君と、分かち合いたい

鳥籠のように狭い部屋の吹き抜けで、風に髪を揺らしながら空を見上げる女の子がいた。
その子は、空に夢を描きながら、それを儚く願い続ける小さな存在だった。
だからこそ、叶えてあげたくて…僕は彼女の顔を見に行って外の世界のありふれた日常を語る。もっと彼女に世界に興味を示してほしかったから。君がいる部屋から一歩外へ飛び出せば、近くにたくさんあるんだと…、

でも、今考えれば僕の考えは厳かだった気がする。もっと彼女を見るべきだったんだ、知るべきだった。そーすれば気づいていたはずなんだ。
彼女が、僕の前ではいつも笑っていたことに……、






「…っ緑谷、くん」


なぜオールマイトと一緒なのか、という疑問も頭の隅にもちろんあったはずなのに、それすら気にしてられないくらい僕は目を奪われた。
病院にいる時、少なからず僕の前で弱音を吐いたことがなかった彼女が…泣いていたからだ。

その時、やっと理解した。僕のした事が、どれだけ彼女を苦しめていたか。
やっとわかった。本当は辛くて辛くて、いつもいつも泣き叫びたいくらい苦しいことを。途端、僕の中に込み上げてきたのは自分の浅はかさへの怒りと彼女を理解していたつもりでいた自分の情けなさだった。


「firstさん……」
「ッ、ごめんね!なんでもないの!あ、そーだ!このおじさんは俊典おじさんっていって、知り合いの人…」
「ねえ、firstさん」


こんなにも笑顔が苦痛だと思ったことはない。こんなにも笑顔が憎らしく見えたことはないだろう。
涙を隠して、僕にまた笑顔を向けるfirstさん。視線を無理矢理逸らして逃げるように無理をする彼女が痛々しく、儚く弱々しい。
ねえ、君はいつもどんな気持ちで笑ってるの?
辛さを隠して、本当は泣き叫びたいくらい心は悲鳴を上げてたはずなのに。

視界の隅に写る師匠に挨拶もせず、僕は彼女の側へ。心の隅で師匠へ謝罪の言葉を投げながら僕は失礼だということを承知で窓から病室の中へ足を踏み入れる。


「泣いても、いんだよ…」
「ぇ…」
「強がらないでよ。無理して、笑わないでよ」


無理して笑わなきゃできない笑顔なんて、僕は望んでないんだよ。強がったりなんてしなくていいよ、泣いてほしいんだ。


「僕はッ」


楽しくて笑う君を……心から本当に笑う君のことを、見たいから。


「無理に笑った笑顔なんて見たくない」


こんなにも、彼女は儚くか弱かったのだと知った。こんなにも、小さな存在なんだと実感した。


「辛いなら、泣いてもいんだよ?firstさん」
「ッ…、」


ツーッと頬を流れた一筋の水滴。
初めて見た彼女の瞳から流れたその水滴が──僕は、とても綺麗に見えた。
溜め込んでいたものをすべて吐き出すように泣き続ける彼女。僕は病室へ入ったまま靴を脱いで彼女の側にずっと居た。彼女が泣き止むまでずっと側にいた。


「……寝ちゃったか」
「はい」


オールマイトが泣き疲れて眠るfirstさんの顔を覗いて微笑んだ。僕はやっとオールマイトを見る。すると、さっきまで思っていた疑問がまた甦った。


「君が現れたのにはびっくりしたよ、緑谷少年」
「オールマイトこそ…」
「それにしても、私の弟子は行儀の悪い子になっちゃったね」


「まさか窓から入るなんてね」と可笑しそうに笑うオールマイトに何も言い返せず困っていると、firstさんの前髪を上げるように頭を撫で始めた。


「…私はね、彼女の知り合いだよ」
「知り合い…」
「私の師匠の娘さんなんだ、彼女はね」
「えっ!!?」


驚愕の真実だった。あまりにびっくりし過ぎて大声を出してしまった。
firstさんが起きてないか、一度彼女を見て、起こしてないことを確認して安堵する。


「ど、どーいう意味なんですか。彼女にはお母さんが…」


僕は一度、彼女の家族について聞いたことがある。その中には、ちゃんとお母さんの存在もあった。


「彼女の今の母は育ての親だよ。産みの親は…私の師匠、志村菜奈だ」
「そー、なんですか……」
「彼女は、それを知らないけどね」
「ぇ…」


「だから彼女の中で、私はただの知り合いなんだ。」と言葉を続けるオールマイト。驚きの連続で、なんと返答すればいいのかわからなくなる。


「師匠が、それを望んだんだ」


そう言って寂しそうに笑うオールマイトを見て、僕は拳を握った。
ワンフォーオールの先代、オールマイトの師匠の話は聞いていた。僕にとって師匠であるオールマイトの師匠の娘さん…、びっくりしていて震えが止まらない。
こんな奇跡ってあるのだろうか。


「だから、彼女には内密で頼むよ」
「はい。もちろんです」
「だが、まさかこの子が話ていた友達が…緑谷少年だったなんてね」


「いやぁ、本当にすごい偶然だ」と笑ったオールマイトの言葉に、僕ははにかみながらもベッドで眠る彼女の顔を見ながら呟いた。


「…そー、ですね」


こんなところで繋がるなんて、すごいや……。
彼女が寝ている間、オールマイトからいろんなことを聞いた。
彼女の家族のこと、師匠のこと。病気のこととか、彼女が、悩んでいたこと。すべてを聞いた。
オールマイトが知っているfirstさんのすべてを…、


「彼女の病は原因不明でね。治療法がいまだに見つかっていない。本当は田舎に住んでいるんだが、都会の病院で治療するためにこの病院に来ているんだ」


原因不明の病…──firstさん自身、どれだけ不安なんだろう。どれだけの恐怖を、その小さな体に抱えているんだろうか。僕の腹を底知れない負の感情が渦巻く。
僕は、何も知らずに…彼女のためと思って外のことを話した。そうして外に興味を持てば、彼女の生きる力になるだろうと思ったからだ。しかし、実際は愚か過ぎる考えだったんだ。
firstさんは僕に出会う前から…きっと、外に憧れていた。でもどこかで諦めていたんだ。原因不明の病が、彼女に諦めを突き付けたんだ。僕はその憧れを大きくしてしまった。それと同じくらい彼女の中の諦める心も大きく育ててしまったんだ。
僕はッ…結局、彼女のことを何一つわかってない。


「僕はッ」
「自分を攻めているのかい?」


視界が歪む。
駄目だ、駄目なんだ。
泣いちゃ駄目だってわかってるのに、涙が出てくる。
握り拳を強く握って歯を食い縛る。悔しくて仕方なかった。
彼女のため、と思ってたことがすべて彼女を悩ませる結果になったことが、どーしても悔しかった。


「…緑谷少年」


ポン、と頭に乗る掌。その振動で一粒の水滴が、彼女の眠るベッドに落ちた。


「君は何も悪くないんだよ」


オールマイトは優しい口調で呟いた。しかし、今はその言葉すら辛くて仕方ない。


「君は、何も悪くない」


そう言われる度に、僕の中に重く、ずっしりとした何かがのし掛かって胸が苦しくなる。オールマイト…違うんです。僕は…僕は、


「ほら、もう泣くな。男の子だろ?」


わかってます。だけど、止まらないんだ。オールマイトはそんな僕の心情へ響かせるように、強く言葉を吐いた。


「君は、ヒーローだろ」
「ッ!」


「だったら泣くんじゃなくて、笑いなさい」と言うオールマイト。


「……ッはい」


強く頷いた。
彼女は辛くても笑い続けた、ヒーローのように。だからこそ、そんな彼女を救うヒーローが必要なんだと思った。
僕は…ヒーローになるんだ。立派なヒーローになって、彼女を…firstさんを護れるんだッ。

新たな決意が僕の胸を締め付けた。

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