アシㇼパさんに先導されて戻ってきた杉元さんの姿を見た瞬間、ぱっと弾んだ気持ちのままに一目散に二人へ駆け寄った。
「シマフクロウ!!大きい!」
「これだけ大きいと調理するにも時間がかかる。羽根も大鷲ほどじゃないが立派な矢羽根になるからきちんと処理したいし、荷物は増えるけどこのカムイはこのまま次のコタンまで持っていこう。なまえ、チタタㇷ゚もう少しだけ我慢できるか?」
「はい!」
北海道に来て初めて目にして以来、何度見たってこの大きさにはテンションが上がってしまう。既に事切れて羽は折り畳まれているけど、広げれば抱えている杉元さんより大きいかもしれない。
新鮮な肉がお預けになったことなんてなんのその、久々に間近で見た勇猛かつふわふわな姿をよく観察しようと鋭い爪から身体へ視線を移しながら首を伸ばす。
「それにしても本当に立派なシマフクロウですね!羽もきれいで艶があって、きっと上質な羽根がたくさ」
そうして最後に覗き込んだ顔の中心を見た瞬間、思考と言葉に詰まった。
恐らく……というかほぼ間違いなく銃弾によって、対の目があったはずの場所片方にぽっかりと空いた穴。無事だった方の鮮やかな黄色い目玉と致命傷になったであろう銃創を交互に眺めた後、すっと顔を上げれば杉元さんと目が合った。普段は凛々しい眉の傾きを反対にして、くっきり二重の目を見開いた中にはつぶらな瞳。その下でほんの少し突き出された唇。以前私が勢いに任せて銃を触らせてほしいとお願いした時と同じ何かを言い聞かせるような表情に、釣られて下まぶたと唇に力を入れる。
私が初めてシマフクロウを捕った時、アシㇼパさん言ってた。コタンコㇿカムイはその力を冒涜した相手から光を奪う。だからシマフクロウの目は絶対に傷付けちゃいけないって。
この顔、絶対、杉元さん、知ってる。
視線を逸らしてちらっと杉元さんの斜め横を見る。やれやれと言わんばかりに眉根を寄せながら微笑みを浮かべたアシㇼパさんと目が合った。もう一度上を見る。彼が連れて来たと聞いている小樽のコタンにいた小グマと同じ、純真さを閉じ込めたような瞳。
不意に聞こえた微かな音にばっと振り返る。さっきまで一緒にいた場所からいつの間にか移動していたらしい尾形さんが少し離れた背後にいて、じっとフクロウの顔の辺りを見ている。向きを戻して顔を上げる。まあるいおめめの杉元さん。斜め横。大きな鼻息を漏らすアシㇼパさん。くりくりおめめの杉元さん。凝視する尾形さん。穴の空いたフクロウさん。
私が取るべき行動は、一つだった。
「……すっごぉーい杉元さんっ!!こんな立派なシマフクロウを的確に仕留めるなんて!!」
「いやあ〜、罠から外したら急に暴れ出して飛び立っちゃってさあ〜。咄嗟に…ね?」
「咄嗟に…って、もしかして飛んでいるところを撃ち落としたんですか!?」
「うん、自分でもびっくりするくらい綺麗に入ったよね」
なるほどつまりこれはハプニングか。照準を定める間もなく放たれた弾丸がよりにもよって今回見事に大当たりしてしまったわけだ。杉元さんを貶める意図は微塵もないけど、明かされた経緯に大いに納得する。
でも、ただそれだけのこと。縁起を担ぐことも忌事を避けることも時には大切だけど、起きてしまったものをいつまでも気にしていたって仕方がない。幸いこのことを知っている可能性があるのは他にキロランケさんとインカㇻマッさんくらいのはずで、二人ともきっとすぐに事情に気付いてそっとしておいてくれるだろう。知らない人たちが今知る必要はない。
それに今回はたまたまタイミングが良くなかっただけで、銃に関しては諸事情によりなんだかちょっとばかり当たりの良くない時が目立ってしまう杉元さんが大物を見事仕留めたことは事実なのだ。そう考えれば意識して作っていた自分の笑みが自然なものへ変わっていくのが分かった。
「こんなすごいこと狙ったってなかなかできるものじゃありませんよ!ありがとうございます杉元さん、久々のシマフクロウ今からとっても楽しみです。その場にいたのが私だったらきっと取り逃がしていました」
「そんな事ないだろ、なまえさんも使う機会が少ないだけでアシㇼパさんと同じくらい弓矢の扱いに慣れてるじゃないか。一朝一夕で身に付く技じゃないし、二人とも沢山努力してきたんだろうな」
「私のはそれほどのものでは…」
「それほどのものだよ。知ってるよいつも見てるから」
「ん゛ッ…!」
フクロウを抱え続ける大きな手と同じくらい温かみに満ちた目に見つめられて一瞬で顔に熱が集まる。努力や実力を認めてもらえた喜びだけでも胸いっぱいなのに、最後の言葉に予想外の方向から不意打ちをくらってしまった。
いつもアシㇼパさんを隣でよく見て守ってくれている杉元さんが、蚊帳の外の私のことまで常に気にかけてくれている。それは以前から分かりきっていたことで、金塊に関係の無い心労をかけている申し訳なさと同時に、純粋な優しさから来ている今の言葉に一人勝手に妙な気恥ずかしさを覚えてしまった後ろめたさが溢れる。
でも、それ以上にすごくすごく嬉しい。
笑みを通り越してにやけはじめた表情筋を誤魔化すために歯を食いしばりながら衝撃に耐えていたら、上着の袖を少し強めに引かれた。顔を向ければ、気持ちばかり眉根を寄せてこちらを見上げる紺碧の瞳。
「私だってなまえのこと見てるからな」
「私もアシリパさんのこといつだって常日頃から二六時中ずーっとずぅ〜っと見てますッッ!!」
魂からの叫びを口にする。あまりの興奮になんだか罪の告白のようになってしまったが、当のアシㇼパさんが満足げなので良しとしよう。
アシㇼパさんにも杉元さんにもこんなに気にかけてもらえているなんて、なんてあたたかくてありがたいことか。二人の足を引っ張らないように、少しでもお役に立って恩を返せるようにがんばらないと、とこの旅何度目かの気合の入れ直しをした。
「俺なら狙ってできる」
「うるっせえな勝手に話に入ってくんなッ」
銃の話題に混ざりたかったのだろうか、背後からするりと会話に参戦した諸事情その1改め尾形さんをキッと睨み噛み付いて、シッシッと追い払うしぐさをする杉元さん。その扱いに尾形さんは一切動じることなく、ただじっと真顔で杉元さんを見ている。そんな二人をアシㇼパさんと並んで眺めながら、先程からどうにも気まずい予感のする胸の内でこっそりそばにいる彼へと語りかけた。
杉元さん。私、今だけは尾形さんに優しくしておいたほうが良いような気がしています。
***
「おいアシㇼパ、このカムイ目を撃たれてるじゃねえかッ!知らねえぞコレ」
「あの男が撃っちゃった」
「ほーら尾形さんっ、アシリパさんがおやつにもらった菱の実分けてくれたので一緒に食べましょう!尾形さん?尾形さんほらこっち見てください!ねッ!?」
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