下拵えを済ませたフキを鍋に入れて戻ると待機場所の草地に横並びで脚を抱えている二人が見えて、堪え切れなかった笑みを襟巻で隠した。私を見つけた白石さんのあからさまにホッとした表情がなんだか可愛らしく思えてしまう。

「んもぉっ、なまえちゃんおそぉい!」
「すみません、川のそばで青みずを見つけて採っていました。これも汁物に入れると美味しいですよ」
「はあ、また葉っぱかよ。そろそろ肉が食いてえなあ…」

大きくため息を吐く白石さんの言葉に困り笑いを浮かべて、「アシㇼパさんと杉元さんの仕掛けた罠に期待しましょう」となだめる。

いつもは私も待たれる側だけど痛めた足首は大分良くなってきたものの完治とまではいかず、久々の湿原での猟は足場が悪いからとアシㇼパさんからお預けを言い渡されてしまった。とはいえこの具合ならあと2、3日もしたら完全復活できるだろう。

猟ができない分せめてもオハウの準備を済ませるために、二人と背中合わせになり同じく両膝を立てて座り込む。マキリを取り出そうとしたところで真後ろでドサリと何か重いものが置かれる音がして、直後背中に相応の負荷が伸し掛かってきた。
咄嗟に地面に手をつけ上半身を支えて振り返ろうとしたものの、大きな壁に邪魔されて満足に動けない。が、視界の端に見えた砂色でその正体を察する。

「……尾形さん、重いです」

背負っていた毛皮ごと私を押し潰そうとする大きな背中の持ち主に抗議するけど、返事はない。その代わりふっと背中が軽くなり素直!と感激しかけたのも束の間、間に挟まっていた髷が引き抜かれて再び広い背中が寄り掛かってくる。
「尾形さん私刃物使いたいです」ともう一度声をかければさらに背中への重さが増えて、ぐえ、と口から音が漏れた。

毛皮が邪魔で決して居心地は良くないはずなのに解放される気配は一切なくて、時折ほんの僅かに髪が意図的に動かされているのを頭皮で感じる。どうやら私は彼の背もたれ兼手遊びの道具になったらしい。
試しに腕の力を抜いてみたらありとあらゆる内臓が悲鳴を上げて慌てて力を込め直した。これ、尾形さんも相当疲れる体勢になっているのでは?絶対に自分で座っていた方が楽なはずだ。

作業を進めるどころじゃないこの状況をどう立て直そうかと考えながらふと横を見たら、寝転がって小指で耳の中をほじくりながらこちらを見上げている白石さんと目が合った。

「白石さん何かしら助けてください。オハウの出来上がりが遅くなりますよ」
「……なまえちゃんさぁ…

ちょっと膝枕してくんない?」
「…まだ諦めてなかったんですかぁ?」

たまらず呆れを隠すのも面倒になりながら返せば、「あったりまえじゃーん」とパッカリ大開脚した下半身を天に向ける白石さん。

「もうすっかり忘れたと思ってました」
「忘れてた。でも捻挫の手当てされてるなまえちゃんの足首見てたら思い出して、杉元がいる前で言ったらぶん殴られそうだから黙ってた」
「人が怪我してる時に何考えてるんですか…」

最近なんとなく白石さんと目が合う機会が増えた気がしていたのはそういうことか。晒し布の下でさらに胸が押し潰される。

「ねえねえいーじゃーん。ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「よくないです」
「そこをなんとか!」

あ、これめんどくさいやつだ。
直感で察したものの、先日のマムシ騒動同様に無言で首を振り続ける。
が、「一瞬乗せるだけ!」「アシㇼパちゃんたちが戻ってくるまでにやめるからぁ〜」「減るもんじゃないだろ!」と一向に閉じる気配のない口。いくらお店に行けない日が続いているからって、マムシに咬まれて生きるか死ぬかだった時より食い下がってくるのはなんでだ。いや暇だからか。

白石さんの言う通り杉元さんがいればこんなにしつこいことにはならなかったんだろうけど、今彼はここにはいない。
いつ戻るか分からない二人を待つ間頑なに拒否し続けるのがどれだけ億劫か、想像しただけでも疲れる。でも、だからといって冷たく付き放したり声を荒げる気にはなれない。言動に頭が痛くなることもあるけれど、呆れるくらいに何も知らない私に色々なことを教えてくれるし、存外周りをよく見ていることも知っている。なんだかんだで憎めない人であるのも確かなのだ。


「ねーってばー」

でもなあ。もしバレると面倒だしなあ。

「この前連歌と俳句の違い教えてあげた分だと思って!」

……今がもう面倒なんだよなあ。

「お〜ね〜が〜い〜」


「……満足したらすぐ退いてくださいね」
「…えっ、いいの?マジで?」
「やめていいならぜひ」
「だめ!!」

「いや頼んでみるもんだねえ〜!」と途端に上機嫌になって草の上をゴロゴロ転がる白石さんに失礼を承知で溜息を吐きながら、背負った毛皮の紐を解く。その間に背中がすっと軽くなって尾形さんが茶番から一抜けしたのを察しつつ、潰されていた毛皮を厚みが残る程度に広げて膝の上に乗せた。

「あまり重さは乗せないでくださいね」とお願いしながら足を伸ばすとすぐさま丸刈り頭が視界に滑り込んできて、咄嗟に大腿四頭筋に力を入れる。そんなことはお構いなしに膝に置かれた頭は、勢いのわりにはそっと毛皮に沈んだ。


そして沈黙のひと時。
どこか遠くから聞こえた甲高い鳴き声は多分鶴だろう。


「……いける、色々と物足りないけど毛皮で誤魔化したら余裕でいける……!」
「よかったですね」
「集中してるから今話しかけないでッ!」

最近は労り気味だったけど毎日道なき道を踏み進んでいる脚なのだ、あの魅力的なふわふわやムチムチを期待する方がいけない。
適当に返したら厳しめの声が返ってきてちょっとモヤッとしたけど、この様子なら懸念していた発覚の恐れはあまり気にしなくても大丈夫そうだ。今の白石さんなら多分杉元さんや尾形さんの膝枕だって喜ぶんじゃないだろうか。

女の子の膝枕女の子の膝枕…と念仏のように呟く声に子かはともかく正真正銘女の膝枕だぞと凪いだ心の中で返していたら、とん、と何か軽いものが背中に当たった。

なんだなんだと上半身をひねる間にもまたひとつ当たって、背後を見れば先程までと同じく少し間隔を空けて座っている尾形さんの背中があった。違うのは、片腕が手元にある草をブチリと引き抜いてはこちらに向かって投げ付けていること。

私に当たったり当たらなかったり、白石さんに当たったり。ゆったりとでも止まることなく、千切れた葉や土ごと草の塊が飛んでくる。


「……尾形さん、当たってます」

気付いていないとは到底思えないけど一応口にすれば、手を止めてこちらへ横顔を向ける尾形さん。いつもの無表情と比べて若干細められた目付きは少しの間私を睨みつけると、再び正面を向いてしまった。そしてまた投げ付けられる草。

「なんで再開するんですか。ちょっと尾形さん上着が汚れるからやめ、ひっ!?」
「ハッ、今の悲鳴イイ!なまえちゃんもっかい!」
「勘弁してください……」

襟巻の中に入り込んだ冷たく湿った土くれをバサバサと振り落としている間にも、新たな土と草が飛んでくる。

いや、尾形さんの気持ちは分かる。秘密にしてほしいって言っておきながらなにを自分で自分の首を絞めるようなことしてるんだって思ってるんだろう。でもだって、本当にしつこかったんだもん。
そうして生まれた膝に白石さんの頭を乗せたまま背中に尾形さんから草と土を投げ付けられるこの状況に、どうしてこうなったという思いが止まらない。全部自分で蒔いた種なのはわかってる。

ダメ元で「食材が汚れるから投げるなら白石さん側にしてください」と言ってみたら、若干投げる角度が白石さん側に寄って少し胸がきゅんとした。変わらず的の中心は私のようだけど。
しかしこのままではアシㇼパさん達が戻ってくるまでに食材の下拵えが終わらない。

「白石さん、もうそろそろ退いてください」
「もうちょっと待って」
「一瞬って言ったのに…」

つれない返事に肩の力が抜ける。始めに時間を決めておくんだった。


ああもうこれどうしようと途方に暮れていたら、いつの間にか背中に当たる感覚がなくなっていることに気が付く。もう一度振り返ると大小二つの見慣れた姿がいつの間にやら近くまで来ていた。

一人は白く大きな鳥を抱えて早歩き、もう一人は山杖と弓を持ち一足早く駆け寄って来ていて、その元気な姿を目を細めながら迎える。

「アシㇼパさんおかえ」
「ふんっっ!!」
「っでぇッ!?」
「…りなさーい」

まっしぐらにこちらに辿り着いたアシㇼパさんの片足が勢いを殺すことなく振り切られ、見事に白石さんの後頭部に入った。
私の膝の上から蹴り落とされた頭が呻き声を漏らす中、それを冷たい目で見下ろすアシㇼパさんを息を潜めて見守る。

「おいシライシぃ……お前誰の許可を取ってなまえの膝に頭を乗せてるんだぁ…?」
「ってぇ…!!いや誰ってほんに」
「うるさい」
「えっ」
「いいかよく聞けシライシぃ。なまえの膝はそんな気軽に使っていいものじゃない」
「そうですか?」
「なまえも黙ってろ」
「はい」

つい口を滑らせてしまい山杖をパシッと自分の手のひらで受け止めたアシㇼパさんにギョロリと睨まれすぐさま口を真一文字に結ぶ。そんな私からもう一度白石さんへと視線を戻して、荒い鼻息をひとつ吹き出すアシㇼパさん。

「なまえの膝を枕にしたければなあ、相応の働きをしろシライシぃ。私だって、縫物や機織をものすごーく頑張らなくちゃいけなかった時くらいしかしないんだ。お前が安易に使える膝だと思うなよ」
「やだこわぁい…」
「返事はどうした」
「はい」
「ア、アシㇼパさんっ…!」

耳に入った言葉に胸がいっぱいになって、襟巻きをぎゅっと握り締める。

言われてみればお手伝いで仕方なく家の中で手仕事をした時とか、随分昔にはちょっとばかりやんちゃが過ぎてフチさんに叱られてしまった時、アシㇼパさんは塞ぎ込んだ様子で私の膝に頭を乗せて過ごすことがあった。
年々少なくなっていくそれを成長の証なのだと寂しく思っていたけれど、まさかそんな特別な位置付けを貰っていたなんて思いもしなかった。

弾む気持ちのままいそいそと毛皮を外して、伸ばしたままの腿をぽんぽんと叩く。

「アシㇼパさんならいつでも大歓迎ですからね!」
「シライシが寝た後なんて嫌だ」
「け、毛皮挟んでたからばっちくないですよ!!」
「なまえちゃんもなかなか言うようになったじゃねえの?」


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