空と呼ばれるなら




艶やかな長い黒髪をなびかせた彼女が、教室の前を横切っていった時のことだった。
校内で初めて優衣を見た青峰は、驚いて思わず彼女を凝視していた。

(あいつ、なんであんなつまんねぇって顔して……)

何度か屋上で会った時とは違う、冷たい表情に驚きが隠せなかった。

「やっぱ白藤さん、可愛いよなー!」
「美人って感じもあるけどな」
「同じクラスになりたかったー!」
「でも誰かといるとこ、全然見たことねぇよな」
「あの可愛さは女子も近寄れねぇってか」
「まさに『高嶺の花』ってやつな」
「それ、隣のクラスのやつらも言ってた」
「可愛いのにいっつも無表情でさ、近寄り難い感じするもんなー」
「そのクールビューティーみたいなのもいいけど」
「お前も好きなのかよ!」

クラスの男子たちが笑い合いながら騒いでいる。
その光景を横目で見ていた青峰はため息をついた。

最近仲良くなった屋上で会う女が、男子の中で「高嶺の花」だと呼ばれ始めているのだと知り首をひねる。
自分の記憶の中の彼女を思い起こすが、どうにもしっくりとこない。

───近寄りがたい高嶺の花って、なんか似合わねぇ。
だってあいつは、普通に喋るし、笑いもする。
そりゃあ、大声あげて笑ったりはしないけど、でも、オレの前ではあんな冷たい表情はしねぇのに……。

青峰は記憶の彼女とクラスメートの話に出る彼女が違うことに違和感を覚えた。
どうして校内で見かける彼女は、あんなに人を寄せ付けないような雰囲気なのか。
知ってしまうと気になるのは人の性だろう、青峰は優衣のことが無性に気になり始めた。

誰とも親しげに話したりしない様子にも青峰は首をかしげた。
いつも屋上で話している彼女は、とても話しやすいと思っていたのだ。
女の幼馴染がいるといってもクラスメートの女子とはあまり話すことがない青峰にとって、話題を気にせずに話せる仲だった。

(あいつには、ねぇのかな───)











「なぁ、お前って友達いねぇのか?」
「……君はいつも唐突だよねー」
「いや、それが聞きたかったわけじゃねぇんだけど」
「え、なにそれ」
「最近よく見かけるから気になっただけだ」
「やだ、ストーカー?」
「はあ?なんでそーなんだよ」

優衣と青峰は、屋上でひなたぼっこだと言ってただのサボりを今日も敢行していた。
一緒になるのはこれで何度目になるだろうか。
青峰は記憶していなかったが、二度目に会った時から彼女はブランケットを持ってきて、制服の色を気にしてその上に寝転ぶようになったのは覚えていた。

今日もいつものようにブランケットを敷いて、彼女は空を見上げていた。
その横で気にせずコンクリートに直接寝そべっていた青峰は、顔だけを優衣に向けると口を開いた。

「お前いつもひとりでいんじゃん」
「人の勝手でしょー」
「よけーに目立つぞ、高嶺の花」

その言葉に優衣は顔をしかめた。
無表情のほうがまだいいと思い、青峰は素直にそれを伝える。

「んだよ。もったいねぇぞ、その顔」
「……ダイにそれ言われると思わなかったの」

あからさまに嫌そうな顔をする優衣を見て、青峰はゆっくりと息を吐いた。
やはりそう言われるのは嫌だったかと知る。

あまり他人のことに気を向けない青峰でも、何度かこの屋上で会い話しをしていて気付いたことがある。
彼女は自分のことをあまり話さない。
人のことにも干渉することはないため、他人にどうこう言われるのは好きではないのだろう。

「見たくて見たわけじゃねぇからな」
「じゃあ見ないでよ、ストーカーくん」
「だからストーカーじゃねぇっての。あんなつまんなそうな顔してたら気になんだろ」
「ダイは優しい子だねー」

暢気な言い方で優衣は言い放った。
まるで放っておいてくれというようにずっと目を合わさない。
寝そべっていても、いつもは目を向けて話すのに、今はそれをしない。

「なあ、優衣」

思わず、彼女の名前を呼びかけた。
校内で見かけた時の彼女の目には、光がなかった。
そして今も、呼びかけに応え向けられた目は何も輝きを放っていない。
優衣のその目を見て、青峰は眉をひそめた。

「お前、楽しいこととかねぇの?」

青峰は一番気になっていたことを問いかけた。

普段の会話は、言わないから聞かないというのがお互いのスタンスだった。
他人が聞いていたらその内容はくだらないと言えるものばかりが彼らの日常会話だった。
しかしそれは約束していたわけでもなく、ただそうなっていただけで、青峰は今まで干渉しないということをわざわざ考えてしていたわけではない。
今も単純にずっと聞きたいと思っていたから聞いただけだった。

「また君は変な疑問を抱えたねー」

優衣もそれは分かっていたから嫌な顔をすることはせずに反応した。
それでも茶化すような言い方をして、さらりと流すように問いには答えなかった。

「なんかねぇのかよ、これしてて楽しいとか面白いとか」

しかし、気になったものは確かめたいと青峰も引き下がらない。
自分のことを掘り起こされるのはあまり得意ではない優衣は「うーん…」と困って見せたが、青峰はそんなことを気にする男ではない。
ダメ押しのように問いかけた。

「ねぇの?」
「……この前のザリガニ採取の話は面白かったよ」
「それオレの話だろーが」
「いいじゃん、ザリガニのこともっと教えてよ」
「もうねぇよ」
「もうないのかー。残念だなー」

彼女の飄々とした態度はいつものことだ。
しかし、小さな違和感を覚えた。
間延びした言い方はひどく棒読みで、初めて聞く話し方だった。
これ以上聞くなと拒絶されたような感覚は、気分の良いものではない。

「……まあ、オレがいりゃいいか」

青峰はしばし思案顔で黙り込んだが、この会話は引っ張ってもお互いがいい思いをしそうにないと感じてその言葉で打ち切った。
すると優衣は唖然とした様子で口を開く。

「やだ、ストーカーの次は彼氏?」
「お前ほんと意味わかんねぇ」
「どっちが。じゃあどういう意味よ」

優衣は呆れた様子で笑いながら、その理由を問いかける。
その姿を見て、やはり笑っている方がいいと頭の隅で思いながら青峰は答えた。

「すげぇつまんねぇって顔してんだろ、いつも」
「そうかもねぇ」
「でもここで会うときのお前は、笑ったりするだろ」
「そうかもねぇ」

自分のことだがさほど興味がないのだろうか。
彼女は適当に相槌を入れる。
しかし青峰はそれを気にすることなく話を続けた。

「なら、オレがいれば一応は楽しいことがあるってわけだろ?」
「……なるほどねー」

それが青峰がいろいろと思案して、自分の中で導き出した結論だった。
だがそれは人知れず彼が持つ優しさでもあった。
普段の優衣を見て、彼は面白くなさそうにしているのがなんとなく嫌だと思ったのだ。
だから楽しいことがあるのかと考えたのだが、元来考えこむタイプではない。
少しでも笑える空間があればそれでいいかという答えにたどり着いた。

「ダイは、あるの?楽しいこと」

徐に身体を起こした優衣は、そう問いかけた。
青峰が視線を向けると、彼女の目には小さな光が見えた。
無表情の彼女は、いつも目だけはその小さな輝きを放っていた。
その目を気に入っていた青峰は、光を見つけて安堵の表情を浮かべる。

野生の勘というべきか、彼女が人に対して持っている執着心を、青峰は無意識に感じ取っていた。
表情にはおくびにも出さないのにいつも目から遠慮気味に覗かせるそれは、青峰も持っているものだった。
自分と同じ何かに対する無垢な執着心に、意識せず共感して、優衣の光のある目を好いていた。
そしてその目は、今は青峰のことを知ろうと光を覗かせている。

「あるぜ。すっげぇ楽しいこと」

青峰の弾む声が、ふたりきりの屋上に響いた。

「あるんだ。なに?」
「バスケやってる時が一番楽しいな」
「……ダイ、バスケしてたんだ」

意外そうな、でも納得しているような言い方だった。

「なんだよ」
「ううん、スポーツはしてるんだろうなって思ってはいたんだけど……」

「そっか、バスケかー」と呟く彼女は空を見上げた。
何かあるのだろうかと一瞬気に留めるが、青峰はすぐに気にするのを止め、話を続けた。

「ずっとやってんだ。この学校も、すげぇ強いっつーから来た」
「そうだったんだ。ここ、バスケに力入れてるらしいもんね。試合とか出るの?」
「まぁな。この前、昇格テスト受かって一軍になったし」
「一軍……?」
「部員百人以上いんだぜ?三軍まであんだよ」
「多いねー……」
「あとはレギュラー選考で選ばれたら試合に出れる」
「えらい時間かかるんだねー」

呆れたようにそう言った彼女は、またブランケットの上に寝転ぶと大きく伸びをした。
空を見て、独り言のように呟く。

「まあ、ダイなら選ばれるんだろうね」

その表情はすごく穏やかで、今日みたいな温もりのある日差しにすっと溶け込んだ。





(───きれいに笑うんだな、こいつ)





ふと、そう思った。
なにも心配することはないと言われているような優しい雰囲気に、自然と笑みが零れる。

「なんか、お前にそう言われたら決まった感じするな」
「あら、調子乗らせちゃった?」
「あ?オレは元々つえーんだ。レギュラーになって当たり前だろ」
「っあはは!なにそれ!自意識過剰っていうんだよそれっ!」

突然、優衣が声を上げて笑った。
初めて見る彼女のそんな姿に、青峰は思わず目を丸くした。

「…………お前、ちゃんと笑えんだな」
「そこまでくると失礼な域だからね」

冷静に突っ込みを返されたが、まだその表情はくすぐったそうな笑みを浮べている。
顔立ちのいい奴だとは思っていたが、その表情を見て青峰は周りが騒ぐのにも納得した。

「お前、やっぱ笑ったほうが可愛いじゃん」

普段の無表情でも騒ぐ奴らは何を見てるんだと思いながら、受け取った印象を素直に告げる。
すると少し顔を赤らめた優衣は、小さな声で「ありがとう」と呟くと言葉を続けた。

「そんな素直に褒め言葉かけてくれるの、ダイだけだよ」

そう言うと、柔らかい笑みを浮かべていた顔は少し苦笑いとも取れる表情へと変わる。
その変化を見て青峰は物足りなさを感じた。

「んだよ、みんな可愛いって騒いでんだろ?」
「あれは違うよ。素直な感情なんかじゃない」

不意に寂しそうな顔で彼女は答えた。
すぐにいつもの無表情に戻ったが、その表情は青峰の脳裏に焼き付いて離れなかった。

「なんかよく分かんねぇけど……じゃあ、オレがいくらでも素直に言ってやるよ」

何がそうさせるのかは分からないが、優衣が笑うならと少しむきになって言い放った。
しかし彼女は次は呆れたような顔をして、

「それは意図的すぎて嬉しくない」

と言って、また笑い出した。
青峰が「むずかしいヤツだな……」とぼやいて起き上がると、それを見ていた優衣は眩しそうに目を細めて呟いた。



「やっぱり、ダイは空みたいだね」



とても穏やかな表情で、彼女は笑った。
その姿は、青峰の心をわけも分からずざわつかせた。












と 呼 ば れ る な ら












───柄にもなく思ったんだ。
お前はそうやってオレの前で、太陽みたいに笑うから。

だから、



太陽を隠すものは、オレが全部取り除いてやる。







−−−−−−−−−−−−−−−
今までバスケの話をしなかったピュア峰すごい
2018/04/10 (2012.12.24)

Clap!


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