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いつかカタルゴへ連れて行って欲しいと言ったアラジンに、モルジアナはそんなことは不可能だと言った。奴隷は逃げられない。鎖を解いたぐらいではあの領主からは逃げられないと。

一度は解かれたあの足枷だって、今は私を縛っている。きっとあのまま馬に乗って遠くへ行くことはできたのに、私にはその選択肢すら考えられなかった。

―――見えない鎖。奴隷のことを何も知らないアラジンの言葉が気に障って、モルジアナは深く俯く。もうやめてほしい。叶うことがない夢を、希望を抱かせるのは。

「領主様をなめているとご友人と同じ目に遭いますよ」
「え、それって・・・・・・」

困惑の表情を見せるアラジンにモルジアナは続けた。罠よけにされて、アリババは死んでしまったと。ちょうど物音に気付いたアラジンが顔をあげると、そこにはモルジアナが死んだと話していたアリババの姿があった。

「あなたも立場に気をつかないと、死んでしまぶっ」

振り向いたモルジアナの顔に、敷いていた布が被せられる。それを退けるとアラジンの姿は消えていた。布がはためく音が聞こえて上を向くと、空を飛ぶ布の上にアラジンと死んだ筈のアリババの姿があった。驚愕して動けないでいるモルジアナをよそに、アラジンが語る。また会おう、と。

「見えない鎖が切れる頃、一緒に太陽を見に行こう!!」

追ってきたモルジアナを撒いた二人は真実の扉の前で待っていたハルと合流した。アラジンがその扉を開き、未開の地へと足を進める。ハルは見覚えのある光景に郷愁を感じながら、アリババは緊張を抱えながら歩き続ける。

アラジンはウーゴから聞いたというネクロポリスや頑丈な部屋のことを二人に話した。それからウーゴの素顔のことも。自慢の友達なのだと誇らしげに胸を張るアラジンを見て、アリババは笑みを浮かべた。この迷宮を出たら、アラジンの話をちゃんと聞かせて欲しいと言って。

「ハル、お前もな」
「?」
「色々訳があるんだろ? ここから出たら教えてくれよ」
「・・・・・・」
「僕も知りたいな。ハルさんが探している剣のこと、よく知らないから」

二人の言葉にハルはしばらく黙り込んでから「分かりました」と答えた。アリババはその返事に満足そうに笑って「俺の話も聞いてくれ」とハルの肩を軽く叩いた。

「ええ、勿論です」

死の迷宮には似つかわしくない穏やかな時間を過ごしてから、三人は宝物庫へと辿りついた。三人で散らばっている置物を探していると、アリババの背後に大きな影が現れる。咄嗟に剣を抜こうとしたアリババだったが、アラジンに止められて目を疑う。そこにいたのはジャミルの奴隷の一人ゴルタス。けれどその体は血で塗れ、命の灯火は今にも消えてしまいそうになっていた。

重い音を立ててゴルタスがうつ伏せに倒れこむ。その背が刺し傷で埋め尽くされていることに気付いたアリババが息を呑む。ハルは荷物から清潔な布を取り出して傷を圧迫止血しようと強く抑えた。

「すぐに治療を受けないと助かりません。迷宮を出ないと」

ハルの言葉と、ハルとアラジンの背に影がかかるのは同時だった。ハルが気配に気付き、向かってきた蹴りからアラジンを庇うように身を乗り出す。その背にモルジアナの蹴りが叩き込まれ、ハルとアラジンは宝物庫の端まで吹き飛ばされた。

「ハル! アラジン!」

二人が壁に激突した衝撃音が響き、土煙が上がっている。地面を砕き、壁を突き破って登れる程の脚力によって出された蹴りを食らったのなら、さすがのハルでも無事ではいられないだろう。アリババが二人を気にかけつつ、目の前に立つ領主を睨みつける。深く俯いているその表情は見えない。