「よぉなまえちゃ〜ん」
「……おはようございます白石さん」

桜鍋を食べてから数時間。仮小屋の前で見張りを兼ねてぼんやりしていたら、一番最初に出てきた白石さんに背後から馴れ馴れしく肩を組まれた。
一瞬ひやりとしたけど、白石さんに特に気にする様子がなかったのでそのまま話に耳を傾ける。

「あんた、アシㇼパちゃんに何でも協力するって言ってたよな。ちょーっと金貸してくれない?」
「……なぜ?」
「杉元は当分小樽には出入りできないだろ?アシㇼパちゃんもどれだけ賢くたって見た目はアイヌの女の子だ。となりゃ、町で情報を探れるのは俺だけだろ?」

なるほど、一理ある。どや顔で自分を両手の親指でさす白石さんの言葉に、ちょっと考え込む。
杉元さんは小樽にいる兵たちとひと悶着起こしたわけだし、集めたい情報はアシㇼパさんの耳には入りづらいものばかりだ。
先ほどの話で白石さんは脱獄した囚人だと言っていたから、町で活動するための資金は心もとないのだろう。

「……それで、おいくらご入用ですか?」
「えっとぉ……このくらい?」

指を立てて提示されたのはまあまあの額だ。思い込みはよくないとは言うけど、なんとなくこの人を見て思いついた使い道はあながち間違いでもないだろう。

「……お酒ですか?賭け事ですか?女性ですか?」
「えぇ〜?なんでわかるのぉ〜?」
「……」

いっそすがすがしいくらい隠す気のない白石さんの返答につい白い眼を向けてしまう。でも、どれも白石さんが適任なのは確かだ。
仮小屋の近くに置いていたサラニプからへそくり代わりに入れていたカワウソの毛皮を数枚取り出して、それを白石さんに渡す。

「返済は結構です。売ったお金は好きに使ってください」
「……え、マジ?」
「はい。そのお金が良い成果に繋がれば、私はそれで十分です」

正直な話白石さんをそこまで信用していないので、お金の貸し借りの管理が面倒だった。それならいっそのこと、アシㇼパさんたちへの投資だと思うことにする。

「うんうんっ、オレ頑張っちゃうよ!!いやぁ〜話の分かるお兄ちゃんだこと!」
「……恐縮です」

ニヤニヤと笑みを浮かべながらわしわし頭を撫でられる。髪が乱れるのでやめてほしい。
「あと二年くらいしたらおすすめの店に連れてってやるよっ」とウィンクして去っていく白石さんに、その場しのぎの薄い笑いを返した。

***

それからもうしばらく山で過ごすという二人と別れて、先にコタンに戻り十日ほど過ぎた頃、アシㇼパさんたちは見知らぬ男性を連れてコタンに帰ってきた。見るからに弱り切っていて、三人の話によると足の骨が折れている上にアマッポの毒矢が刺さってしまったらしい。

マカナックルさんの言葉に従って他のチセを回って薬草を分けてもらい、アシㇼパさんたちが食事の準備をしている間に男の治療を手伝う。

「……すまない」

傷口を薬湯ですすいで包帯を巻いていると掠れた声でそう呟いた男性に、笑みだけ返す。様相からしてこの男性は恐らく杉元さんたちの話に出てきた砂金を狙っている第七師団とやらの兵隊なのだろうけど、それでもアシㇼパさんは治療のためにコタンに連れてきた。彼を助けているのはアシㇼパさんやコタンの人たちの優しさであって、私はあくまでその手伝いだ。

治療を終えたら食事の介助はフチさんたちに任せて、私も鹿鍋のご相伴にあずかることにした。アシㇼパさんは杉元さんに味噌を入れてもらってご満悦だ。すっかり味噌がお気に入りらしい。
鮭のルイペを食べていると、フチさんが鮭にまつわる言い伝えを話してくれた。アシㇼパさんの通訳によれば、北海道の各地でアイヌの男性たちが砂金を採ったことで川が汚れ鮭が取れなくなり、アイヌの人々は砂金を一か所に隠して川を汚すのを止めたのだという。

そこまで聞いた白石さんが、動揺した様子で口を挟む。彼が監獄で聞いていた金塊の量は二十貫だった。それだってかなりの量だけど、この広大な北海道の各地から砂金が集められたという話が真実なのであれば、もっと大量の金塊が隠されているのではないか、と。

「桁が違う」

疑問に答えた弱々しい声に、チセにいた全員の視線が集まる。
今だ辛そうながらも話せる程度には回復したらしい兵隊さんによると、砂金の話は北海道の各地に伝わっており、彼らを率いる鶴見中尉という人物の推測によれば、囚人たちに伝えられていた千倍の量の砂金が眠っているらしい。

話が終わり、白石さんが頭を柱にぶつけた音がした。桁が壮大すぎてどうにも実感がわかないのは私一人だけだろうか。


それから杉元さんは、アシㇼパさんと兵隊さん──谷垣さんの情報を整理し始める。その最中、彼が荷物から取り出したものに何気なく視線を移してぎょっとした。

やや厚手のくすんだ毛のない皮に、墨色で奇妙な円と漢字を組み合わせたような模様が描かれたもの。それが彼らの話していた砂金の場所を記した囚人の刺青だとすぐに気付いた。
食後の席でなんて物を広げるんだ。

慌ててフチさんを確認すると食事の片付けを始めていてこちらを見ておらず、ひとまずホッとする。
そしてアシㇼパさんはけろっとした顔で話を聞いている。頼もしすぎる。
いやまあ、そうだよね。協力的じゃない相手の刺青を手に入れるなら、最終的にはそうなるよね。

驚きで脈打つ心臓を落ち着かせようと立ち上がりフチさんを手伝いながら、杉元さんと谷垣さんの話に続けて耳を傾ける。

二年前に終わった日本と北方の国、ロシア帝国の戦争。
谷垣さんの所属する第七師団は、旅順攻囲戦と呼ばれる戦いの最前線に投じられ、多くの犠牲を払いながら勝利に貢献した。

そんな彼らに国から与えられたのは、自責の念による師団長の自刃を部下の落ち度とした冷遇。

そして鶴見中尉は立ち上がった。
砂金を資金源に北海道の資源から武器を生産することで安定した仕事を生み出し、戦争で家族を失った人々の生活の基盤にする。それが死んでいった戦友たちへの、せめてもの餞であると。

「……」

"──戦とはもったいないものさ。浪費と破壊と消耗、そこからはなにも生み出すものはない──"

恩師の一人の言葉が、ふと頭をよぎる。

あの頃は絵空事でしかなかった天下統一を果たしたこの国は今、海を越えた先にある国々とそれぞれの正義を貫こうとしている。
鶴見中尉の目指す彼らの正義の道は、どれだけの血で染まっていくのだろう。

「お前が何のために金塊を見つけようとしているのか知らんが、鶴見中尉の背負っているものとはおそらく比べ物にならんだろう」

谷垣さんの言葉に、杉元さんは何も返さなかった。



何も言わずにチセの外へ出た杉元さんに、白石さんとアシㇼパさんが続く。暫くは重い空気が続くのかなあと思っていたら、ものの数分で戻ってきて「大鷲を捕まえてくる!」と三人でいそいそと支度をして飛び出して行ってしまった。切り替えの早さが見ていて清々しい。

捕まえたら羽根を少し分けてほしいとアシㇼパさんにお願いして、私はチセで谷垣さんの介抱に周ることにした。体躯が良いからフチさんだけでは大変だろうし、もとは杉元さんたちの敵だった人だ。既に互いの間にわだかまりはなさそうだけど、深く事情を知らない身としては今の状態でも目を離していいものか決めかねていた。

濡れた手拭いで谷垣さんの顔や首を拭く。汗を吸った服も早めに替えさせたいけど、体を起こせるようになるのはもう少し先だろう。

軍服ってあまりちゃんと見たことないんだけど、一人で全部脱がせられるかな…と考え込んでいたら、薄目を開けた谷垣さんと目が合った。

「……お前は…アイヌじゃないな…」
「…はい。なまえと申します」
「お前も、金塊を探しているのか…?」
「いいえ。あなたと同じような事情でここでお世話になっているだけです」
「……そうか」

よっぽど体力がなかったのだろう。話が途切れてすぐに、谷垣さんの呼吸は深い寝息に変わった。
着替えについては先の話になるかなとぼんやり考えながら、使っていた湯を捨てるために立ち上がった。


***


それから両手に収まるほどの日数で、谷垣さんは布団の上で体を起こせるまで回復した。
その間アシリパさんと杉元さん、白石さんは入れ違うようにそれぞれ山と小樽とコタンを行き来していたけど、軍服も結局杉元さんか白石さんにお願いする前に自分で脱げるようになってしまった。服の洗濯はフチさんにお願いして、私はアットゥシに着替える手伝いと一緒に背中を拭き、骨の具合を確認して傷口を薬湯で洗わせてもらう。

言葉が通じないながらも「おばあちゃん、ありがとう」と穏やかな表情で礼を伝える谷垣さんと、その言葉にニコニコと頷くフチさん。
心からの気持ちなのか、演技なのか。確証を持てずにその光景をうっすらと笑みを浮かべて見守る。

「なまえも、いつもすまないな。お陰で随分楽になった」
「私はほんのお手伝いですから。薬湯も着物も布団も、全部フチさんたちが用意されたものです」
「……本当に、良い人たちばかりだな」
「…はい」

自分もこのコタンの人たちに助けられたと伝えたからか、谷垣さんは杉元さんたちに向けるよりいくらか柔らかい態度で私に接する。
この見た目も大いに役立っていて、こうして肌に触れる状況にも抵抗がない様子で、看病をする上でとても助かっていた。

ちょうど一人ふらりと戻ってきた白石さんとの会話によると、谷垣さんはもともと本州でマタギをしていたらしい。
元気になったら今後の参考に、東北の狩猟文化について聞いてみようかな。勿論、その時にも今の関係が続いていればだけど。


それからまた少しして、アシㇼパさんと杉元さんが山から帰ってきた。
谷垣さんの経過を伝えたり二人から山であったことを聞いているうちにすぐに白石さんも合流し、三人はまた暫くコタンを離れることになった。海岸で働く季節労働者の惨殺遺体が見つかり、白石さんがその犯人が件の囚人の一人だと目星をつけたからだ。
マカナックルさんたちがちょうど鯨漁で海岸に出ていることもあり、アシㇼパさんたちは西の積丹に向かうことになった。

「なまえ、フチたちと谷垣を頼む」
「はい。……アシㇼパさん、お気をつけて」

今回の囚人が、どういう基準で殺す相手を選んでいるのか分からない。実際に見たことはないけど、恐らくは相当に腕の立つであろう杉元さんが一緒だからと言って、絶対に安全というわけではない。
アシㇼパさんなら大丈夫だと思いつつも、明確な殺意に自ら飛び込んでいく彼女に心からの思いを伝えると、青い瞳がじっと私を見つめ返す。

「…谷垣も回復してきている。杉元がいなくなって、動き出すならそろそろだろう。別に信用しろとは言わないが、必要ならこの機会に見極めるといい」
「……やっぱりアシㇼパさんはすごいなぁ」
「でもなぁ、なまえは人見知りのくせにすぐ懐くからなぁ〜?どうせ私が帰ってくる頃には谷垣の後をついて回ってるんだろうなぁ〜?」
「あはは、さすがにそれはないですよー」

やれやれ、と言わんばかりの表情で冗談を言うアシㇼパさんに思わず笑ってしまった。
この子が助けた。それだけで、谷垣さんを信じていいような気がしてしまう。

「それじゃあ、クジラを食べに行ってくる」
「ん?目的変わってませんか?」



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