「へへへっ
……ふぅ。
んっ
──」
上がり続ける体温、ムンムンと火照る身体。一瞬考えて襟巻きを脱いだら鉢巻までズレてしまい、面倒になってまとめて外してしまった。首すじに張り付いた髪を剥がし、汗ばんだ肌を撫ぜる外気の心地良さにほうと息を吐く。
──いや、やっぱりまだ暑い。
衿元を緩めるわけにもいかず家永さんに着付けていただいた時のことを思い出して強引に衣紋を抜いてみるも、大した変化は感じられず余計モヤモヤが大きくなる。
もういいや、早くアシㇼパさんの寝床を用意しよう。投げやりな気持ちで首元を扇ぎながら顔を上げたところで、方々からやたらと注目されていることに気が付いた。
合いそうで合わない視線を辿り下を向くと、静かに寝息を立てるアシㇼパさんと枕を提供する自分の体。普段人前で上着を脱ぐことなんてないから杉元さん以外にはまあまあ物珍しい光景だろうが、私の性別はこの場の全員既に承知のため特段問題はない。
襟巻きを外す際に出した結論を頭の中で繰り返したところで、隣からの圧がミョーに気になって先生を見上げる。
どっしり構えた眼差しはさっきと同じはずなのに、温もりに代わる何かを帯びて私の全身をじっとりと撫で回す。ざわつく肌の感覚を無視して背中を這い上がってきた目にへらりと笑い返せば、先生は私を見据えたまま手にした湯呑みを口元へ運ぶ。
「嬢ちゃん。やっぱりいっぺん俺に抱かれてみないか?」
「
んっも〜!チンポ先生ったらだいたぁーんっ!」
唐突すぎて一瞬何を言われたのか分からず、言葉を理解したところでやっぱり訳がわからなすぎて、面白おかしさに上がったテンションのままに手近にあった丸太のような腕へ平手を振り抜いた。
空気を割ったそこそこ大きな音が力加減を間違えたと明らかにしているのに、まるで動じることのない巨体にさらに心が弾む。さっすが先生!さっすが筋肉!
面白くて楽しくて大口を開けて笑いかけたその時、ふと芽生えた悪戯心。
にやける口元を片手で隠し急拵えの困り眉の下で目線を斜め下に流しながら、今し方思い切りひっぱたいた背広の袖を咎めるように指先で引いて肩を寄せる。
「困ります先生っ…、かように人の目のある場でからかわないでくださいまし……」
礼には礼を。戯れには戯れを。
普段なら思い付いたとて流す悪ノリを行動に移した自分に、酔いの深さを他人事のように自覚する。これが冗談で済む範囲の言動なのかと自問すれば既に怪しいところだが、きっと先生なら先程のように大きな心で受け入れてくださるに違いない。
さあ先生、私のくの一の術はいかがですか!?
ワクワクしながらお顔を見上げた瞬間、煮えたぎった眼光に射抜かれ息を呑む。
「恥じらう姿も愛らしい。もっと色々な表情が見たくなる」
「…そ、うやってご冗談ばかりおっしゃってぇ。私の心を掻き乱して、どうなさるおつもりですの…?」
「相手をより深く知るには身体と身体で語らうに限る。今夜は2人で朝までじっくり互いの理解を深め合おう」
「へぅ」
だめだこれぜったい勝てない。
押し倒されそうな圧を浴びながら一段低まった声に淀みなく口説かれて、頭はまっさら。半端者とはいえくのタマとして得た知識も経験もあるのに、こんなにも動揺している自分がショックでさらに言葉に詰まる。
先生、もしかして本当に私をお求めに
……?いやまさか、そんなはずない。
自惚れそうになる頭を現実に引き戻し、とにかくこの場をやり過ごさなければと背広に縋り付いていた手を慌てて引っ込める。
「でででもあのっ、私なんかの器量では先生にご満足いただくことなんてとてもとて、ぁっ」
強く肩を抱き寄せられ、上半身を広く分厚い胸板に押し付けることに。衣服の上からでも分かる隆々とした筋骨に生物としての圧倒的な力の差を教え込まれると同時に、そんな強者から壊れぬよう扱われ仄かな悦びを覚えた自分に戸惑う。
ゴッ、ドスン、と固くて重いもの同士がぶつかって落ちる音がしたけど、今は気にしていられない。私を捕らえるこの目から、逃れられない。
「そのいじらしさもたまらん。だが今夜のことは全て俺に任せておけばいい。一生忘れられん夜にしてみせる」
「…せん、せ」
興奮が伝わる荒い鼻息。酒と異性の混ざった匂いが肺と脳に充満して思考がまとまらない。とにかく距離を取らなければ
──なぜ?
ぎらぎら燃える視線に貫かれ、いつかどこかで感じた甘い痺れが背中に広がる。否定の言葉を生み出せないまま、首を垂れようとしたその時。
「ん゛〜…」
「あ、失礼しました」
崩れた枕の形がお気に召さなかったらしい。不満を訴えるアシㇼパさんの声に重心を整えようとするとあっさり身体を解放されて、元に戻った枕の上でもぞもぞと頭の位置を直したアシㇼパさんは満足そうに深呼吸をした。ゆっくりと上下する肩のなんと愛おしいことか。
心洗われる光景を堪能していると、視界の外からござを擦る音。顔を向けると寝転んだまま白石さんがこちらを凝視していて、目が合ったとたんにんまりと笑みを浮かべる。…ちょっと嫌な予感。
「なまえちゃん、俺とはどーよ?」
「…なにがですか?」
「ま〜たまたとぼけちゃってぇ!」
理解はしたが深く考える気力が湧かず誤魔化すも、両手で指差されてしまう。やめていただきたい。
「牛山がいいなら俺だっていいんじゃない?」
「
……そうなんですか?」
「ぇっ?あ、うん…」
「うーん
……?でも先生は紳士だか、じゃなかった。先生のチンポは紳士だか…あれ?」
「なまえさん」
「はい」
そもそもチンポ先生のチンポ講義って、チンポ先生のチンポが紳士であることを保証するものだったっけ?と思い至ったところで杉元さんに叱られた。
杉元さん、アシㇼパさんがチンポ先生って言っても怒らないのに。いつもなら気にも留めない扱いの違いになんだかモヤモヤしてしまって、顔を背けたままぶっきらぼうに返事する。
「なぁーにが紳士だよ。男なんざ女をその気にするためならいくらでも耳障りのいいこと言うんだって」
「つまり白石さんの言うことも信用ならないと」
「いやん揚げ足取らないでっ」
凪いだ心では酔った白石さんの相手は余計に面倒に感じられて、思ったことがポロポロと口から溢れてしまう。うーん、これは本当に飲みすぎたかもしれない。
いい加減身体が動くうちにアシㇼパさんの寝支度を始めなければ。膝の上で眠るアシㇼパさんをもう一度見下ろしてそう決意し直した矢先。
「ダイジョブダイジョブ、怖くないよ〜?
初めてのなまえちゃんには俺がやさし〜く手ほどきしてあげちゃうっ」
顔を上げれば、両手で宙を揉みながらニタニタ笑う白石さん。軽々しく放たれたその言葉に、後先考えるより早く声を発していた。
「おい白石、お前もしつこ」
「私、経験がないなんて言いましたっけ」
「
…………え、あんの?」
静かな空間にぽつりと浮かんだ白石さんの声。
自分の口から飛び出た発言に内心驚き動揺しつつも、こちらを凝視するぽかんとした顔を見て湧き上がってきた達成感がますます口を軽くさせる。
「それはもう、私だってそれなりに歳を重ねておりますから?親密な間柄になった殿方のひとりやふたり?さんにんやよにん?」
「…へぇー…?」
嘘である。いや、やっぱりそこまで嘘でもない。
確かに男性と身体を重ねた経験こそないが、北海道に来る前には私にも気心の知れた学友や面倒見の良い先輩、慕ってくれる後輩たちと過ごした日々があった。生活の一部を共にしながら学年を越えて学びを深めた彼らとの関係は、十分親密な間柄だったと言って過言ではないだろう。
……やっぱり過言だったかもしれない。だめだ頭がふわふわして考えがまとまらない。
そもそも白石さんに小馬鹿にされたのが図星で癪だったからって、どうして私はこんなくだらない虚勢を張ってしまったんだ。身体を使う色の授業は座学以外ほぼ不参加だったのに。
後悔に襲われるもちっぽけな矜持が邪魔をして今更訂正することもできず、疑いの眼差しにも見える白石さんの平たい目をなんとも思っていないふうを装って見返す。
「そうかいそうかい、それなら俺も本腰入れて口説けるってもんだ」
「んもう先生ったら、さっきからそんなことばっかり!おだてたって何も出ませんよっ」
「出すのは俺だな」
「うぇへへへへ!!」
空っぽの頭でも分かる露骨な下ネタが面白くて逞しい二の腕をバンバン叩いても、機嫌よさげに目を細める先生。受け入れてもらえた嬉しさにますます表情筋は緩み、思考はいっそうとろけていく。
──はぁー、笑い疲れて瞼が重くなってきた。さっきまで何を考えていたんだっけ。
──そうだ、白石さんのチンポは紳士かどうかだ。
靄がかった頭がうつらうつらと思い出すのは、少し前に朝の森の中で見た判断材料たち。実際にお世話になってみないと本当のところは分からないだろうけど、最後に見た規格外の二人に比べればまだ収まるイメージができそうな白石さんのサイズ感をうすぼんやりと思い出す。
プライベートな場所、排泄器としての印象の強さから直視や接触へ多少の抵抗感はあるが、その持ち主について考えれば話は変わってくる。記憶から浮かび上がってきたのは、この集団生活の中でひょうきんに立ち回りながらも周囲を観察し、多く知識面においてなんだかんだ言いながら私の世話を焼いてくれた彼の姿。
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