「なまえちゃーん、お金貸してくんなぁい?」

ホテルでの騒動から一晩経ち、翌朝。
いつも通り日の出前に起きて身なりを整え体をほぐし、一人でクチャの外にいた私に軽々しく投げかけられた白石さんの言葉に、つい訝しげな視線を向けてしまう。

「……なぜ?」
「やだなぁ、聞き込みのための元手に決まってるじゃん!」

下心を隠しもしない顔で飛ばされたウインクは無視して、その発言について一瞬だけ考えてから首を横に振った。

「だめです」
「えぇ〜!?」

想定内の不満を主張する声とは別に、むいっと唇を尖らせてこちらを上目遣いで睨む白石さん。だたただ可愛くない。

「なんでぇ〜?この前はお金くれたじゃん!」
「あの時は手掛かりが他になさそうで、私はお役に立てなかったからです。それに今日はホテル跡で人探しですよ」
「でもおれ力仕事向いてないもんっ」
「……」

呆れて言葉が出てこない。昨晩の騒動──というか先生と盛り上がっているところを見せつけられてから、かなり白石さんへの態度が粗雑になってしまっている自覚はあるけど、だからと言ってサボりの資金を渡すつもりはない。

「おねがぁい!今度はちゃんと返すからさぁ!」
「返すって、増やす当てないじゃないですか」
「それがあるんだよなぁ〜。札幌には競馬場があるのさ!」
「…競馬?神事のですか?」
「違う違う、もっといいやつ!馬券を買って一等を当てるんだよ!」
「ああ、賭博ですか。お金目的の賭け事はおすすめしませんよ」
「ぐぬぬ…!」

限りなく短い白石さんとの付き合いだけど、なんとなく察する。きっとあればあるだけ使ってしまうタイプの人なんだろう。

「どうしてもっていうならアシㇼパさんの許可取ってください」
「けっ!アシㇼパちゃんの飼い犬かよ!」
「わんっ」
「なまえのばかっ!もう知らない!」

悪あがきにもならない暴言を受け流したら、最後まで情けない捨て台詞を吐きながら白石さんはどこかに走り去っていった。朝食前だしお腹がすいたら戻ってくるだろうから放置することにする。

一応後でキロランケさんには、白石さんが遊ぶお金を欲しがっていたと伝えておこう。杉元さんは最初からお金を貸す選択肢がなさそうだから、言わなくても大丈夫だろう。
続けて頭に浮かんできたアシㇼパさんの顔に、思わず自嘲してしまった。

いやいや、流石の白石さんでもアシㇼパさんにたかりはしないでしょ。言う必要ないない。


***


「樽の底の油舐めろ」
「やだあッ」
「……」

白石さんにストゥで制裁を与えるアシㇼパさんの後ろで、私は頭を抱えていた。

結局ホテル跡から例の二人は見つからず、仕方なく札幌を離れ苫小牧の勇払へ向かいつつ爆薬を買いなおす資金を狩りで調達していたところ、白石さんがアシㇼパさんから借りたお金を競馬で全部スってしまっていたことが判明したのだ。

まさか年端もいかない娘さんにお金たかるとは思わなんだ。
私か。私がお金を貸さなかったからなのか。

罪悪感からアシㇼパさんに爆薬を買うお金を出すと伝えたけど、「いい。それはなまえが自分のために貯めた金だ。いざという時のためにとっておけ」と言われてしまい大人しく引き下がる。後でオハウに入れる野菜でも買おう。



その日は勇払にあるフチさんの弟君、つまりはアシㇼパさんの大叔父様の住まわれるコタンに泊まらせて頂くことになった。
このコタンには数年前に一度だけフチさんの用事で来たことがあり、アシㇼパさんに通訳をお願いして再会のご挨拶と、事情で今は男性として振る舞っていることをこっそり伝えてもらう。

フチさんのチセではかなり自由にさせてもらっていたけど、アイヌの人たちの挨拶の作法は男女で異なる。別にばれてもいいやと思いつつも、杉元さんと白石さんには同性だと思ってもらっていた方が都合がいいのは確かだった。

理由も聞かずに穏やかな顔で了承してくださった大叔父様にお礼を伝えてから、改めて久しぶりの風景を眺める。ここがこれまでに来たことのある小樽のコタンから一番遠い場所だった。


それからこのコタンで過去や未来が見えるという女性が人々を混乱させているという話を伺っていると、ちょうどその女性が現れた。

インカㇻマッと名乗った彼女は、切れ長の瞳が印象的な美しい人だった。私たち一行を眺め、「素敵なニシパたちがいらっしゃいますね」と入れ墨を入れた薄い唇に笑みを浮かべる。すかさず白石さんがキリッとした顔でつい先日見たばかりの自己紹介をしたものの、効果はいまひとつのようだ。

「わたし傷のある男性にとても弱いんです。そちらの兵隊さんもとても男前ですね」
「…そりゃどうも」

本音か建前か読み取れないセリフを投げ掛けられた杉元さんが、俯いてそっけなく返す。その姿がどこか照れ隠しのようにも見えるのは、私の気のせいだろうか。

「スギモト オハウ オㇿ オソマ オマレ ワ エ」
「えっ」
「んまあ!臭くないんですか?」
「アシㇼパさん!?いまスギモトとオハウとオソマ並べたよね!?また俺がウンコ食うって言ったでしょ!?」

突然始まった誤解の塊のようなアシㇼパさんの言葉に思わず顔を向けたら、同じくアイヌの言葉に不慣れながらも聞きなれた単語に反応した杉元さんが慌ててアシㇼパさんを問い詰める。それに「言ってない」とそっぽを向いたすまし顔に、雷に打たれたような衝撃が走る。

これ!!
アシㇼパさん!!
二人のやり取りが面白くなかったのでは!?

言葉にならない感情の波に耐えきれず「ひんっ…!」と鳴きながら胸を抑えたら、横にいたキロランケさんに頭をわしわし撫でられた。そんなキロランケさんもニヤニヤと笑みを浮かべながら二人を眺めていて、今すぐこの感情について話を聞いてもらいたくて仕方がない。


「ちょっと待ってあなた達は…小樽から来たんじゃないですか?」

そんな心を乱していたところに投げかけられたインカㇻマッさんの唐突な一言に、私だけでなくその場にいた全員が目を見開く。「ええ?どうしてそれを?」と白石さんがこぼした言葉はほとんど私の思い浮かべた考えと一緒だった。

「わたし見えるんです。あなた達は誰かを…あるいは何かを探してる」

……ん?

「うそでしょ!?すごいッ、その通りです!!」

インカㇻマッさんの返答に白石さんはさらに動揺して声を上げるものの、逆に私の頭には疑念が浮かぶ。そして次に彼女が発した「わたし占いが得意です」という言葉にすっと心が凪いだ。

学園生活の中でよく当たる占いとか幻術とか妖術とかの類は、タネと仕掛けありきのものだと学んできた。だからアイヌの文化といえど彼女のように占いを神の意志と明言する人には、否定をするほどではなくてもどうにも懐疑的な気持ちが生まれてしまう。

旅をしている一行に目的があるのは当然のことだし、こういう時“探している”という言葉を当人たちは自分の都合のいいように解釈してしまう。こうなると小樽の件も、何かしら仕掛けがあるように思えてくる。

そして彼女は徐に狐の頭骨を使った占いをその場で行い、私たちの探し物に希望は持てない、予定は中止するべきだと言い切った。

私としてはああそうですかという気持ちしか湧かないけど、コタンの中心でアイヌの文化に対して迂闊な言葉を発せずにいると、アシㇼパさんがすっと一歩前へ出た。

「何にでもあてはまりそうなことをあてずっぽうで言ってるだけだ。私は占いなんかに従わない。私は新しいアイヌの女だから」

なんとも頼もしいアシㇼパさんの言葉に、思わず口元が綻ぶ。それに対してインカㇻマッさんは「そうですか」とあっさり引き下がったものの、おやと思っていたところで再び口を開いた。


「ところで…探しているのはお父さんじゃありませんか?」

さすがに的確すぎる問いかけに、動揺と警戒の混ざった感情で彼女を見る。けどそれ以上この件についての言葉はなく、「あてずっぽうですからお気になさらずに」と続けた彼女はその場から立ち去るために私の方へ歩いてきた。

訝しげな視線を向けつつも道を譲ろうと脇に退けたのに、私の立っていた場所で彼女は足を止めてこちらを見た。
全てを見透かすようにじっと見つめられ、居心地の悪さに声をかけようとしたところで、彼女は目を細めてにっこりと笑った。

「あなたの探しものも占いましょうか?」
「……結構です」

どうして私に声をかけたのかとか、まるで私だけ別のものを探していると言わんばかりの口ぶりとか気になることは沢山あって、一瞬だけ考えてしまった“もしかしたら本当に”を押し殺す。
淡々とした声で辞退する旨を伝えれば「そうですか」ともう一度同じ返答をして、彼女は去って行った。

「なまえ気にするな、どうせまたあてずっぽうだ。お前は見た目が貧弱だから白石みたいに騙しやすいと思われたんだろう」
「はい」

慰められているのか追い打ちをかけられているのかわからない不機嫌なままのアシㇼパさんの言葉を真摯に受け止めて、チセに入る面々の後に続く。


私の探しもの。
アシㇼパさんのお父上。
金塊。
それから、もといた場所への帰り道。

──本当に?本当に探してるの?

帰ったところで、私には何もないのに。


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