感じなくなった感覚。
それは幼子が初めての体験に喜ぶようなものだろうか。
純粋無垢な興味が、赤司の心を支配する。
(どうやらオレは彼女の目だけでなく、彼女自身にも興味があるらしいな)
そう気づくと、自分の中にこんな気持ちがあったのかという驚きと、彼女への愛おしさに包まれた───。
「ご飯、おいしそうだな」
先ほどのお礼と言わんばかりに、赤司はくつくつと笑うとそう言い放った。
彼女は仏頂面でティーカップをテーブルに置くと、赤司を一瞥して口を開いた、
「準備するから、こっちで待ってて」
その顔に面白くないと書いてあるような態度が、赤司としては面白くてたまらなかった。
しかしふと彼女の顔色が、その表情に似つかわしくないことに気付く。
カチャカチャと音をたてながら二人分のお皿などを用意し始めた彼女を、ダイニングの椅子に腰掛けて目で追いかける。
やはり、見間違いではない。
───彼女の頬は、赤く染まっていた。
これもまた本人は自覚していない様子だ。
思いの外素直なのだろう、とても分かりやすい。
(ああ、やはり面白いな───)
君 を 赤 く 染 め て
もっと彼女のいろんな表情を見たい、そんな思いを抱きながら、赤司は優衣を見つめた。
−−−−−−−−−−−−−−−
赤司さん襲来
2018/03/18 (2012.12.09)
(
Clap!)
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