「ということで同行の許可をお願いします」
「えっなになになんの話?」
朝一で準備中の杉元さんに声をかけたら、横から白石さんが生えてきた。そういえばこの人はちゃんと寝てたんだっけ。
直接話に関係ない白石さんが背景に入り込む中、当の杉元さんはじっと私を見下ろす。
「…囚人や第七師団の連中ともやり合うことになる。なまえさんを守ってやれる保証はないよ」
「はい。もし道中私が邪魔になるようであれば、そこで置いて行ってください」
「アシㇼパさんと別行動を取ってもらう時だってあるかも知れない」
「杉元さんの指示に従います」
全て肯定すれば、杉元さんの視線は今度は私たちを見ていたアシㇼパさんに注がれる。
「…アシㇼパさん、本当にいいのかい?」
「なまえは確かに見た目は便りないが、自分の身を守るだけの力はある。……それに私は、なまえのことを信用している」
「アシㇼパさん……」
「見た目は頼りないけどな」
「クーン…」
事実とはいえ二度も念を押されてしまった。切ない。
「ほんとかぁ〜?なまえちゃん俺よりひょろひょろじゃんか」
無視していた白石さんに寄りかかるように肩に肘を乗せられる。特に害はないのでされるがままになっていると、アシㇼパさんが冷めた目で白石さんを見た。
「試してみるか?白石。お前くらいならなまえはすぐに組み伏せるぞ」
「……マジ?」
「…へぇ」
「いやいやいや、護身程度ですよぉ……」
ちょっと引き気味に距離を取る白石さんと意外そうな顔をする杉元さんに、両手と頭を振って否定する。たしか白石さんも例の囚人の一人のはずだし、実は杉元さんと同じくらい強かったりするのかもしれない。警戒されてはいざという時に都合が悪い。
結局同行については良い返事がないままの杉元さん。さてどうしたものかと視線を動かせば、アシㇼパさんと目が合った。
「なまえ、お前シサムモシㇼに渡るための金は貯まったのか?」
「え?あぁ、えっと、半分くらい……?」
「…シサムモシㇼ?」
「隣人の島という意味で内地のことだ。なまえは故郷を探すために金を貯めている」
「え、なになに?何の話?」
「なまえは自分の故郷の記憶がない」
「何それ聞いてない」
「言ってないからな。少し黙ってろシライシ」
「クーン…」
一人話の流れが分からないままで少し可哀想に思えてくる白石さんを黙らせて、アシㇼパさんは私を見たまま話を続ける。
「なまえ、金塊が見つかったらお前も自分に必要な分け前を受け取れ。杉元、これでなまえにも金塊を探す理由が出来た。別にお前までなまえを信用する必要はないし、この方が割り切って考えられるだろう」
そう言ってアシㇼパさんは外に出てしまった。白石さんも後に続きキロランケさんは先に外で馬の世話をしているので、出立組は杉元さんだけがチセに残っている。
「…別に、全く信用してないわけじゃないんだけどな」
「それは……えっと、恐縮です…?」
気不味そうに頬を掻きながらそう漏らした杉元さんにとりあえずお礼を伝えれば、少しだけ笑ってくれてほっとする。
「…全員が同じ情報を共有してるわけじゃない。刺青人皮のことについては、俺とアシㇼパさん以外の奴がいる時はなるだけ口に出さないようにしてくれ」
「はい」
「それと…アシㇼパさんは俺が守る。だからなまえさん、自分の身は自分で守るんだ。あんたに何かあったらアシㇼパさんが悲しむ」
「…はい」
それは杉元さんでも同じですよ。
口にしようか迷った言葉は結局声に出さずに、「よろしくお願いします」と続けた。
「一緒に行くんだな」
杉元さんがチセから出て行くと、静かに様子を見守っていた谷垣さんから声をかけられた。
「はい。谷垣さんのお陰でちゃんと伝える事が出来ました。本当にありがとうございます」
「気にするな。こっちのことは任せておけ」
そう言ってぽんと大きな手のひらが頭に置かれた。いつだかの白石さんのおふざけとは違う優しい手つきに思わず体が強張ってしまったけど、穏やかな眼差しで私を見る谷垣さんへ湧いた感情は決して嫌なものではなかった。
そのまま見送りのために外に出て行った谷垣さんを確認してから、後ろを振り返る。フチさんにしがみ付いてこちらを見上げるオソマに、しゃがみ込んで笑いかける。
「なまえ、アシㇼパたちと行くの?」
「うん。アシㇼパさんのそばにいたくなっちゃったの。オソマ、フチさんと谷垣さんのことをよろしくね」
私の言葉にオソマが小さく頷いてくれたのを確認してから、フチさんを見る。
旅立つことをきちんと説明したわけでもないのに、フチさんは何も言わずに微笑んで、いつもと同じように旅の安全を祈ってくれた。また暫くこの手に触れられくなるのが寂しくて、じっとその温かさを受け入れた。
外に出ると既に杉元さんとアシㇼパさんが同じ馬に乗り、白石さんは一人だけ可愛らしい小型の馬に乗っていた。
「なまえ、お前はこっちだ」
必然的にキロランケさんから声をかけられて、頷き近付く。「前に乗るか?」と冗談まじりに言われたので、眉尻が下がりつつも笑いながら「しばらく様子を見ます」と返して、手を借りてキロランケさんの後ろに跨った。
アシㇼパさんほど小柄ではないし、ある程度乗馬の経験はある。いざというときにキロランケさんに手綱に集中してもらうにはこっちの方が都合が良い筈だ。
そのままフチさんたちに見送られてコタンを立ち、まずは目下の行先として知り合いから爆薬や武器を手に入れるために札幌へ向かうというキロランケさんの案が採用された。
この五年ほとんど小樽付近で生活していたけど、札幌には一度だけお使いの途中で立ち寄ったことがあった。この時間に出発するなら、よっぽどのことがなければ明日にでも着けるはずだ。
「なあに、札幌なんてあっという間だ」
キロランケさんの頼もしい言葉を合図に、三頭の馬は札幌へ向けて歩き出した。
***
「……それで?アシㇼパ以外の奴らは知ってるのか?」
前を向いたまま、どこか楽し気な声が背後にいる私だけに聞こえる大きさで投げ掛けられた。
何を、と聞かずとも分かる問いにいいえと呟く。
「多分、どなたも。でないとこんな簡単に同行を了承してもらえなかったと思います」
「ほう。案外気付かないもんだな」
和人にはよくアイヌの少年に思われる見た目も、アイヌの人々からすれば奇妙なところだらけで、男性と決めつけられることはまずない。とはいえ、今まで返されたことのある反応は興味がなくて最初から最後まで一切気にされないか、性別を聞かれて答えれば後は相応に接してもらうだけかのどちらかだったので、特に困ったことはなかった。
ちなみにキロランケさんは後者である。
「茶番にお付き合いいただくことになってすみません。何がなんでも隠したいわけではないので、あまり気にしないでいただけると嬉しいです」
「分かった。まあ、何かあればいつでも頼れ」
「…ありがとうございます」
頼もしい言葉にお礼を伝えて、背筋をしゃんと伸ばした。
その時その時、私にできることを精一杯やっていこう。
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