「私たちが“ノヤ”と呼んでるヨモギとショウブをとってきた。これらを火にくべて煙を当ててやるとヘビに咬まれた傷が良くなる」
「もぐさのお灸みたいなもんか」
「苦しいッ、頭は無理でしょコレ」

焚き火から外した鍋の中に手拭いを浸しながら、もう笑ってしまっても許されそうなくらいに腫れ上がった頭に煙を当てながら咽せる白石さんを眺める。ヨモギは狼煙になるくらい煙が出るから今の状況で火にくべるのは少しリスクがあるけど、白石さんの治療のためには致し方ない。まだ日暮れまで少し時間はあるから、治療が終わり次第多めに移動することになるんだろう。

杉元さんたちに昔チセにヘビが出た時のことを話し、「フチ元気にしてるかな?」と思いを馳せるアシㇼパさんの言葉に釣られて優しい微笑みを思い出しながら、粗熱の取れた鍋の中に手を入れる。
懐かしいなあ。あの時「アイヌの人たちはヘビは食べないんですか?」って言わなかった自分を、今になってものすごく褒めたい。正直なところ杉元さんがヨモギの茎を頭に刺したあのマムシもこの状況ではなかなかに私の食欲を刺激してくるのだけど、アシㇼパさんといる時はヘビを食料として扱わないように気をつけなければ。けっこう美味しいんだけどなあ。


「アシㇼパさん、湿布の準備できました」
「ああ。……ん?なまえ、どうしたんだその口。少し腫れてないか?」

ヨモギの煮汁が染み込んだ手拭いを畳んで渡したら、ちょうど目の合ったアシㇼパさんが少し眉を潜めた。まだちょっとだけ過敏になっている唇にアシㇼパさんの指先が触れるのと同時にあの理不尽な仕打ちを思い出して、気付かれたのならついでに同情してもらおうと湧き上がった邪な気持ちのまましょんぼり眉尻を下げる。

「そうなんです、聞いてくださいアシㇼパさん。さっき白石さんの咬まれた傷口を吸ったら」
「おらぁ!!」
「ぶがッ!?」

つい今しがたアシㇼパさんに渡した手拭いが思い切り顔に叩き付けられて、うっかり空気を吸い込もうとした鼻からヨモギの煮汁が入り込んできた。盛大に咽せた勢いで剥がれ落ちた手拭いを地面に落ちる前にキャッチしてアシㇼパさんに返しながら「アシㇼパさん鼻と喉も痛いです……」と訴えたら「シライシなんか吸ったりするからだ。ヨモギの煮汁飲んどけ」と冷たく返されてしまった。八つ当たり気味に杉元さんを睨めばそれ見たことかと言わんばかりの顔で頷かれたけど、仮にも人助けをしたのにやっぱり納得いかない。
「俺を吸ったのは関係なくない?」と提言した白石さんに返される言葉はなく、代わりに私の顔から剥がれ落ちた手拭いがアシㇼパさんによって勢いよく頭に貼り付けられた。



「でも…咬み付いたのがただのマムシじゃなく“サㇰソモアイェプ”だったら……シライシは助かっちゃいないんだろうなぁ、おそろしい……」
「なんだい?それは……」

その後余った煮汁を処分し鍋を片付けていたら、ただならない表情で独り言のように呟かれたアシㇼパさんの言葉に、杉元さんが困惑したした様子で訊ねた。そうして始まったアシㇼパさんのウエペケㇾに、再び懐かしさが込み上がる。

ヘビを見ても怖がらない私へ恐ろしさを教え込もうとしたアシㇼパさんに何度も聞かされた、大蛇サㇰソモアイェプの話。今よりもさらに可愛らしかった声で懸命に凄みを利かせて、小さな体を大きく動かしながら“夏に言われぬもの”の恐ろしさを表現しようとするアシㇼパさんはそれはもうそれはもう──。

「かわいかったなあ…」
「え、サㇰソモアイェプが?」
「なまえッ!!お前はまだサㇰソモアイェプの恐ろしさが分からないのかっ!!」

珍しく二人にからかわれて反撃していたアシㇼパさんに鬼気迫る形相で怒鳴りつけられたけど、うっかり頭の切り替えを忘れてアシㇼパさんも大きくなったなあと心がほっこりあたたかくなっていたらその形相のままこちらに向かって来たので慌てて顔をきりっとさせる。

と、その背後で大きな音が二つして、見れば杉元さんと白石さんが仲良く地面に転がっていた。何をしてるんだとアシㇼパさん越しに見守る中、起き上がった二人も同じく自分たちの状況がわからない様子で、目を白黒させている。
そういえば、二人は今の今まで何かに腰掛けていなかったっけ。さっきまでそこにあったものが見当たらなくて視線を動かしていたら、二人の背後でゆらりと影が立ち上がった。


焚き火に照らされ黒光りする鱗に覆われた、丸太のような体。この場にいる誰よりも高い位置から私たちを見下ろす、爛々と輝く二つの目玉。

それがヘビだと理解するために数瞬を要したのは、その姿があまりにも巨大すぎたからだった。

「ぎゃー!!」

肉!!
いけるか!?
無理!!

私がその場から離れなければと思い付くよりも、アシㇼパさんの方が数段早かった。「サㇰソモアイェプだ!」と誰かが叫ぶ声が聞こえる中、通り抜けざまに腕を掴まれて引かれるがままに一歩遅れて走り出す。
が、アシㇼパさんが通り過ぎた直後に足元の草の中から小さなヘビが顔を出した。背後の大蛇に比べてあまりにあえかな命に、踏み潰すのは忍びなく咄嗟にその上を飛び越えたものの、着地のタイミングがズレていの一番に小指の付け根が地面に触れるのを感じた瞬間、とてつもない早さで理解した。
あっ、これやったな。


***


「んっ」
「……尾形の言う通り、軽い捻挫だ」

宙に浮かせた指の付け根のそばと踵に添えられた手がそっと力を入れただけで、足首に軽い痛みが走る。
体重が一点集中した時こそ激痛に襲われたものの、そのまま走り続けるうちに痛みは殆ど治まりこれなら放っておいても問題ないだろうと思っていたのに、その後全員の無事を確認して今晩の寝床を整え始めた途端「お前さっき足挫いただろ」と尾形さんに言い放たれてしまった。

集まる視線を逸らしたくて“ちょっと転びかけただけでなんともないです”と誤魔化そうとしたら、最後まで言い切る前に私の足を凝視して片足を後ろに引き始めたので、即座に口を閉じて今に至る。あのまま続けていたらきっとなんともないなんて言い訳ができない状態にされていたんだろう。ほんのちょっとだけ尾形さんのことが分かってきた気がするぞ。

手頃な石に腰掛けた私の正面、怪我の具合を診てくれていたアシㇼパさんの表情が険しくなる。

「私が急に手を引いたから……」
「違います、私がノロマだっただけです。殆ど痛みもありません。驚いて咄嗟に動けなかったから、手を引いてもらえて助かりました」

今みたいに決まった方向に力を加えれば多少痛みはあるものの、歩行の動きだけならとりあえず問題は無さそうだ。実際は明日になってみないと分からないけど、足場の悪い地形を走り続けなければいけない状況にでもならない限り、移動で迷惑をかけることは無いと思う。
本当のことを伝えたのにアシㇼパさんの表情は晴れなくて、よりにもよってあのタイミングでヘマをしでかした自分にさらに嫌悪が積もる。


「アシㇼパさん、言われた通り磨り潰したよ」
「わかった、あとは私がやる。手を洗うまで目や口を触るんじゃないぞ、根の毒はトリカブトに混ぜて毒矢に使うこともあるんだ」

石でよく叩いたテンナンショウの根をアシㇼパさんに渡す杉元さんに「すみません」と伝えれば、何故かぽってりと腫れている目をより一層細めて「このくらいなんでもないよ」と返された。そう言ってくれることは分かっていたけど、自分の身は自分で守ると最初に約束していたのだから、謝らずにはいられない。でも何も悪くないアシㇼパさんが気落ちしている横で気持ちのまま謝罪し続けるのは躊躇われて、続く言葉をぐっと飲み込む。お陰で必要以上に落ち込まずにいられている自覚もあった。


その間にアシㇼパさんは大きめの葉にテンナンショウを塗り広げて、私の足首に巻いてくれた。熱を持った肌に水気が触れて心地よい。

「なまえ、今日はこのままもう休め。足はなるだけ動かすなよ」
「はい。あ、でも近くに水場があるなら顔だけでも洗って」
「明日の朝悪化してたら治るまで杉元に背負わせる」
「お先に失礼します」

それこそ土下座してもし足りないような恐ろしい宣言に、素早く襟巻を被り焚き火に背を向けて横になる。毛皮に足を乗せて頭に被った襟巻の中に手を入れて髷を解いていたら、視界の端から移動してきたアシㇼパさんが目の前に座り込みサラニㇷ゚から毛皮を取り出した。いつもと違う状況におや、と思ったのは一瞬で、すぐに添い寝をしてくれるつもりなんだと気付いて、より強くなった申し訳なさを同時に湧き上がった嬉しさがあっという間に覆い隠してしまった。本当に大したことないのになあ。

「アシㇼパさん、焚き火に近い方に寝てください」
「今日は暖かいからこのままでいい。何かあったらすぐに起こすんだぞ」
「はい、ありがとうございます」
「ほらアマニュウ分けてやる」
「ありがとうござんまぶ……」

断る間もなく顔や手にアマニュウの葉が擦り付けられて、嗅覚が独特な甘さ混じりの香りに支配される。そのまま私の胸元にアマニュウを詰め込み始めたアシㇼパさんを眺めながら、今夜はいつもよりよく眠れそうだな、とこれから見る光景を想像して嬉しくなった。


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