「え、だめだよ」

何言ってんの?と言わんばかりの表情で即答された杉元さんからの大体予想通りの返事に、負けじと食い下がる。

「でも、このままだと今日この家の探索は土方さん方だけになります。もし何か見つかった時、こちらも誰かいたほうが情報の共有がしやすいと思うんです」
「だったら俺かキロランケか白石が残ればいい。なまえさんだけであいつらと一緒に行動する必要なんてないよ」

暗に抜け駆けされないようにと伝えたつもりだったけど、返答は元も子もないもので言葉に詰まってしまった。

昨日、土方さん方と手を組むことになった後に炭鉱へ消火のために川の水が流されたことが分かり、騒動が一段落した今日から本格的に動き出すことになった。
炭鉱で月島軍曹の生死を確認する組と、この家に残って贋物の刺青人皮についての手がかり探す組の二手に別れることになったものの、いざ組み分けが終わってみれば私たち杉元さん一行は全員炭鉱に出向くことになってしまっていて、出発前に杉元さんへここに残ることを伝えた結果がさっきの通りである。

とはいえ今回は私もここで大人しく引き下がるわけにはいかなくて、諦めることなく首を横に振る。

「ここでの聞き込みは殆どお役に立てそうにないので、別のことで少しでも挽回したいんです。昨夜は何も見つけられませんでしたけど、日中ならまた別の気付きがあるかもしれませんから」

昨日は道行く人に声をかけてみても、男女共に私の身形を一瞥すると無関心さを隠すことなくあしらわれてしまい、どうにも聞き込みが捗らなかった。それに比べて、キロランケさんは私が相手にされなかった人たちからも一目置かれてしっかり話を聞き出していたし、一緒に行動していたアシㇼパさんも女性たちの警戒を解いてきちんと情報を確認していた。
一方、私が話を聞けたのは結局ほんの少しの通行人と子供と店員くらいである。小樽や札幌ではもう少し話を聞いてもらえたんだけどなあ。

そして昨夕、この建物で寝泊りした私たちは宿に泊まる土方さん方と解散した後に、贋物の刺青人皮の手がかりを探して一足先に少しだけ部屋の中を見て回っていた。でも日も暮れた時分に近隣の人々に怪しまれないよう灯りも迂闊に使えない状況で成果を得ることは難しくて、早々に探索を断念していた。日中の今なら、もっと詳しく調べることができるはずだ。

「……」
「…やっぱり、まだ私は信用に値しないでしょうか」

それでも変わらず気難しいままの表情につい力なく笑いかければ、今度は杉元さんが即座に首を横に振る。

「違う、そういうわけじゃない。でもなまえさんはアシㇼパさんと一緒にいてくれればいい。別に無茶しなくたって」
「杉元さん」

続く言葉を察して、杉元さんの声を遮った。

「旅に同行させてもらう時、最低限自分の身は自分で守ると約束しました。でもそれだけじゃなくて、せめて自分にできることでお役に立ちたいんです」


日高を立ってから、杉元さんは私に対して少し過保護になった。
普段は今まで通りだけど、前は好きにさせてくれていたのに暗い時間に私が周囲を見回ることにいい顔をしなくなったり、こういう誰かが動かなきゃいけない場面では必ずアシㇼパさんと一緒に行動させようとしてくる。

それがあの夜から私への認識を変えた杉元さんの優しさの結果であることは十分理解しているし、その気持ちと気遣いはとてもありがたいと思っている。アシㇼパさんと一緒に行動することだって、嬉しくないわけがない。

でも、違う。これじゃだめだ。

旅を始める時、たしかに私は杉元さんの指示に従うと約束した。でもあれはアシㇼパさんや杉元さんたちの足手まといにならないための判断に従うという意味だったはずなのに、今の杉元さんの指示は私を守るためだけのものにしか思えなかった。

このままじゃ、私が旅に付いてきたせいで二人の荷物が増えることになってしまう。そんなの絶対に嫌だった。

「大丈夫です。いざとなったら私、逃げることと隠れることだけは結構得意なんです」

軽口を叩きながら今度こそ明るく笑って伝えてみせたけど、それでも杉元さんからの返事はない。さてどうしたものかと視線を彷徨わせたところで、すぐそばから声が聞こえてきた。

「なまえがそこまで言うなら大丈夫だ」
「…アシㇼパさん」

いつのまにか私の隣にいた彼女の名前を、杉元さんが呟く。

「杉元。私がなまえを信頼していると言ったのは、私を裏切らないと思っているからだけじゃない。いざという時、自分の実力を理解してやるべきことを判断できる分別があるからだ。
そうだろう?なまえ」
「…はい」

自信に満ちた笑みを私へ向けるアシㇼパさんに、少し間を置いてから同じように口角を上げて頷いた。

自分の器量に不安は残るけど、同時にこんなにも真っすぐな気持ちを向けてもらえていることが震えるほど嬉しい。
向けられた信用にきちんと返していきたいと、改めて強く思った。

それから二人でもう一度目を向けた杉元さんの顔は、帽子の庇に隠れて見えなかった。でもそれは一瞬のことで、すぐにいつもの凛々しい顔立ちが現れて真っすぐ私を見据えた。

「……わかった。だけど、約束通り自分の身の安全を第一に考えてくれ」
「はい。……せっかくのご厚意を無下にして申し訳ありません。わがままを言っている自覚はあります」
「いや、俺が悪かった。なまえさんはなまえさんだって、アシㇼパさんに言われてたのにな」

その言葉に日高での出来事を思い出して少し口元を緩めれば、杉元さんも同じ表情を返してくれた。

いつか杉元さんにも、私自身を信じてもらえる日が来るのかな。
ふと浮かんだそんな無意味な考えは、すぐに頭の外に追い出した。


***


「ニャー」
「あら〜?」

炭鉱に向かったアシㇼパさんたちを見送った後、ふと思い出した用事を済ませるべく家に残ったはずのあの人を探していたら、不意の足元からの呼び掛けに猫なで声を漏らしてしまい即刻口を閉じた。近くに人がいないことを確認してからしゃがんで、改めて小声で話しかける。

「どうしたの?お腹すいてるの?昨日はどこにいたの?」
「ンナッ」
「……いいのぉ?」

すぐ横に座り込んでこちらを見上げた猫ちゃんの姿に胸が高鳴る。相変わらずちょっと目つきの悪い顔がとてもかわいい。猫ちゃんはみんなかわいい。
昨日はいつの間にか姿が見えなくなってしまっていたけど、今朝方戻って来たのか、どこか人に見つからない場所で寝泊りしていたらしい。この家に猫を飼っている気配はなかったけど、随分慣れた様子で歩き回っているから普段から自由に出入りしていたんだろう。

頭と背中を撫でさせてもらって至福の時間を過ごしていたら、不意に私から離れた猫ちゃんが少し先にある窓の下に移動して再び腰を下ろし、こちらを見てひとつ鳴いた。どうやらそこが彼の玄関らしい。

「よっと……はい、元気でね」

恐らく当分の間、この家は空き家になる。この窓を開けておけば寝床くらいにはなるだろうけど、ご飯をくれていたかもしれない人はもういない。
少し手間取りながらも窓を開ければとん、と軽やかに窓枠に飛び乗って、容易く格子の間をすり抜けた猫ちゃん。そのまま静かに地面へ飛び降りると、こちらを振り返ることなくどこかに歩いていった。


「おい」
「うぉっ」

名残惜しく眺めていたら、突然背後から声を掛けられて変な声が出た。振り返れば先程まで確実にいなかった尾形──改め尾形さんが、真顔でこちらを見ていた。

「お前、俺があの子供の集落に行ったことをあいつらに言わなかったのか?」
「……まあ、こちらの事情で」

探していた人物から近づいてきたと思ったら、こちらが持ちかけようとしていた話題を先に振られた。これは好都合と問いかけに肯定を返せば、私を見る双眸が細められる。

「谷垣のためか」
「……お話しされても構いませんが、あまりお勧めはしないですね」
「……」

返す必要のない、そもそも答えを求めているように思えない言い方にこちらの考えだけ伝えれば、僅かに眉根を寄せた後、そのまま踵を返して立ち去っていった。

今尾形さんがコタンを襲撃したことが露呈しても彼にも土方さん方にも良いことなどないはずなので、多分この話題が掘り返されることはもうないだろう。
尾形さんがコタンを──谷垣さんを襲撃した理由は鶴見中尉へ尾形さんの裏切りが露呈することを阻止するためだったはずだから、変わらずアシㇼパさんたちの耳に入れる必要はない。フチさんとオソマを危険な目に合わせた事実は変わらないけど、これはフチさんとオソマと三人で決めたことだ。
今後アシㇼパさんたちの妨げにならない限りは、私と尾形さんも一時休戦となった。


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