結局話の続きはその食事の席で行うことになり、ひとまず杉元さん、白石さん、そして尾形の爆発巻き込まれ三人組は、食事の支度を整える間に体の汚れを落としに外に出て行った。
杉元さんが戻るまでアシㇼパさんにはキロランケさんと一緒にいてもらうようにお願いして、私は台所へ向かう。
「あー…家永さん?」
「ああ、たしか…なまえさん、でしたね。お久しぶりです」
私の姿を確認した家永さんに穏やかに挨拶を述べられて、咄嗟にこちらも返す。
「どうかされましたか?」
「えっと、これから食事の用意をされるんですよね?人数も多いので、何かお手伝いできることがあればと思いまして……」
「…それはそれは、助かります。ぜひお願いします」
私の申し出に一瞬大きく目を開いたものの、すぐににっこりと笑みを返してくれた様子に、とりあえず札幌で最後に見たあの顔を向けられなかったことにほっとしながら台所の中に入る。
「何を作るんでしょうか?」
「この地方の郷土料理を作ろうと思います。なまえさんは白米を炊いていただけますか?」
「わかりました」
全部で十人。半数以上が男性ではどれだけ食べるのか予測がつかず、とりあえず羽釜で炊けるだけ炊こうと早速取り掛かっていると、今度は家永さんから話しかけられた。
「嬉しいです。てっきり避けられてしまうと思っていましたから」
「いやあ、正直まだびっくりはしていますけど、さすがに今どうこうはされないかなって…」
「ふふ…確かに、なまえさんに今何かあれば手を組むどころの話ではなくなってしまいますからね」
若干“今”の箇所に引っ掛かるものを感じた気がしたけど、口元に手を当てて相好を崩す家永さんを見ているとそんな些細なことはすぐにどうでもよく思えた。
この美しい人が男性で老人だという白石さんの言葉をいまだに疑ってしまいたくなるけど、あの後酒が抜けてから白石さんには散々確認して結果しつこいと怒られたし、網走監獄では一緒に生活していたんだからまあ間違いないんだろう。
話している間に羽釜に入れた白米を研いで、竈まで運ぶ。この家にあった白米を殆ど使い切ってしまう量だけに、万が一にも落としてはいけないと手に力を込める。
「でも、本当によかった」
竈の前に辿り着いた時、突然耳元で聞こえた声に咄嗟に距離を取ろうとしたものの、如何せん両手で持った羽釜をまだ下ろしていないものだからお米もったいないが先行して動けない。
次の瞬間、頬をぬるりと熱いものが這って頭が真っ白になった。
羽釜を持ったまま、出来の悪いからくり人形のようにぎこちなく振り向くと、ちょうど桃色の舌が真っ赤な唇の奥に消えていった。
「私、なまえさんとはぜひまたお会いしたいと思っていましたから」
うっそりと微笑む家永さんの前髪が揺れて現れた目尻には、その顔に不釣り合いな深い皺が刻まれていた。
「…へひ……」
もし敵対することになったら、即刻家永さんから離れようと決意した。
***
「あ、白石さん」
「!?…な、なんだなまえちゃんか……」
炊き上がったご飯を蒸らしている間に人数分の湯呑を持って歩いていると、目的の部屋の前で一人考え込んでいる様子の白石さんを見つけた。声を掛けたらびくりと体を揺らしてこちらを振り返り、目が合うとあからさまにほっとした表情で肩の力を抜く姿が些か気になりつつも距離を縮める。
「ちょうどよかった。食事の準備手伝ってもらえませんか?運ぶ物が多くて私と家永さんだけだとちょっと大変で…」
「あ?別にいいけど…捕まって食われかけたの忘れたわけぇ?」
「まっさかー。ちゃんと気を付けてます」
ちょっと舐められたけど、と心の中だけで付け足して、湯呑を置いてから白石さんに台所まで一緒に来てもらう。ちらりと横目に盗み見れば、考え込むように下を向いて歩く白石さん。
「……気分はいかがですか?」
「…へ?な、なんで?」
「余計なお世話かもしれませんけど、炭鉱からずっと元気がなさそうなので」
そう伝えたら、白石さんは大きくため息をついた。
「そりゃあ、炭鉱事故に巻き込まれたんだぜ?爆発で吹っ飛ぶわガス吸って死にかけるわ股は裂けかけるわで散々だよまったく……」
「……まあ、そうですよね」
最後ひとつは爆発事故とどう関係するのかさっぱりだけど、言われてみれば確かに今日の白石さんは気が滅入るような災難続きだ。一緒にいた杉元さんがピンピンしてるので感覚がよく分からなくなる。
「今日は屋根のある場所でしっかり休んだ方が良いかもしれませんね」
「うんうん。あとはなまえちゃんがちょーっと膝貸してくれたらすぐに元気になれる気がするぅ〜」
少し労りの気持ちを向けた途端、眉を八の字にして捨てられた子犬のような瞳で突拍子もないことを言い出した男に薄ら笑いを浮かべる。流石にそろそろ気付かれたか。
「……いいご趣味ですね」
「いやさあ、この前川でヤツメウナギ取ったじゃん?あの時思ったんだけど、俺なまえちゃんの脚ならいける気がするんだよね」
「漬物持って欲しいんでちょっと待っててくださいね」
「こう、脹脛くらいまで見せて腿は布団かけて硬さ誤魔化してさあ…!」とさっきまでの元気のなさが嘘のように真剣な面持ちでくだらないことを力説する白石さんを廊下に放置して、台所に用意していた漬物を盆に載せる。
理解した。あれはただどこにでも女性の影を追い求めている女好きだ。今回も単純に、私の体で女性だと思い込めそうな部位を見つけただけなんだろう。元から女だけど。別にバレてもいいと思っていたけどちょっと面倒そうなので、これからはもう少し気をつけよう。
廊下でまだブツブツ言っている白石さんに漬物を押し付けて、私は家永さんが用意してくれていたお茶の用意を持ってさっさと先導する。
「そういえば白石さん、あの土方さんって方とお知り合いでしたよね。さっきの話だとあの方も囚人ってことなんですよね?」
今までの話題を流してしまいたくて気になっていたことを口にすれば返事はなくて、横を向けば見るからにこちらに対して引いている白石さんと目が合った。
「……マジで言ってんの?」
「…有名な方なんですか?」
「有名っていうか…え、なまえちゃんほんとに知らないの?」
あ、これ話題失敗した。
「……田舎暮らしだったんで…」
「そういう問題か…?ほら、新撰組とか聞いたことあるだろ?」
「し、新鮮組?」
「あうんわかった」
「ぐっ、後で詳しく教えてください…!あと軍についてももう少し知りたいです……」
「えー?」
頭の中で野菜と魚を売り出した土方さんを無理矢理追い出して、白石さんにいつものようにお願いする。鶴見中尉だけだった固有名詞に月島軍曹が新たに増えて、今のうちに整理しないと後で痛い目を見る気がしてきた私の言葉に面倒そうな声を上げながらも、「ったく、しょうがねえなあ」とちょっと馬鹿にして笑う白石さんはいつもの白石さんだった。
「あっ、じゃあそのお礼に膝貸し」
「杉元さんとキロランケさんに聞きますね」
「んも〜ノリがわるーい!!」
椀によそったご飯を配り、残った分をお櫃に入れて部屋に戻ると既に殆どの人が着席していて、食卓の鍋の中から家永さんが料理を取り分けていた。
前を失礼するついでに正面から食卓を眺めると、アシㇼパさんを中心になんだか一つの絵巻のような美しさが完成されていて少し見入ってしまう。
「なまえさん、ここ空いてるよ」
「ありがとうございます」
着席しかけていた杉元さんに促されて、机の長辺の端、隣のキロランケさんと短辺の席に座る杉元さんの間に腰を下ろした。せっかくのバランスの取れた並びに割って入ってしまって申し訳ないけど、そこしか空いてないから仕方ない。
「何を作ったんだ?」
「私はご飯とお漬物の用意だけです。鍋の調理は家永さんがしてくださいました」
キロランケさんと会話していると、ちょうど家永さんが鍋の説明をしてくれた。“なんこ鍋”というこの地方でよく食べられる腸の煮込み料理だそうだ。
「オイ家永。この肉…大丈夫なやつだろうな?」
ちょっとだけ口を付けるのを躊躇っていたら、同じことを考えていたらしい白石さんが恐る恐る家永さんに尋ねる。
「ご安心ください。“なんこ”とは方言で馬の腸という意味ですから、馬のものを使っています」
「ブッ」
にこやかに返された家永さんの言葉を聞いた瞬間、パッと頭に浮かんだ考えに背筋を冷たいものが走り、横で口に入れた料理を吹き出したキロランケさんに声をかける。
「……キロランケさん。キロランケさんの馬たち、どこに繋ぎましたっけ……?」
「大丈夫…大丈夫だ。さっき見に行ったらちゃんといたから……」
「ふふ、もうなまえさんたら。ちゃんとお店で買ったものですよ」
私の声が聞こえたらしい家永さんはおかしそうに笑っているけど、100%本気だった私は何も笑えない。
とりあえず力無く項垂れているキロランケさんの前にそっとお漬物を差し出した。品数が少ない分、白飯をたくさんおかわりしてもらおう。
「……あんたらよくその顔ぶれで組めてるな」
黙々と全員が箸を進める中、杉元さんが口を開き視線が集まる。
「特にそこの鶴見中尉の手下だった男…一度寝返った奴はまた寝返るぜ」
そう言って尾形を見る杉元さんの目つきは険しい。
炭鉱での台詞からして二人は顔見知りのようだったけど、あまり良い関係ではないらしい。まあ鶴見中尉の部下だったんだから当然か。
そういえば、以前杉元さんが第七師団に捕まって小樽からボロボロになって戻ってきたことがあったっけ。もしかしてあの時に何かあったんだろうか。
「杉元…お前には殺されかけたが、俺は根に持つ性格じゃねえ。でも今のは傷ついたよ」
なんだ、杉元さんがボロボロにしたのか。
じゃあいっか、とあんまり傷ついているようには思えない尾形の台詞を聞き流して食事を再開する。他の人も二人の会話には入らず黙々と食事を続ける中、「食事中にケンカすんなよ」と白石さんの嗜める声だけが上がった。
それから少ししてから、食後のお茶を飲みながら土方さんが今後についての話を再開した。
まずは炭鉱で、月島軍曹の生死を確認する。死体と肝心の物が見つかれば問題ないけど、見つからなかった場合は、鶴見中尉が手に入れてしまった刺青人皮の贋物の判別方法を見つけ出さなければならなくなる。
そこで家永さんが、ある心当たりについて口にした。
それは熊岸長庵という人物で、白石さんも知っている偽札犯だそうだ。美術家でもあり、あらゆる美術品の贋作を作ってきた彼なら何か判別方法に気付くかもしれないという家永さんの提案を却下するほど今の私たちに選択肢はなくて、月島軍曹の死体が見つからなかった場合には、その熊岸長庵が収監されているという月形の樺戸監獄に向かうことになった。
話が終わったところで私も少し冷めたお茶を啜りながら、もう一度食卓の反対側にこっそり目を遣る。
誰も直接は口にしなかったけど、この様子だとひとまずは彼らと手を組むことになるんだろう。
最後まで穏便に事が進むといいなあ、なんて、望みが薄いと分かりきったことを思った。
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