まっくらくらやみ夜が降る

煌帝国の神官
もうひとりの「マギ」、ジュダル。

彼と面識のあった人間に緊張が走る。その動向にジャーファルやマスルールが鋭く目を光らせているのを意に介さず、ジュダルは人あたりの良い笑みでシンドバッドへと近付いた。

「ジュダル、お前アブマドの手先として来たのか? それとも煌帝国のか?」
「・・・・・・あ? ああ! 違う違う! 正直、俺そういうのどうでもいいから!」

子供のように無邪気な笑顔を浮かべるジュダルが続ける。親父共の考える経済云々に興味はない。

「俺が好きなのは・・・・・・ーーー戦争だよ」

冷ややかな歪んだ笑みを浮かべ、ジュダルは自慢するように煌帝国のことを語った。帝国が有する数多くの兵隊。「迷宮攻略者」の将軍。迷宮怪物軍団。子供が自分のおもちゃを自慢するように話すジュダルに、シンドバッドが苦々しく顔を歪める。

「俺が一番組みたいのはシンドバッド、お前なんだぜ!」

一緒に世界征服を目指そうと手を差し出すジュダルに、シンドバッドはお前たちの操り人形になるつもりはないと突っぱねた。笑みを絶やさないジュダルが周囲の人だかりに視線を巡らせ、

ひとりの少年に気付く。

その少年を取り囲むルフは、常人とは明らかに様子が異なっていた。
見慣れた、しかし自分以外では見ることがないルフの様子に首を傾げる。

ーーーコイツはなんだ。

シンドバッドに問いただし、隠しきれないと判断したシンドバッドが告げた。
アラジンもジュダルと同じ「マギ」であると。

「こんなチビが“マギ”ぃ〜!? ウソだろ〜!?」

ぐっと顔を近付けてアラジンを睨みつけるジュダルに、アラジンは仰け反って距離を取った。王宮ですれ違った時に感じた違和感。黒い太陽のような人。アラジンが厭う戦争を、好きだと公言する者。

マギだと信じようとしないジュダルに、マギだからお前も反応したんだろうとシンドバッドが口にする。疑心を浮かべていた表情から感情が消え失せ、次の瞬間にはこの場に現れたときと同じような優しい笑顔に変わっていた。

「ようチビ! 俺、ジュダル。お前は?」
「ぼ、僕はアラジン」
「そっか、アラジン。“マギ”同士よろしくな!」

ころころ変わるジュダルの感情についていけないまま、アラジンは差し出された手を握り返すために右手を持ち上げる。その瞬間、ジュダルの開かれた手が悪意によって形を変えた。

黙って見守っていたアリババの視界の端で、赤い閃光が走る。

握られた拳がアラジンの顔にぶつけられる寸前、ジュダルの腕は空中で動きを止めた。
正確には、第三者に、強引に押さえつけられていた。

鋼鉄の鎧。温度の無い鉄の塊が、ジュダルの右手首を強く掴んでいる。

アラジンの左目の視界を、ジュダルの握られた拳が埋め尽くしていた。まばたきの度にジュダルの指の背にアラジンの睫毛が掠る。躊躇なく向けられた攻撃と、突然現れたハルの姿にアラジンは驚き、脱力したようにたたらを踏んで尻餅をついた。風に揺られた赤い外套の奥から、駆け寄ってくるアリババとモルジアナの姿が見える。

「・・・・・・あ?」

自分の手首を掴むハルを、ジュダルが強く睨みつける。腕を掴むだけで何も言わない騎士に、ジュダルが自身の胸元から杖を取り出した。それを見て表情を変えたのは静観していたシンドバッドだ。

「やめろジュダル!」

二人の間に割って入ったシンドバッドによって、ハルの手が離れていく。思いのほか強く掴まれて痛むのか、ジュダルが顔を歪めたまま掴まれていた手首を摩った。敵意むき出しの視線をハルへとぶつけたまま、切り替えるようにジュダルは口を開く。

「シンドバッドよ、まさか俺を差し置いて・・・・・・こんな奴と組む気じゃないだろうな?」
「彼は関係ない! この国で偶然出会っただけだ」

帰ってきた返事にさして興味の無さそうな返事を返すと、ジュダルは騎士の背後で未だに座り込んでいるアラジンへと視線を戻す。その情けない様子を鼻で笑い、言った。

お前が本当にマギだというのなら、お前が選んだ王候補を出せ。と。