他の人たちは全員一階の作業部屋から調べ始めているようだったので、私は先に二階を見て回ることにした。
階段を上がって一番近くの部屋に入り、中を見渡す。剥製がいくつか飾られているけどその他にはあまり物もなくて、この部屋自体が日頃からあまり使われていなかったらしい。思い返すと作業部屋は整頓こそされていたけど剥製や作業道具で溢れていたのに、台所や寝室は物の少なさによってその整然さが助長されていた。
職人とはそういうものといってしまえばそれまでだけど、持ち主の几帳面さと剥製に注ぐ熱意が滲み出ているような家だと思った。
それでも結局贋物の刺青人皮に繋がりそうなものは見つからなくて、奥にあった寝室で日記でも探してみようかと廊下に出たところで、階下からガシャンと硝子の割れるような音が聞こえてきた。
「家永ッ!外へ出るな撃たれるぞ!」
何事かと階段へ向かおうとしたら、尾形さんの鋭い声が聞こえてきた。
その言葉に即座に元いた部屋に戻り姿勢を低くしながら玄関側の窓影に移動して外を見れば、最近見慣れてきた紺色の人影が複数玄関付近に身を隠しているのが見えた。あーあ。
そっと頭を引っ込めて上着と鉢巻を裏返している間に、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。鉢巻を縛り直したところで丁度部屋に入ってきた尾形さんと目が合ったけど、一瞬だけ訝し気に眉間に皺を寄せてすぐにこちらへ近付いてきた彼に場所を譲る。
「正面から最低三人、玄関から侵入しようとしてます」
私の言葉に尾形さんは特に反応を返すことなく、そのまま銃の床尾で窓を割って撃ち始めた。身構えていたけどやっぱり近くで聞く銃声はかなり音が大きくて、一発目には否応なしに体がビクッと痙攣してしまう。これだから銃は苦手なんだよなあ。
外から仲間内への警告が発せられる中、さらに階下からは別の銃声が聞こえてきた。玄関口周辺が騒然としている間に部屋の入り口から見て右手の窓に移動し、外の様子を探る。
向かいの建物のそばに人影を見つけた時、背後から銃声に続いて硝子の割れる音が響いた。反射的に振り返ると尾形さんが先ほどまで狙撃していた窓から離れて、私と反対側の壁に移動していた。こめかみからは僅かに血が流れている。
「そっちは何人だ」
「向かいの建物の影に最低一人…いや、二人。一人は銃を構え、わっ!?」
二人しかいない部屋で聞こえてきた尾形さんの言葉に答えている最中、私が顔を覗かせていた窓枠に飛んできた弾がめり込んで咄嗟に頭を引っ込めた。威嚇目的だったのか二発目の気配のない中、動揺する心臓を落ち着かせる。その間にも尾形さんの銃を撃つ音が続けて部屋に響いていて、この家が着実に包囲を固められていることを察した。
それからすぐに階下から派手な破壊音に次いで、二階の狙撃兵を倒せと叫ぶ声が聞こえてきた。玄関扉が破られたらしい。このままだとここに敵が来るのも時間の問題だ。
玄関からの脱出が困難な今、狙撃で敵の侵入を牽制しないと籠城しているこちらがどんどん不利になってしまう。脱出のチャンスができるまで、尾形さんにはここでできる限り時間を稼いでもらわないと困る。
少し考えてから、部屋に置かれた木箱に掛けてあった大きな布を手に取り、階段を上がってすぐの曲がり角に静かに移動した。階下から昇ってくる焦げ臭い匂いに、火攻めにされているのを悟って眉を顰める。最初から長居するつもりなんてなかったけど、焼け死ぬ前にさっさと脱出しないといけなくなてしまった。
状況を把握したところで、階下から忍足で上がってくる人の気配がした。
殺しきれていない板の軋む音が階段中程を過ぎたあたりで死角から飛び出して、持っていた布を階段いっぱいに広げて投げる。銃で布を払った相手を階段上から飛んで両足で蹴り飛ばそうとしたものの、直前に銃を間に挟まれ防がれてしまった。咄嗟の判断が早い。やっぱりそこら辺の賊と同じようにはいかないか。
でも流石に勢いは殺しきれなかったようで、足元の体が大きく傾く。
落下に巻き込まれないように蹴った勢いで後ろに飛び、壁に両手両足を突っ張り体勢を直してから階段を駆け下りて、転がり落ちた兵士から距離を取り短刀を抜いた。
できればそのまま気絶してもらいたかったけど、倒れていた彼はふらつきながらも起き上がりこちらと向き合う。でもかなり打ち所が悪かったのか、肩は大きく上下し帽子が脱げて露わになった額には既に脂汗が滲んでいた。
どうしよう、ちょっと無理してでも追い打ちをかけてみようか。と気持ちが浮つきかけたところで、男の背後の廊下から追加で兵士が一人現れた。あーもうやだこれ尾形さんほっといて逃げちゃダメかなあ。
「無事かッ!」
「っ、ああ!二階を頼む、あいつがまだいるはずだ!」
無事ではないのは一目瞭然なのに背後を振り返らずにそう告げた男の言葉に、後から来た兵士は階段を駆け上がっていく。二人相手なんて無理も無理なので「二階に一人行きます!」と声を張った瞬間、対峙していた男が一気に距離を詰めてきた。でも階段で私の蹴りを咄嗟に防いだ人物にしては動きがややぎこちない。
銃で横払いに殴りかかってきたので後ろに飛んで避けてから、横の壁を蹴って兵士の上を飛び越えた。
「ぐッ…!?」
飛び越す際に男の左肩を掴むと、大きく痙攣して動きが止まる。その間に着地し距離を開けた私へよろよろと振り返った顔色は、先ほどよりも一段と血の気が引いていた。
どうやら左肩付近を負傷しているらしい。それが今できた怪我か古傷が開いたものかは定かではないけど、好都合なことに変わりはなかった。
その時、玄関とは反対側の廊下の奥からバキッと嫌な音が聞こえてきた。そしてこちらに駆け足で近付いてくる気配。男と互いに足音が聞こえてくる方向を警戒しつつ本格的に逃走を検討し始めた私の視界に飛び込んできたのは、見慣れた色の外套とたなびく襟巻だった。
目が合った杉元さんはすぐさまこちらに駆け寄ってくるけど、二階から不穏な物音が聞こえてきて声を張る。
「先に二階へ!」
視線を完全に目の前の兵士に移してそう伝えれば、足音は私との間にあった階段付近で一瞬立ち止まり、それからすぐに二階へと上がっていった。
「……随分と舐められたものだな」
「…とんでもない、時間稼ぎで精一杯です」
感情の読み取れない淡々とした男の言葉に、正直に答える。
事実肩の怪我さえなければこの人、私なんてすぐに殴り倒せていたと思う。杉元さんや尾形さんが特殊なのかもと淡い期待を持っていたけど、揃いも揃って並外れた力と判断力を持ち合わせているこの兵士たちと私はすこぶる相性が悪いと今回でよくわかった。
というか正直、私の手には負えない。農民や町民の出が殆どと聞いていたけど、ここまで訓練されていては雑兵というより武士だ。こんなのばっかりとか、本当に勘弁してほしい。
それに彼はああ言ったけど、本当のところ今私が一番甘く見たのは尾形さんだ。確証はないけど、今さっき二階から聞こえてきた音はなんとなく尾形さんが殴られている音のような気がした。死ねコウモリ野郎ってさっき駆け上がっていった男の声で聞こえたもん。
そうこう考えているうちに男がこちらへ銃口向ける素振りを見せたので、急いで距離を詰める。合わせて即座に殴打に切り替えた相手の攻撃が振り切られる前に、脇に飛び込みそのまま背後に回り込む。それを目で捉えきっていた男が振り返ると同時に銃を持ち替えて銃床で殴り付けようとしてきたので、そのまま前転して距離を取った。
続く攻撃を、銃撃に切り替えられないよう距離を取らずに避ける。交戦し始めたばかりなのに、男の動きは私の体力が削られていくよりも先に一振りずつ確実に鈍くなっていく。
数度避けてふと交わった男の視線に色濃い殺意と焦りを見つけた時、その顔が横から飛び出してきた何かによって一瞬で視界の外に押し出された。
そのまま男は頭から勢いよく壁に激突して、今の今まで男がいた私の前には杉元さんが立っていた。気付けばそこは丁度階段真正面の位置で、階段を降りながら蹴り飛ばしたらしい。タイミングよく再開した二階の銃声に、杉元さんが尾形さんを助けてそのまま駆け付けてきてくれたことがわかる。
男がそのままずるずると床に崩れ落ちて動かなくなったのを確認してから、杉元さんはこちらへ振り返った。
「怪我はない?」
「はい。……すみません、あれだけ言っておいて、結局助けていただいて」
「いや。なまえさん、その気になればいつでも逃げられたんだろ。約束守ってくれてたの分かったよ」
情けなくて俯いた私に返された言葉に顔を上げると、微笑む杉元さんと目が合った。それだけで、重く沈んでいた気持ちがふっと軽くなる。あまりにも単純な自分が気恥しくて、緩みかけた口元を真一文字に引き結んだ。
一方ですぐに表情を真剣なものに変えた杉元さんは、「アシㇼパさんたちが外で待ってる。廊下の突き当たりの窓から抜け出せるから先に行っててくれ」と言うが早いが玄関の方へと走って行った。
その背中を見送って短刀を鞘に戻してから、偶然近くの部屋に置いていた自分の荷物を回収する。
それから言われた窓を探そうと再び廊下に出て歩き出したところで、背後から物音がした。
振り返れば先ほど杉元さんから決定打を与えられて倒れた筈の兵士が壁に手をついて立ち上がり、血まみれの顔に背筋が寒くなるような執念を露わにしてこちらを睨み付けていた。銃は離れた場所に落ちているけど、左手が背中側の腰元に回っている。
そこが杉元さんが剣を差している位置だと気付いてこちらも再び短刀に手を掛けた瞬間、男の頭が赤く弾けた。
一瞬で瞳は虚ろになり、壁についていた手をもがくように動かしながら膝から崩れ落ちていく様を、耳鳴りがする中ただ眺める。
今度こそ完全に動かなくなった彼から視線を外して私の鼓膜を殴ってきた相手を仰ぎ見れば、階段中ほどに立ち無表情で次の弾を込めている尾形さんと目が合った。
「礼はいいぞ」
「……ありがとうございます」
「ふん」
暗に言えと言われたような気がして返せば、少しだけ眉を顰めながら片手で髪を撫でつけて、彼は杉元さんと土方さんに向けて撤退の声を張りながらさっさと援護に行ってしまった。
尾形さんとは真逆の方向に今度こそ進めば、杉元さんの言う通り突き当りの窓の鉄格子がなくなっていて、外に飛び出せば家永さんと牛山さん、それから牛山さんの肩にしがみ付いたアシㇼパさんがいた。
「なまえ、怪我は?」
「なんともありません」
「ジジイは?」
「杉元さんが援護に。間もなくいらっしゃるかと」
アシㇼパさんと牛山さんに返事をしながら少し待てば予想通り杉元さんと土方さんが窓から抜け出してきたので、殿の尾形さん以外で町中まで移動した。
それからまだ町で聞き込みをしているキロランケさんと白石さん、そして永倉さんと合流するという土方さんと家永さん以外の残りの人間で、一足先に出立して月形で待ち合わせることになった。
「こいつらと?」と何か思うところのある様子の牛山さんに心の中で同意しながら、一難去って訪れた珍道中の始まりを前に、襟巻きの中で小さくため息をついた。
← /
top /
→
home