「見えるか」
「いいえ」
盗賊たちを追って辿り着いたのは森の中に打ち捨てられた旅館だった。多少荒れた外観からはそれなりの年月放置されているのが見て取れるものの、戸や窓はしっかりと板で補強されており拠点としての機能は今でも十分維持しているらしい。
位置が悪くてここから中の様子は窺えない。それでもひとまずは大きな動きがなさそうなことを確認して、膝を折って茂みに身を潜めたまま横の木の陰に立つ尾形さんへ続けて話しかける。顔は向けない。位置的にまずい。
「弾を取りに旅館へ戻りますか?」
「……向こうが態勢を立て直す前に叩きたい。お前何人いける」
「……うーん…」
建物の中に入った盗賊の数は3。尾形さんによるとその中にいた白髪の男が例の都丹庵士で、向こうで銃を持っているのは彼だけ。
対してこちらの弾の残りは2。せめて一人はと宣言したいところだけど、この最大限に警戒された状況でどこまでお役に立てるだろうか。そもそも今中にいるのが三人だけとも限らないのだ。さすがに一度に二人以上を相手にするのは今の私には荷が重すぎる。
まあ尾形さんのことだから私の力量なんて承知の上だろう。とりあえずそろそろ何か言わないとまた判断が遅いと怒られそうなので口を開いたら、同じタイミングで背後から草の揺れる音。振り返り木々の間に見つけたのは、一晩中求めていた姿だった。
「アシㇼパさん!」
「!なまえっ」
私を見てわずかに表情を和らげた彼女にいてもたってもいられず駆け寄ろうとしたら、数歩空けてその背後に現れたもうひとつの人影。自然と視線を運んだ先にあった風貌にぎょっとする。
そこにいたのは杉元さんだった。だけどアシㇼパさんと一緒にいてくれたことに安堵する暇もなく、その胸と横腹を染める多量の赤を目にしてキュッと胃が萎む。ついでに下半身で揺れ動いたものに意識が向いてしまい慌てて上げた顔を鋭い眼光に射抜かれギクリと固まる。
その怪我は?
止血は?
帽子被ったままお風呂入ったんですか?とりあえず服は着てるってことでいいですかね?
頭に浮かんできたセリフをどれから口にすればいいのか分からなくなっている間にアシㇼパさんを追い抜いて私の正面に立った杉元さんに、奪い取ったのであろうやがらもがらを持つ手とは反対の手でがしりと肩を掴まれた。
「怪我は?」
「う、あ、ありません」
「ホントに?」
動揺する私のことなんてお構いなしで、そのまま上から外まで念入りに観察される。突き刺さる視線に自分の格好だって杉元さんと似たようなものだということを否応なく意識してしまい耐え切れずに目を逸らすけど、掴まれたままの肩から伝わる熱いくらいの温度に何故か昨晩の尾形さんの熱まで思い出してしまい後ろめたさに視界はどんどん下がっていく。ただ心配してくれているだけの杉元さんに私は何をやましい気持ちになっているんだっ…!!
とにかく雑念を振り払いたくて、杉元さんが納得するまでの間こちらも目の前の真新しい傷を観察することにした。胸の怪我は浅いけど大きく皮膚が裂けていてかなり痛々しい。脇腹にあるのは銃創のようで、正面から見ただけでは中に弾が残っているのか判断できない。二つとも既に出血は落ち着いているようだけど、なるだけ早くきちんと手当しないと。
そうして上から順に濃淡の目立つ薄橙の中の赤を確認していたらうっかり黒まで辿り着いてしまい、慌てて顔を上げれば朝日でできた影の中で煌めく瞳とぶつかった。しばし互いに見つめ合う。それから明るい色の瞳がまた下へ動いたと思ったら、肩に触れていた手によって器用に身体の向きを反転させられた。かなりのスピードで回転したものの、逆の腕を背後から掴まれてぴたっと止まる。
「……ごめん」
「い、いえ」
「怪我してないか確かめたかっただけで別に変なつもりは、その──っ、ごめん…!」
「はい、ご心配をおかけしました。いつも気にかけてくださってありがとうございます。お二人と合流できて幸いでした」
相手が焦ると逆に自分が落ち着くことってある。最後に素早く私の二の腕から手を離した杉元さんの優しい心が必要のない罪悪感を覚えてしまわないように、なるだけ穏やかな声色で返す。直後に冷えた肌を直に温めてくれていた熱が消えたことを少しだけ残念に思っている自分に気が付いて、唇の内側を嚙み締めた。痛い。
「どうしたなまえ、腹が痛いのか?」
「いいえ自戒です。アシㇼパさんもご無事ですか?」
「?ああ、何ともない」
いつの間にか背後にいたアシㇼパさんと向き合ってその様子を確認してから顔を上げると、冷めた目をした尾形さんがこちらを見ていて、こんな状況でふざけたことを考えていた私の頭を見透かされているような気がしてサッと目を逸らした。
でももとはといえば尾形さんの奇行が原因だと思います。
「アシㇼパさんとなまえさんは外で待機しててくれ」
旅館の入り口でこちらへ告げられた指示に頷けば、それを確認した杉元さんがそっと引き戸を開けた。背後に立つ尾形さんが小銃の先を中へと差し込む。
「暗いな…」
「飛び込んで窓を開けるぞ」
その場で最低限の言葉を交わすと、二人は素早く暗闇の中へ消えていった。アシㇼパさんと二人、耳をそばだてて中の様子を窺う。するとどこか焦ったような杉元さんの声が聞こえた瞬間、開け放たれていた戸が目の前で勢いよく閉じた。私たち四人、誰の仕業でもない。
「杉元…!!」
「んぐっ……!」
急いで引き手に手を掛けるけど、内側から突支棒でもされたようでびくともしない。中から数発の銃声が聞こえ焦って戸に体当たりをするも虚しく弾き返されてしまい、八つ当たり混じりに放った蹴りは足裏に鈍い痛みを広げて終わった。あーもうこのへなちょこッ!!
「なまえこっちだ!」
声のした方を振り向けば翻る黒髪が建物の角へと消えた。別の入口を探すことにしたらしい。後を追って角を曲がればちょうどアシㇼパさんが細く開いた雨戸の隙間に身体を滑り込ませたところで、慌てて立て付けの悪いそこになんとか体をねじ込み廊下に立てばすぐ様肌着を引かれる。アシㇼパさんにはここで待っていてもらったほうがいいのかもしれないと思ったけど、結局は黙って一緒に進むことにした。杉元さんと尾形さんがピンチかもしれないこの状況でそんなことを私に言われたってきっとアシㇼパさんは納得できないだろうし、今ここでいたずらに揉めても盗賊たちの注意を引くだけだ。だったら少しでも早く二人を見つけて態勢を立て直したほうが良い。
すぐに真っ暗闇に戻った視界で先導をアシㇼパさんに任せて状況の確認に集中しながら進んでいると、ふと何の前触れもなしに服を掴んでいた手が離れた。
「杉元?」
「アシㇼパさん?どこから入ってきた?なまえさんは?」
すぐそばでアシㇼパさんと杉元さんの声。近くに別の気配も感じる。どうやら合流できたらしい。油断できない状況に変わりはないけど、気がかりが一つ消えた。声に背中を預けて周囲に意識を向けたまま少しずつ距離を縮める。
「なまえもいる。出口は…たぶんこっちだ!!いや…あっちか!?」
「アシㇼパさん?アシㇼパさんどこですか?……あっ」
離れてしまった小さな手を探して声のする方へと片手をさ迷わせていたら、ふと何かが指先に触れて手を這わせる。しっとりと互いに吸い付き合う人肌特有の感触に一安心した直後、手のひらに収まりきらないものにすぐさまん?と疑念が浮かぶ。
なだらかな輪郭で形作られたまろみのあるそれからはずっしりとした質量を感じられて、あの愛らしい手ともほっぺたとも違っていた。温かくて柔らかいことに変わりはないけど、さらに硬さと弾力も併せ持っていて、なんだか記憶に新しい触り心地だ。あとよくよく触っていると所々凸凹した穴や線があるのが分かる。
これはもしや──。
「なまえさんそれ俺のケツ」
「弁解の余地もございません」
「ほらなまえ私はここだ」
こうして杉元さんのお尻を撫で回していた私の手は、アシㇼパさんによって馴染みのある頼もしい肩へと辿り着いたのだった。
……アシㇼパさんなんで私の手がある位置が分かったんだろう。
「なまえさん、今来た道を戻れるか?」
「恐らく……ひとまずこちらです」
杉元さんの声に元来た方向を示そうとした途端、前方からカンカンと例の音が聞こえて息を呑む。同時に背後からも同じ音がして素早く身を屈め三人でアシㇼパさんを囲むように固まれば、太い腕にさらに内側へと促されて後ずさりながら箸を握り直した。この人数で出口に向かっても、あの廊下で何事も無く人とすれ違えるとは思えない。かといってこのまま何もしなければ、いずれは囲まれ追い詰められてしまう。
どうしよう。まずは敵の数と位置を把握するべきか。それとも多少の怪我は覚悟して、盗賊たち同士の距離があるうちに進行方向の敵を倒し出口に向かうべきか。それとも──。
思いつく限りの選択肢を頭の中に並べていたら、不意に真後ろから小さな物音が聞こえてきた。何かを物色しているようなその音の持ち主がアシㇼパさんであることは明白で、聡明な彼女の真意が判明する時を残りの全員無言で待っていると間もなく軽く肩を叩かれた。動作から場所を譲るよう求められているのだと察知してひとまず杉元さんとの間に飛び出せないくらいの隙間を作れば、身を乗り出した彼女の起こした行動でパラパラと何か軽いものが畳の上に落ちる。同じ動作を杉元さんと尾形さん側でも行った後、元の場所に収まった彼女の呟いた小さな言葉にその意図を理解した。
「塘路湖のペカンペだ」
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